一富士 二鷹 三茄子
昨日の鹿野山の年越坐禅会で触れることができた美しい景色と美しい気持ちを今なお感じていて、未だ半ば夢の中にいるような気がしているまつよしです。
その鹿野山から、晴れて空気の澄んだ日には、富士山を望むことができます。
昨日、鹿野山を下山したあと、せっかく千葉のこちらまで来たのだからと、千葉県の形のひとつのアクセントを作っている、東京湾に細く鋭く突き出た富津岬にいってみようということになりました。
その一番先には展望台があります。
元旦のこの日、上空は強い風が吹いていましたが、その風に吹かれつつそこを登ると、まさに海をはさんだその向こう側に雪をいただいた富士の高嶺を間近に観ることができるのです。

「富士は日本一の山」と歌にもなっている<あの富士山>を、海を挟んで拝むことの出来る場所が静岡以外にもここ房総半島に存在し、その半島の山奥に佛母寺がある事に対して、人知と自然の偶然が交差した結果このような配置となったのかなぁなどとも思いが湧いてきました。
仏教とは直接の関係は無いのかもしれませんが、大和尊(ヤマトタケル)伝説が残っているのがこの房総、木更津近くであり、この圧倒的かつ奇跡的な風景を観ることのできるこの地に、どこか霊的なものを感じたとしても、それは尤もなことだと神妙な気持ちにもなりました。
話は変わり、富士山 音を感じると フジとなります。
鎌倉に幕府が遷つされたときにその幕府の主人公である「武士が富む」事を祈願して、現在の「富士」という名前になったという説が有りますが、それ以前は「不二」であったともいわれているようです。
あの漫画家を志す若人が集った「トキワ荘」が輩出した、例えば赤塚不二男さんとか藤子不二雄さんなどの大御所たちがこの「不二」という文字を好んでペンネームに使われています。
ここで二つとないという意味を正確に表す漢字としては「無双」があり、麻雀の役にもある国士無双といえば、一番偉い人は天下に二人はいないという事を強調しているらしいのですね。
イメージのみで考えてみますと不二もこの無双ともかなり近いイメージ、つまり日本や世界で一番であるる事を「不二」という漢字に観ることで、現代人は単純にそうであると納得してしまうのかもしれません。
一番高い山だから不二である。
このように解釈で言い切ってしまうと、一般的な仏教用語の 「不二」 (フニと発音)とは少し意味の齟齬(ソゴ)が生じてしまいます。
悟りにより、私の中にある仏性を直接的に体験した後、その私の仏性(自性霊明)と 私の外側に存在するあらゆるモノや事と 二つに分かれるものではない。
そのようにする立場が「不二」であると、仏教の勉強を始めたばかりのまつよしは認識しています。
※公案で富士山をいぢくるものは、沢山あったようにも思います。
ここで遠くに高くそびえるあの巨大な富士山を私たちの心はどう捕まえるのか?什麼生?
さぁさぁ いえいえ!
