皆さんは、「中村久子さん」をご存知でしょうか?
この方は、明治~昭和期の興行芸人、作家。両手・両足の切断というハンデにも関わらず自立した女性で有名な方です。


私がこの方を知ったきっかけは、あの「魔法の言葉」の五日市剛先生の講演会でした。
五日市先生は高校生の頃、中学生の女の子の家庭教師をしていたそうです。その女の子は、いわゆる「札付きのワル」で、近隣では有名な不良少女だったそうです。やはり学校には行かず、心配した母親が家庭教師を、五日市先生にお願いしたそうです。年が近いせいか、その少女は五日市先生には心を開き、なんとか勉強に励むようになったようですが、それでも繊細な年頃のせいか、情緒不安定な時もあり、ある日少女は自殺未遂をおこしました。


なんとか命を取り留めた少女に五日市先生は、「中村久子さん」の半生を話しました。
その後少女は、五日市先生と共に、中村久子さんを人生の師と仰ぎ、懸命な努力の末、地元の有名進学高校に進学。そして東北大学にみごと現役合格。現在は確か教員をされているとのことです。


ここで中村久子さんの人生をご紹介します。------------


中村久子さんは明治三十年に、畳職人の長女として誕生しました。
三歳のときに、肉が腐り骨が溶ける、突発性脱疽という難病にかかり、四歳で、両手両足をすべて失ってしまいます。

悲しみと絶望に打ちひしがれる両親。両手両足の痛みに泣き続ける幼い久子。治療でかさむ借金。
偏見と差別から逃れるように、一家は転居をくり返しますが、その過労と心労がたたり、久子が七歳のとき、父親が他界してしまいます。


やがて、生活のために母親は再婚。再婚先での久子は「恥さらし」とののしられ、薄暗い部屋で過ごす日々が続きました。 そんななかで、母親は炊事や洗濯など、身の回りのものは自分でできるよう、久子を厳しくしつけます。裁縫や書道などの手仕事も教えたのです。


久子は、口と短い腕を使い、気の遠くなるほどの時間をかけて裁縫を習得。なんと、着物を縫えるまでに、12年の歳月が過ぎていました。


その間、久子は「なぜこんな体に産んだのか」「なぜ殺してくれなかったのか」と、母を恨み続けるのです。

20歳になったとき、義理の父に半ば追い出されるように、旅芸人の一座に参加。各地の見世物小屋で、「だるま娘」として舞台に立つ日々。
ここでもまた、座員からいじめられ、客からは嘲笑を浴びる、つらい日々が続きました。

さらに、久子を悲しみが襲います。心の支えだった、故郷の母親が亡くなったのです。その後、座員と結婚し、一子をもうけるものの、すぐに先立たれます。そして、再婚した夫にも先立たれてしまうのです。
それでも、二人の子を育てるために、生きなくてはなりません。

久子は、自分が母親になって初めて、母の深い愛に気づいたのです。
両手両足がなくても、生まれてきたこと、今生きてること、すべてに感謝。そんな気持ちに包まれたのです。
 
「私を救ったのは、ほかでもない、手足のない私の体。逆境こそ、感謝すべき私の師」 という境地に至るのです。

その後、久子の生い立ちが新聞に紹介されると、久子の存在は世界に知られるようになります。
来日したへレンケラー(アメリカの社会福祉事業家。1880~1968年)も、「私より不幸な人で、私より偉大な人」と讃えています。

晩年は、三度目の再婚相手の夫と娘に背負われて、全国で講演活動をしました。

「人生に絶望なし。いかなる人生にも決して絶望はない」
「両手両足のない身だからこそ、有難い」


そういって、社会的弱者を励まし続けました。


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この話を聞いた時、頭をがーんっと殴られたような衝撃がありました。

自分が恥ずかしい・・・。正直、心の底からそう思いました。私はこの人の前で、自分が「~出来ない」ということに対して、何の言い訳も弁解もできないません。


私は、1つ以外になにも不足も不便もない生活をしています。私が絶対的に1つ不足しているのは、人生を真剣に生きる姿勢です。この「人生を真剣に生きる」は私の好きな言葉です。


