2016年F1と私と… -4ページ目

2016年F1と私と…

F1にまつわることを日々の生活に関連付けてゆらりと綴ります。

これはゴキに効くらしい。
商品名は知らないが一度は使ってみたい商品です。
{8613C169-0ABE-4B7A-BED9-0C1E645A405C:01}
何個かセットで売ってるよ。

中略…ゴキ(ゴキブリ)叫び
プロストは、勝ち方の引き出しをいっぱい持っている。彼の走りは、たとえばこんなふうだ。クルマの調子が悪くなかなか上位に上がれない。追い抜かれる。しかしそのとき、相手のドライバーの腕と、マシーンの状態や性能を分析して"あのスピードも長続きはしない。いつか潰れるはずだ"と読めば、あわてずに自分のペースを守る。
ファンはどんどん順位を下げていくプロストの走りに不安を抱くかもしれないが、彼の頭の中では緻密な計算がなされているわけだ。そして相手の呼吸を読み、ここが勝負と決断すれば一気に抜き去る。それも相手にとって、"まさか、こんなところで抜かれるはずは……"と驚愕するようなところで抜く。それが相手の動揺をさそうのだ。
また、今日のマシーンの調子ではどう転んでも上位は難しいと悟れば、悪いなりにレースをまとめる技術を持っている。これは一見簡単そうだが非常に難しい。優勝できないマシーンで2位を奪る。また6位に食い込むだけの性能しかないマシーンで4位に入ることは優勝と同じか、もしくはそれ以上の価値がある。だからプロストが、2番手に下がろうが3番手になろうが、祖国フランスのファンは騒がない。そして、負けても次に期待をする。
ブラジルのテレビ、ヘジ・グローボのマルセロ・クレージュに聞いた。

アイルトン・セナが亡くなったとき、僕はまだ14歳だったが、ブラジルの国中が深い悲しみに沈んだ様子は、いまでも忘れられない。祖父は事故直後から、ずっとテレビにかじりついていた。たとえF1マシンが運転できなくなっても、生きていてくれさえすれば、そんなすがるような思いで、成り行きを見つめていたものだ。僕の父は、肉親が亡くなったときにもほとんど涙を見せなかった人だけれど、あの晩はただただ泣きつづけていた。それぐらいセナの死は大きな衝撃だったんだ。
セナの遺族や関係者に話を聞くたびに、セナがいかにかけがえのない人間だったのかということが、少しずつわかっていった」
「ブラジル人にとって彼は、神と同義だと言っていい。イギリスやイタリア、フランス、そして日本には、いまでもセナを忘れずにいてくれるファンが大勢いる。
セナはなぜブラジル人にとって、特別な存在なのか。ひとつには1980年代から'90年代初めにかけてのブラジルは、ヒーロー不在の時代だったということがある。賞賛できるヒーローを誰もが待ち望んでいたところに現れたのが、セナだったんだ。
セナは、とにかくひたむきだった。どんな不利な状況でも、全力を尽くして勝とうとする。セナは単に勝利を重ねるだけでなく、その背後にはいつも何かしらのストーリーがあった。だからこそ人々は、セナに魅かれるんだと思う。
セナが神についてよく語ったことも、信仰心の厚いブラジル人にはグッときたのだと思う。一部の人たちが、そんなセナにちょっとうんざりしていたのは、よく知っているけどね。
セナは、日本にも熱狂的なファンを生んだ。ホンダ・エンジンで走っていたことは、言うまでもなく大きな理由の一つだ。日本人のF1ドライバーも登場したけれど、優勝にからむほどの活躍はできていなかった。その役割をセナが担っていたというのかな。ホンダにはピケもマンセルも、プロストも乗った。でも、セナだけが圧倒的な支持を受けたよね。それはセナの持つひたむきさに、強く感応したのがブラジル人と日本人だったからだと思うんだ。
セナが亡くなって20年が経つけれど、ブラジルでの彼の思い出は少しも風化していない。それは出身地のサンパウロ州だけでなく、リオデジャネイロでもどこでも同じだ」