年末年始には何故かSMAPの「世界のひとつだけの花」を良く耳にしていました。
そしてこの曲の中で、ナンバーワンとオンリーワンが違ったものという前提で歌詞が作られています。しかしこの曲の歌詞、なんとなく聞過ごしていくと、言われた通り、なのかもしれないと一旦納得できそうな気もするのですが、再びロジックにとらわれると、ナンバーワンとオンリーワンには、競争のあるなし程度の小さなな問題で片付けて良いものかどんどんわからなくなってきてしまいました。
さてそんな僕の雑念などとは全く関係ないところで、おおいなる富士は、海の向こうで、そして強い風のむこうで、只静かにたたずんでおりました。
月は西へ 日は東から
みなさまあけましておめでとうございます。
本年も何卒宜しくお願い申し上げます。
さてまつよしは、平成22年元旦にかけて、鹿野山禅研修所にて開催された「年越坐禅会」に参加してまいりました。座禅会といってはいるものの普段の接心会の緊張感とは大きく趣が異なり、何はともあれ新年を迎えることができた事に対して感謝しましょうという事で、一つのお祭りといった雰囲気です。皆さんリラックスして参加されていますし、食事も普段のお寺の食事からは考えられないほど豪華な内容です。
※余談になりますが、鹿野山禅センターの食事は本当に「とてもおいしい」です。”おいしい”ことばかり大きく宣伝してしてしまうと、食欲目当てで参加される方が増えてよろしくないのかもしれませんが(笑)、同センターの典座さまは本当に料理の達人でいらっしゃいます。
さて、年越しということとで普段とは異なる特別な行事として「除夜の鐘つき」と「初日の出(ご来光)の参拝」がありました。
今日はそのうち、特に鹿野山禅センターに伺ってならではの初日の出について書いみたいと思います。
ことし平成22年は太陽暦採用後(明治維新以降)初めての元日に月食がおこった日ということらしいのです。
月食が起こる日はほぼ完全な満月ということ、除夜の鐘をついたころ、私たちの丁度頭の真上からまんまるのお月さまが私たちを照らしていただいていました。
そしてその翌朝、ご来光を鹿野山の山の上(佛母寺の駐車場のあたり)から拝みに行くため、外に出たそのとたん、皆さんはっと息を飲む光景に出くわしました
そう、そのまんまるのお月さまが西の空にいらしたのです。

枕草子の劈頭 「春は、あけぼの。やうやう白くなりゆく山ぎは 少し明りて紫だちたる雲の細くたなびきたる。」の後半に出てくる(新春ということで(笑))清少納言が見たその紫がこうだったのかしらん?という程うつくしい色に染まる夜明直前の空にぽっかり浮かんでいらしたのです。
古来からあらゆる原始宗教は太陽と月に対する深い信仰をもつものが殆です。
その両者がほぼ完全な球体でほんの少しの差で同じ天空にてコラボレーションするなどという、タイミングに私たちが居合わせるとこができたことは本当にラッキーとかいいようがないのかもしれません。
※ そういえばなれない恋愛をした星飛雄馬が、その(たしか”なみさん”という女性との)別れから立ち直るきっかけとなった、沈む月と昇る太陽をほぼ同時に見てある種の解脱に至ったいうシーンもおもいだしました。
さて、マザー牧場に隣接して立てられている佛母寺の駐車場から東の方角を見ると九十九谷と呼ばれる、比較的平坦な山々の稜線が望めます。
前日の大晦日は大変風が強かったのですが、元旦は青空が澄み渡りとても穏やかな気持ちの良い朝となりました。
東の空にはわずかに雲があるのですが、それがなんとも味わい深い感じでその稜線のうえにのっかっているようにかかっています。
その雲の隙間の一点僅かな針の穴のような部分に、オレンジ色の光が射したのち、壮大な夜明けの光景が繰り広げました。
ここでその様子を文字にして表すことなど出きませんので、そこは皆さんの想像力におまかせさせていただきます。
在家出身で普通の生活をしている職業人であるまつよしが、人前で合掌することに対し未だに恥ずかしい気持ちが残っています。
ただ、この初日の出をみていたら自然と手を合わせたくなる気持ちになりました。
このような圧倒的な自然の営みをみて「神様」や「仏様」の存在を感じるということは本当に自然で、理屈抜きで私たちの心の中に直截届いてくるものなのだなぁとおもいます。
街で「あなたは神様を信じますか?」といわれ、今日はついていないと考えていしまうそんな日常を遥かに超えた世界です。
しかしそれらはまた確実に何億年もの間 毎日ゝ繰り返されている大いなる自然の普通の出来事でもあるのです。
そのすばらしい朝焼けの時間が過ぎた後、宿舎に戻る途中、私たちの他にも来ておられた参拝者のお一人が、ふと一言こんなことを仰いました。
「もうお日様はずいぶん上がっちゃったね。 普段みるお日様だ。 もう価値がないね。」とその方の友人にポツンと言われたのです。
2010年の元旦は特別な日(しかも月食付き(笑))。私たちが年頭に当たり気持ちを新たにするために半ば人工的に設定されたその特別な日のご来光を仰ぎ見る行為は、たしかに”特別な意味”をもつので有りましょう。
しかし、その時間が過ぎたからといって、お日様お月様自身がどこかのポイントで大きな変化を起こし、価値があったものが、そこを境に無くしてしまうということがあり得るのでしょうか?