毎日の仕事・家庭や職場での人間関係・本・自然などからの気づき・感動を得ながら成長していきたいのです。
嫌なこと、面倒くさいことも沢山ありますが、人間、心の底では誰もが成長を願っています。嫌なこと、面倒なことを人生の糧にできたなら・・・いい人生にしかなり得ません。


省エネモードで生きているという現代人。余計なことをなるべくせずに、苦労を避け、忍耐力が一昔より低下している傾向だそうです。忍耐力低下のせいなのか、日本では毎年の自殺者は増え続けている一方です。


自殺を実行するくらい、相当な深い悩みを抱えてその道しか選べなかった気持ちも確かに理解できます。でもその悩みを、中村久子さんに相談できるでしょうか?たぶん私にはできません。


人生を真剣に生きることは・・・、歴史に残らなくても、他人から見たらたいしたことやっていなくても、誰かに見てもらえなくても、誉めてもらえなくても、OKです。自己満足でOK。


毎秒、毎秒真剣でなくてもかまいません。ただ目の前の仕事をただ真剣に地道に取り組むこと。そして目の前の人を喜ばせたり、誉めたりすること。これが私的には、「人生を真剣に生きる」原点です。




  中村 久子女史

今日は満月ですね。満月といえば「満月パワーで臨時収入」です。あれ?以前にもご紹介したかな。


まあ復習ということで、下記になります。満月の前後1日間も大丈夫だそうですから。信憑性はいかがなものかとは思いますが、実際にご利益にあやかっている方もいるようです。mixiでは「満月の力で臨時収入を得る会」として、9000人以上のコミュになって結構盛り上がっているようです。


『満月にお願いして臨時収入を得る』

(以下ミクシーコミュニティーより抜粋)


1.通帳またはお財布を用意する
2.お財布からクレジットカード、領収書など「お金を使う事に関係する」
ものを抜く。お札は入っていてもいなくてもかまいません。
3.満月の日に、外の気にお財布や通帳を晒しながら(このときに振ると良いです)


「今月も臨時収入がたくさん入りました。お月様ありがとうございます!」
と、過去完了形で宣言をする

※曇り、雨、日中であっても、満月の「氣」は満ちていますので、安心して
フリフリしてください。
※満月の前後一日間も、「満にする氣」が大気中にありますので、前後に
振ってもOKです。



1回2回でくじけてはいけません。1年くらい続ければ何かあるかもしれません。楽してお金をゲットしようという
ものですから、約1ヶ月に1度の満月時、せいぜい5分くらいのことを面倒くさがっていてはなりませぬ・・です、はい。そういう自分はどうかというと・・。その5分ができなかったりしたりして(笑)まあでも今日はきれいな満月ですから、ちょっとやってみようかと思っています。


しかし実際には、満月に財布をかざすよりは、バイトなどをしてお金を稼いだほうがよっぽど確実です。
私は開運テクニックめいたことを書きますが、このくらいの現実感は持っています。


でもまあ、お金にまつわることに対して、「感謝の気持ちを持つ日」という日にすればよりご利益がありそうな気もします。お金というより、働ける環境や身体があること、きちんとお給料をいただけること、商売をしているかたなら、顧客さまに感謝をする、働いてくれる旦那さんに感謝するなど・・、月に1度くらいはそんな日があってもいいかもしれません。


人は感謝の気持ちでいるときには、精神的に安定します。なのであの魔法の言葉の「ありがとう」も、
嫌なことがあった時には特に「ありがとうを言う」という約束があります。精神的に落ち込んだり、参っていまう時にも、感情を込められなくてもいいので、とにかく何回も繰り返して「ありがとう」と唱えることを推奨しています。


そして感謝の気持ちは、より高い精妙な波動を引き起こし、望むものを自分に引き寄せるといいます。
「ありがとう」と言うとき、体の中の感謝の響きは、自分の波動も高めていきます。さらに声を出して言うと、いっそう強力です。