8度目の挑戦にしてようやく母国GPの優勝をつかんだアイルトン。自分が生まれた街、サンパウロの中心にあるサーキットでの勝利に号泣した。レース終盤、6速ギヤ以外のすべて使用不能になるという事態に見舞われ、今回も優勝は無理かと思われたが、片手でステアリングを操り、もう一方の手でシフトレバーを押さえたままで走るという荒業をやってのけての栄光だった。フィニッシュ後、疲労困憊していた彼はマシンから引き出されるようにして出てきた。表彰台でトロフィーを掲げるのもやっとという状態に、ドラマとアイルトンは切り離せないことを改めて痛感した。
(Interlagos 1991)

わたしは、アイルトン・セナのことを思うとなんだか涙が出てきそうになったりします。こんなふうに少しだけしか彼のことを知らないのに……。
こんにちは。
今日はアイルトン・セナについて話したいと思います。
私はF1を見始めたのが、2010年の6月からだったので、セナのことは知りませんでした。でも、セナがこの世から去ってしまった年は、私が13歳の時でした。なので、私の中学卒業アルバムにはセナの出来事が、歴史として載っています。
1994年5月1日 F1サンマリノGP よっぽど忘れられない事件だったのですね。
 セナは1991年16戦7勝を挙げ、3度目の、そして最後となるワールドチャンピオンに輝いた。


フランク・ウィリアムズから見たセナ

フランク・ウィリアムズは振り返る。
彼はとても押しの強い若者で、目的意識がはっきりしていた。テストのチャンスをものにするまでの強引なやり方は印象的だった。粘り強くてね。自分がしたいこと、どこに向かいたいのか、そしてそのためには何をしたらいいのかをわかっていた。アイルトンに対してわれわれは、若くて経験のないドライバーはとらないが、もし走らせてみたければマシンの感触を得るチャンスは与えよう、という話をした。
彼がF1マシンに乗り込むのになんの問題もないとわかったね。明らかに彼は特別な人材だったよ。
セナがウィリアムズのシートを得るのは、そこからさらに11年の歳月を持つことになる。アイルトンのすばらしいところは、頭の良さだと思う。本当に知性の優れた人物だった。ある日、彼と会って10分ほど話しただけで、自分は黙って彼の話を聞いたほうがいいと感じたよ。彼はすべてを考え抜いていて、非常に頭のキレる人物だった。彼は常に事前に少なくとも3つの動きと4つの対応策を用意していた。心構えにも驚くべきものがあったね。彼が最初から心を許すことはなかったが、ひとたび信頼を勝ち取ればそのことがわかったと思う。
ドライバーとしてだけでなく、人間としてもセナを高く評価する。
その他に、アイルトンについて好きだったのは、このスポーツに対する情熱だ。とにかくモータースポーツを愛していた。モータースポーツの話題なら、何時間でも彼と話していられただろう。スピードと勇気はミハエル・シューマッハーと同じくらいだったが、頭の良さではアイルトンのほうが上だったのではないだろうか。
レースに対する情熱は、運命のサンマリノGPでもまったく変わることはなかったとフランク・ウィリアムズは言う。とにかく勝つことにこだわっていた。センセーショナルなドライバーであり、尋常でない個性の強い人間だった。あの1994年シーズン、アイルトンは、ミハエル・シューマッハーが不当に優遇されていると感じていたようだ。だからあのイモラで、ミハエルに打ち勝つと心に決めていた。
フランク・ウィリアムズは事故については多くを語ろうとしない。私はあまり過去を振り返ることをしない。レースは明日に向うもの。頑張って成功を目指すもの。優勝はすばらしいが、常に次の勝利を目指していくだけだ。
深い悲しみを胸の奥底にひめながらも、それでもF1は続いていく。そして、それがこのスポーツを愛したセナへの礼儀でもあることをフランク・ウィリアムズは誰よりも知る。「彼のことは忘れない。いまでもマシンに彼への思いを表現している。彼が亡くなってからずっとマシンにステッカーを貼っている。それが、偉大なドライバーに対するわれわれの敬意の表し方だ」
{592EA58C-B4FB-46A5-873F-2885312BE2E9:01}