年頭であるから一定の継続的行事を行う。
お月見をしたり、初日の出を拝んだりすることを、季節の節々にきちんと行事にしていること日本人はやはり自然との関わりにおいてお大いなる知恵を残してきたのだと思います。
私たちが、日常の雑事のために忘れている、唯ありのままの自然を、心を落ち着けてそのままに見てみようということで私たちはご来光を参拝いたしました。
そして、たった今その素晴らしさを確認した後数分後に、その価値がなくなっちゃったと言い切ってしまうことは、ちょとだけもったいない” という気がいたしました。
実際には、この言葉を発した方の真意としては、その前の非常に美しかった”日の出の景色”を非日常の特別なものであると持ち上げるため、その後に普段とかわらぬ有り様に戻ったお月様の立ち位置を、ちょいと引き下げることによって、ご来光の美しさを強調したかったのだ思います。
まさに謙譲の精神なのでしょう。ただ、毎日毎日、日の出は繰り返されています。
そして日の出や日の入りの瞬間が、私たちが知覚できるスピードの中で、程よいと感じられる速度で景色の変化であるが故に美しいと認知でき、私たち人間が、”調度良く”美しさを感じられるという事にすぎないのかもしれません。
沢山の高僧が仰っている言葉を思い出しました。
花は(美しく咲こうとなどとは思わずに・・・)唯黙って咲く。
日々当たり前のように繰り広げられている私たちの日常には、素晴しい光景が溢れているのはずなのです。
それに気がつくのか気がつかないのかは、そう100%わたし達の意識、心の問題なのでありましょう。
まつよしは、「それに気がつかない現代人はダメな存在」であるなどといっているわけでは有りません。
自分や家族が食べるためにわたちたちは必死で働きます。
それころ無我夢中で働いていて外の景色など観る余裕など全くないという状態が普通なのです。
しかし、そうは言っても、仕事の事で満杯となった頭の中を一瞬リセットして、ふと数分だけでも私たちの周りに存在する”その時のありのままの風景”をすなおにそのまま眺めてみる。
そこにはきっと美しいものがどこかに有り、わたしたちはそれに気がつくことができるのかもしれない。
坐禅を再開して、少し意識的にそんな場面を探してみようと思えるようになったことは、ほんの少しだけ前進したのかもしれません。
とはいえ、やっぱり今年のお正月は特別によかったと、いままで書いてきたことはなんなのだ?ちっとも悟ってないではないか という まつよしです。

この座禅会では本当に素敵な出会いがありました。
おおいなる御縁に感謝
合掌
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南泉斬猫
いわゆる禅問答というやつなんですが、その禅問答を辞書では以下のように解説しています。
※ 何をいっているのかわからない難解な問答。話のかみ合わない珍妙な問答。
表題の南泉斬猫というのもそのひとつです。
引用 ・・・・
『無門関』第十四則 南泉斬猫
ある時、禅道場の東側にいた僧たちと西の僧たちとが、一匹の猫について言い争っていた。
南泉は猫を提示して言った。
「僧たちよ、禅の一語を言い得るならば、この猫を助けよう。言い得ぬならば、斬り捨てよう」
誰一人答える者はなかった。
■ 南泉はついに猫を斬った。
夕方、趙州が外出先から帰ってきた。南泉は彼に猫を斬った一件を話した。
趙州は履( くつ )を脱いで、それを自分の頭の上に載せて出て行った。南泉は言った。
「もしお前があの時おったならば、猫は救えていたのに」
引用終り ・・・
なんのこっちゃ全然分からない?
とにかく昔の禅のお坊さん、その修行の一環でっっとしても、命ある猫を、刀でぶった斬ってしまったというお話です。
何のために???
