これは先月、4月28日の講座中の出来事。
この日はのぞみさんの講座です。
ナオさん、ハナさん、そして(ジェスチャーの)Mさんもゲストで参加してくださいました。
この日、のぞみさんは「ザ・エジプト!」という感じの洋服を着てきました。色も形も雰囲気も、一目見て「エジプト」っぽくて、とても素敵です。
「今日はこれ着て行かなくちゃ!」と思ったそうです。
面白いのですが、講座や個人セッションの時に身につけてくる洋服やアクセサリーなどは、それらから連想する過去世があり、このタイミングで「解放」を促してくる事が多いのです。
たとえば紺色の服に十字架のペンダントを付けていて、「ああ、神父の過去世があるなあ」とか、白のブラウスに赤いスカートで「巫女さん」を連想させたり。
ネックレスを見たときに、「ああ、昔、インディアンのときにこれっぽいのを首にかけていたんだわ」と思ったり。
私の役目が「解放」なので、身につけてくるということは、イコール「過去世を視て、解放してね」というアピールです。笑
のぞみさんの場合も、何かエジプトに関わる過去世の解放があるのかしらとワクワク。笑
まずは、
「前回の講座から今日までの間に何かありましたか?」と聞くと、
のぞみ:特にないけど、最近よく夢を見る。
1週間前には、108歳位で死んだひいおばあちゃんが夢に出てきた。
ひいおばあちゃんの夢を見たのは初めてなのでびっくりした。
その内容もちょっと変わっていて。
目の前におばあちゃんの遺体がある。
親族が「○時50分に霊柩車が迎えに来るから、あと30分ぐらいだね」と待っている状態。
ひいおばあちゃんの遺体がちょっと動いたりする、目とかも。
「ああ、霊柩車が来るのが待ちきれないんだね」とみんなで話している。
おばあちゃんに「のぞみだよ、わかる?」と話しかけたら、「ああ、のぞみちゃんだー!」と言ってくれる。
そこで目が覚めて。
なんでこんな夢、見たんだろう?と。
その話を聞いたときに、ひいおばあちゃんとのぞみさんが何か関係がある気がしました。
この後、講座に入り、いろいろとやっていきながら、
私:そうだ、そのエジプトのような服を着てきたのは理由があるはずだから、えっと、ハナさん、解放すべき過去世があるか、誘導してあげてくれる?
のぞみさんが、過去世を視にいきます。
のぞみ:女性です。裸足。水に入っている、神殿の中の水が溜まっているところに。白い服を着ている。ワンショルダーの昔のエジプト人みたいな格好をしている。巫女さんみたい。
巫女になったのは、そういう家系だったから。母もそういう仕事をしていた。
重要な場面へ進みます。
のぞみ:ある日突然、地震が来て神殿が崩れた。自分がお祈りをしている時だった。死んじゃった。
中間世へ行きます。
ハナ:なぜその人生を経験しましたか?
のぞみ:「神」と言う信仰の対象があって、神に身を捧げる人生を経験したけど、志半ばで死んだ。
神を信じていたのに、なぜこういうことが起きるのを教えてくれなかったの?って、不信感を抱いている。
書き換えのストーリーを見ます。
のぞみ:さっきと同じ巫女。地震が来た時、水の色が変わった。急に赤っぽくなった。変だなと思ってとっさに水から上がった途端に崩れたので、死なずに済んだ。
事前に神が教えてくれたんだと思って、より一層信仰心を持って神に仕えるようになった
(これに書き換えて大丈夫かな・・・?)と思いつつ、黙って進行を見守っていると、ハナさんがいつもなら「これに書き換えますか?」という場面なのに、「もう一つ別のを視ますか?」って。
さすが!