僕が過去に何度か、F1では短い期間に、いかにさまざまなことが大きく変化しているかということを説明してきた。F1という世界は本当に物事の動きが早い。どんなに大きなギャップに見えていても、レースごとに目に見えてその差は縮んでいく。
僕たちのウィンターテストは、秘密を保持すること自体が難しいほどにトラブル続きのテストだった。そして開幕戦の結果は、皆さんのほうが詳しいだろう。

昔から誰もが知っているマシンの話がある。速いマシンに信頼性を持たせることは難しい作業じゃない。でも、信頼性だけは良いというマシンを速くすることはとても困難だってこと。
僕たちはまだまだルノーのパワーユニットがポテンシャルを持っていることを知っている。V8エンジンと比較して人々はいろいろと言うけれど、初めて聞いた音が現在のV6ターボエンジンという人の評価は違うだろうし、V12エンジン時代を知る人は、V8エンジンの音も違うと言うだろう。今後は新しいターボパワーユニットが当たり前になるだろうけれど、正直なところ、僕の経験したほどの衝撃があるかはわからないね。

とあるところに書いてありました。ラブラブ



私の弟から「いっぺん鈴鹿サーキットにレースを観に行ってみなよ」と言われました。あせる
なぜかというとテレビで観ているのと現地で観るのとでは、どのくらい違うか楽しみだろう。マシンの色やボディのかたち、サーキットの広さそして音がどういうものなのか、そしてテレビでは絶対に味わえないタイヤの焦げたにおい(笑)などなど…。私も生でF1を観に行ったことがなかったのでそう言われてちょっとびっくりしました。
でも、いつか(笑)行ってみたいです。
今はちょっと、金銭的にも気持ち的にも余裕が…(笑)。今は早く家の屋根裏部屋へ移って一人の時間にCSを観るのが目標です。
パワーユニット

今シーズンから、F1はまったく新しいハイブリッド・ターボチャージ・パワーユニット、略してPUに変わった。新しいPUは、ICEを中心にTCユニットで構成されており、TCのユニットはTC-TとTC-Cのセットになっている。ターボとは、エンジンの左右エキゾーストパイプRH-EXとLE-EXからの排気を、WGが装着されているターボインレットプレナムから送ってタービンを回す装置のこと。インダクションボックスから取り入れた空気流は、タービンによって回転するコンプレッサーで圧縮、ICを介して冷却の後、インダクションチャンバーに送られ、エンジンに導入される。
 このタービンを回す排気ガスは走行中に900~1000℃もの高温になり、スチール・キャスティング製のタービンケーシングは、ボディが完全に灼熱した状態になる。タービンインペラとカートリッジのベアリングキャリアーを通して、同じシャフトで回転しているコンプレッサーもこの高熱の影響からは免れることができず、圧縮される空気は極めて高温になってしまう。
 実際、カーボンコンポジットのエキゾーストヒートシールドは初日のテストで燃えてしまい、すべてのチームでまるでトタンづくりのような、インコネル等を使った金属製ヒートシールドへの変更を余儀なくされていた。トラブル解消のためのつぎはぎ状態で、エンジンカバーの下はスマートなエンジニアリングにはほど遠く、熱交換器とダクトがまるでジグソーパズルのごとくに張り巡らされているのが現状だ。
 ターボチャージャーユニットにはMGU-Hがつなげられていて、ターボ軸の回転で発電を行い、必要時にはこのMGUがモーターとなりコンプレッサーを回転させて、ブースト圧の落下を抑える。言わばターボラグの解消の手段だ。というのもシングルターボに規制されているため、どうしてもモーターのサイズが大きくなり、その分ブーストのリニアな反応が望めないからだ。F1のシャープな加速がなくなってしまってはいけないというのも、MGU-Hの存在理由のひとつだ。