もし、体の悪い箇所があれば、例えば、「私の肝臓さん、ありがとう」と感謝しましょう。心の苦しみであれば、「私のハートさん、ありがとう」と言葉をかけましょう。
「私の身体の細胞を正常にしてくれて、ありがとう」と、毎日毎日、「ありがとう」と続けるようにしてください。
その思いは一つひとつの細胞に伝わって、細胞はエネルギーを高めて自分で自分の身体を治そうとする力が湧いてきます。


とりとめのない文章になってしまいましたが、最後に「感謝」繋がりで、内観法を1つご紹介します。


内観とは、「自分を知る」ための方法として日本で開発された自己探求法です 。

内観は、病院で行われる場合と、民間の研修所で行われる場合があり、下記は標準的な研修所で行われている方法です。


父、母、きょうだいなど、自分の身近な人(時には自分の身体の一部)に対しての今までの関わりを、
1:自分がしてもらったこと   2:自分がしてあげたこと  3:自分が迷惑をかけたこと


この3つのテーマにそって繰り返し思い出し、時間をかけて書き出していきます。
1の自分がしてもらったことが多く、2の自分がしてあげたことが少ないことに驚かれ、唖然とします。

自分や他者への理解・信頼・感謝が深まり、自己の存在価値・責任を自覚する事によって社会生活の改善につながると考えられる、自分を振り返る手段の1つです。

先日、患者さんとお話しているうちに、その方が「占い師」だということが判明。
ちゃんとプロでいらっしゃるそうで・・私は興味をすこぶるかき立てられました。


女子は占いが大好きです。と断定はできませんが、男子よりは興味があるのは確かだと思います。

なので「女の子にもてたな~・・」と思う男子は、「手相占い」を習うべしです。
大抵の女子は占いに興味があるので、女の子の手に触れて、それなりの事を言い、ワクワクさせるようなことを言いつつ、ちょっと戒めて、そしてまた持ち上げる・・で、人気度はかなりアップするでしょう。
さらにツボに入れば、親密な相談を持ちかけられ、的を得たことを言えば信頼度もアップです。それなりに勉強が必要ですけどね。


あとは、カラオケが上手な男子もモテます。気になる女の子の大好きな曲を上手に歌うのは女の子のハートを確実に掴みます。それにカラオケはストレスの発散にもなりますし、複式呼吸で健康にもよろしいかと・・。なのでボイストレーニングも、それなりの人だけ受けるのではなく、普通にカラオケが上手に歌えるようになりたい・・という動機でもいいですね。ぜひ、一度は受けてみたいものです。


まあそんなことはいいのですが、今日はその手相のお話です。
よく手相は『その人だけがもつ運勢をそのまま映し出しているものです。』などと言われます。
歴史ある占いの元祖的な存在ですので、それなりの信憑性はある気はします。


その患者さん(占い師さん)に、「手相を書く」ということについて聞いてみました。
「手相を書くのは、書いている自分自身の意思・決意が書くという行為によって、頭(潜在意識)に入っていくわけだから、とてもいいことなのよ」と・・。ほおぉー。本物の手相を観る先生が言うのだから間違いない!


書くときの注意としては、黒のペンでは書かないこと。金とか銀とかのペンが良いといいますが、その先生いわく、ベージュのペンがよろしい・・とのことです。ベージュなら目立たなくていいですね。なかったら、赤でも良いそうです。さあ、おもいっきり書こうではありませんか!!って感じです。


この作業は、手相の開運の形を先に整えるってことですよね。

「自然に開運するのは待っておれん。ならば先に開運の手相を書いてしまえっ!」

という、なんともせっかちな感じが、日本人のニーズに非常に合っており、ほほえましく感じます。


まあ善は急げとも申しますので、早速書いてみましょう。はい、私はその先生に書いて頂きました。ふふ。


調べれば、本を買わずとも沢山ネットで情報があります。ちょっと調べてみて下さいね。YouTubeでは、動画で親切に書き方を提供するものもありました。


賛否両論あるかとは思いますが、とりあえずまた『タダで得する』ですよ、原油高ですし・・(笑)。