のぞみさんも自分で納得していなかったのか、「はい」と答えて別のストーリーを視に行きます。
のぞみ:神殿は地下にあったけど、今度は地下ではなく、森林の中のようなところに在る。だから、地震が来ても大丈夫だった。
私:なるほど。ハナさんも書き換えを視てみてください。
ハナ:神殿にいて地震が起きたのは彼女にとって、「前世」の話。
過去に地震があったときに、今後再び地震がきたときのことを考えて、以前のように地下ではなく地上に神殿を作った。
ある時、泉の水が干上がった。あまりの出来事に、この地は危険なのではないかと神殿にいた人々は高台に避難して無事だった。
この兆しを与えてくれたことを神に感謝している。
私:なるほど。私も視てみますね。
えっと、最初のストーリーのとおり、地震が起きて巫女さんは亡くなる。
「なぜ神はその兆しを教えてくれなかったの?」って巫女さんは不信に思ったけど、亡くなるときに、神の言葉が聞こえる。
「どんなに神に仕えても、人間が神になったわけではない。その立場は、あくまでも神と人々との間の中間的な役割。
そして、どんなに神に仕えても、天変地異など起こるべくして起こる事は起こる。
それをどこまで(巫女に)伝えるかは神に委ねられており、巫女だからといって全てを教えてもらえるわけではない。それぞれの立場というものがあるのだよ」と。
巫女はそれを聞いて、自分は巫女なのだから何でも教えてもらえるはずと、教えてくれなかったことに不信感を抱いていたのもクリアになり、自分は今世で役割を全うしたのだと悟って息を引き取る。
のぞみ:こちらの書き換えがとても良かった。自分は傲慢だと思った。
ということで、このストーリーに書き換えたのですが・・・。
私は不思議に思っていました。
ハナさんはなぜ「起きたことを、起きなかったことにしたんだろう?」って。
過去世の書き換えのときにいつも説明するのは「あったことをなかったことにする」のはだめということ。
それだと魂が納得しないから、当時の感情「解放」が難しくなります。
人は生まれれる前に自身でシナリオを作ってきます。
そのシナリオに盛り込んだことが3次元で起こるのです。
それらは本人が「体験したかったこと」なのです。
5次元でシナリオを作る段階では、「感情」の善悪がありませんから、あれもこれもと体験したいことをふんだんに盛り込んできます。
しかし、3次元に降りてきた時には、「人」が感じる「感情」は「善」か「悪」かに線引きされてしまいます。
人間界が2元性の世界になっているからです。
すると、「地震で死ぬ」ことは感情的には「悪いこと」の方に分別され、書き換えのときに、つい「地震はなかったから死ななかった」「地震がきたけど助かった」と、人間として考えたときに「良かった」と思える方に作り替えてしまいがちです。
それだと「本当に体験したかったこと」がすっぽりと抜け落ちてしまうので、魂が納得できず、書き換えのストーリーを視ても、解放できないのですっきりしません。
「書き換え」の意味は、体験したかったことはすでに体験して自分の財産になっているのでOKですが、その出来事に付随して生まれた「感情」を手放すことなのです。
出来事は風化しますが、「感情」は転生しても残り続け、今の人生に影響をしてくるからです。
たとえば過去世で大失恋した人は、「失恋するってこんな悲しい感情なんだ」と体験します。
それは自分が体験したかったことなので、OKなのです。
そして、それはあくまでも過去の出来事なのです。
が、今世で恋愛したときに当時の感情が無意識下から蘇ってきて、「失恋するかも・・・」と不安になったり、苦しくなったりという影響を与えかねないのです。
その「感情」を手放し、影響を断ち切るのが「書き換え」の原理なのです。
初心者はまだよいのですが、ハナさんはベテランでこういうこともよくわかっているのに、なぜそういう書き換えをしちゃったんだろう? って・・・。
私:なんだかいつものハナさんらしくないね?
ハナ:私自身が死ぬ事はいいけど、他の人が死ぬ事はあまり好ましくなくて・・・・。
私:いや、今回の論点はそこじゃないよね?
地震で死ぬとか死なないとかじゃなくて、巫女さんが「私は神に仕える身なのに、なぜあらかじめ地震が来ることを教えてくれなかったの?」って思ったことだよね?
事前に教えてくれなかった神への不信感とか、信頼関係とか、経験したかったのはその感情だよね?
ハナ:いや、でも、私は自分が死ぬことととかは平気なんだけど、人が死ぬのはちょっと・・・。
あくまでも「人が死ぬ」ということにこだわり続けるハナさんの態度を不審に思いながら、
私:ハナさん、なんか変だよね?
なんでこんなに「死」にこだわってるんだろう?
あ・・・! もしかして、まだ他の解放があるのかな?
その言葉に反応して、Mさんのガイドがさっと手を挙げ、「はい」と合図を送ってきました。
さてはハナさん、使われていたのね。笑
そして、このあと。
おぞましい過去世が出てくるのです。
(つづく)
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