そう、何のために? 何のために?
「僧たちよ、禅の一語を言い得るならば、この猫を助けよう」と問われた修行僧達は、いったいなんと答えれば良かったのか?
そして、はたまた、最後にでてくる
「趙州は履( くつ )を脱いで、それを自分の頭の上に載せて出て行った」
となっていますが、意味がわからない?でも、それに続く南泉和尚の言葉から類推すると趙州和尚の行った、この奇妙な行動こそがその正解であるように読めてしまいます ・・・・
まさにゲロゲロ「何をいっているのかわからない」禅問答の代表例であるかのような公案です。
問題を提起されると、人々はその問題がこれほど極端に訳が分からないものであっても、とりあえずその問題の正解を求めようと色々と考えはじめます。
納得できる出来ないに関わらず とりあえず考えますが、まずここで情報量の少なさを嘆きます?
なんで、猫自体の責任でも何でもないのに猫をが巻き添えになって斬らちゃうのか?
余りにも理不尽でかつ、かわいそうじゃないか?
それにそもそも、仮にもお坊さんが殺生してもいいのか?
そんな異常事態を招くいた、議論っていったいどんなものだったんだ?
ひとつの生命を犠牲にするほどの需要な話しだったのか?
そんな内容であるならちゃんと書いといてくれなきゃぁ分からないじゃないか?
などなど、このような思いがまず浮かんできて、やっぱり分からないながらも、猫を切った南泉和尚に憎悪の念を抱くかもしれません。
さて、本来ならば、もう少し議論を重ねたあとにこの質問をしたほうが良いのかもしれませんが・・・
■ あなたは、猫が真剣でまっぷたつに斬られたその状況をリアルに少しでも頭に思い浮かべましたか?
いま私たちは、この状況を文章で限られた情報の中で読んでいます。
で確実なのは 猫が斬られたと言う事実です。
この話しの舞台は中国なので、日本刀ではありませんが、中国の時に大きな刃物で猫をぶった斬ったとしたらそんな光景が繰り広げられたのでしょうか?
バーっと鮮血が飛び散り、その猫がどんな毛並みをしていたのかわかりませんが、おそらくその毛も血とともに宙に舞ったでしょう。
へたをすると内臓までもが飛び出ちゃたのかもしれません。
この話しの通りのことが実際に目の前で起こったら、この一匹の猫、いままで一つの生命であったにも関わらず、二つに別れたただの肉塊に代わって、私たちの目の前に無残な姿で転がっていたのかもしれません。
ここで、確実にはっと息を呑む状態に、その場に居合わせたとしたら、
上で浮かんだ様な、細かい疑問が、頭の中に浮かんで、正常に論理的な処理など行うことってできるのでしょうか?
公案はひとつの答えを求めるものではありません。
「死」との距離が極めて遠くなり、ひとつの生命体が惨殺されていたとしても、その情報が文字によって伝えられたときに、私たちはその「死」について、とりあえずその事実を横において、論理整合性を合わせる作業に簡単に進むことができてしまうのです。
しかし、そういった作業とは、合理的に良いことばかりで、放っておいても良いものなのでしょうか?
猫が惨殺されるシーンがその情報を記号としての文字で受け取った私たちは、その場のリアルな環境をほとんど受け取っていないということに、いまお気づきになられましたでしょうか?
これは、現代でなくとも、言葉によって情報が伝達されるときに陥る事場を使う人間同士のコミュニケーションの限界をまざまざと示しています。
いままつよしは公案を極めておかしな方向から利用したのかもしれませんが、
言葉で何かを説明する事や、
さらにその言葉をベースとして
概念を先行させて論理展開していく事
そういった、論理的に自称を判断する作業の中には、すでにおおきな限界が存在している、という事に気づきなさい、というのも禅の最初の入口であることは間違いないかとおもわれます。
それゆえの 「不立文字」。 「無」になれ、「あれやこれや考えるな!」という禅特有のトレーニング方法が、どこを目指しているのかが垣間見られたとしたら少しは前進できたのでしょうか?
合掌
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