PU…ハイブリッド・ターボチャージ・パワーユニット

ICE…インターナル・コンバッション・エンジン

TC…ターボチャージャー

TC-T…ターボチャージャー・タービン

TC-C…ターボチャージャー・コンプレッサー

RH-EXとLE-EX…エンジンの左右エキゾーストパイプ

WG…ウェイストゲート

IC…インタークーラー

MGU-H…モータージェネレーター


私の知らないF1用語。

◎パワーユニット…エンジンとふたつのERS(エネルギー回生システム)等からなる総合的エネルギー供給システムのこと。パワーユニットは以下の要素から構成される。

1.6リッター直噴V6エンジン
ターボチャージャー
運動エネルギー回生システム
熱エネルギー回生システム
バッテリー

「ホンダ2015年からF1エンジン供給」のような見出しが新聞各紙を賑わしたが、実際にはこれは正解ではない。ホンダが提供するのはエンジンではなくこの「パワーユニット」である。

なぜパワーユニットが重要なのか?

14年シーズンの開幕前から「空力<パワーユニット」が呪文のように唱えられていたがそれは一体なぜか?2013年は、2.4リッターV8自然吸気エンジンに、KERSをボルトオン(別でつくったものをくっつけた状態)しただけのものであり、総合的なエネルギー供給システムではなかった。

一方で14年のパワーユニットは、これを構成する各ユニットそのものの性能も重要なのだが、それと同じくらいこれらユニット同士の関係だったり制御だったりが、マシンパフォーマンスに大きな影響をおよぼす。

また14年レギュレーションでは燃料の瞬間最大流量に100kg/hの制限がかかっているのに加えて、燃料タンクの容量が100kgに制限されている。12年シーズンでは1レース当たり155~160kgの燃料を必要としていたが、14年からは35%も少ない燃料で同じ距離を同じ位のスピードで走ることが要求されている。

よもやパワーを競う時代ではない。エネルギーマネジメントの時代なのだ。パワーユニットの重要性が叫ばれるのはここに理由がある。

そもそも自動車というものを走らせる「動力」は「エンジン」のみである。しかしながらこの「パワーユニット」なる新しい動力システムでは、エンジンはその一部でしかない。エンジンはマシンを走らせるための幾つかある動力の中の1つにすぎないわけだ。パワーユニットのパワーは、V6ターボエンジン自体=600馬力、ERS=161馬力の計761馬力ほど。如何にエンジン以外の動力であるERSが果たす役割が大きいかが分かる。

ちなみに熱エネルギー回生システム(MGU-H)にはエネルギー制限がないため、ここで大きな電気エネルギーを取り出すことができれば、大きな優位を築くことができる。

自動車の歴史における新しい時代の幕開け、そりゃHONDAスピリットもうずくわな。


にひひと、ある場所に書いてありました。

パワーユニット
という単語は、奥が深く、実に魅力的な言葉だと私は思います。
 フェラーリ、フェルナンド・アロンソ3位表彰台。おめでとうございます‼︎今年第4戦、初表彰台。どんな気持ちだったのだろう。ホッとはしていないのは確かである。
気になるのが、「レース中はずっと限界まで攻めていたし、これ以上は無理だったと思う」というコメントです。
私は生活していて、無理だったと思う様な生活をしていないことに気づきました。だから、どこからなら無理ではなく、ここからが無理なんだということが言えません。
限界というものがどの様なものなのか、街の人々は1回は経験しているはずです。私もそうでした。私の場合は、仕事で、限界を感じたことがあります。
でも、そこで諦めないで頑張るということは凄いことだなと思います。

なんでアロンソばかり応援しているかは、ふむ~。考えると思いつくのが、2010年から、F1を観続けていて、ずっとフェラーリにいらっしゃるからだと思います。でも、時は移ろいゆくもの。
最近マクラレーン・ホンダに移籍するという噂もありますが、それについて皆様はどう思われますか?誰か教えてください。うそです。自分で考えるのでイイです。すみませんでした。(≧∇≦)
最近ペタしてくださる方がいてうれしいので、いいね!出します。いいね!のほうもいいね!と思ったら、いいね!してくださいませ。よろしくお願いします。

あ~ぅ。1番大切なことを忘れていました~。1位ルイス・ハミルトン2位ニコ・ロズベルグ3位はわかってると思います。
{04C3FBC4-6725-4217-9A47-63F72F9AF475:01}