かっぱのテキト~お気楽裁判傍聴記
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第9号法廷 たまに裁かれるならこんな裁判官

  裁判の雰囲気を支配する最大要因は裁判官である。最近、そう感じるようになってきた。テレビドラマ等の裁判官は非常に無口な存在で、判決文を読み上げたり、異議を却下したり、特定の場面でしか発言機会が与えられておらず、まるで彼等も傍聴人の一員のようである。しかし、実際は意外と口出しすることが多く、その腕次第で裁判は流れ作業のようにも、心の通う場のようにもなる。今回は、事件の内容もさることながら、裁判官の言葉に耳を傾けてしまったという話。

  被告人Mはトレーナーに黒のジーンズというラフな格好。茶髪でロン毛、今時の若者がちょっと年を食ったような趣である。年の頃にして20代半ば過ぎたあたりだろうか。それはそれは暗い表情をしていて、蚊の鳴くような声で返答していたのが印象的だった。そんな彼の罪名は

「住居侵入罪」

  はて、侵入したものの、盗みに失敗したのだろうかと、検察官の公訴事実を聞いてると・・・・・・ベランダにストッキングが干されているのを見かけたMは、留守だと思ってベランダに侵入。その場で全裸になり(えっ!?)、干してあったストッキングで自慰行為を始めるも、実は留守ではなく、住居者に気づかれてしまった。その場は逃亡したものの、結局は逮捕に至る。

  ・・・え・・・何をしてるの?、この人は。裁判官に注意されるほど声も小さくなるわけである。この直前の案件では、法廷内には裁判官・書記官・検察官・弁護人・傍聴人それぞれ一人ずつという、極めて閑散とした状態だったのにも関わらず、なぜだか本件になった途端、傍聴人がぐっと増加して、18席しかない傍聴席のうち6席も埋まっていた。それでも少ないと思われるかもしれないが、奈良地裁の小さい法廷にしては多い方である。しかも、検察官の隣には、よりによって新人らしき女性検察官が座している。彼女の発する冷ややかな空気といったら、触るもの皆を傷つける風の刃のようである。そんなところに、更に証人として妻が来ているのだから、たまったものではない。Mどころか、夫婦揃って針のむしろである。ちなみに、検察官の冒頭陳述で「目撃時の再現写真」とあったが、いったいどこまで再現したのか・・・。

  逆風も逆風、突風アゲインストの中、Mの妻が証言台に立った。

  証言台に立った被告人Mの妻は、夫が恥ずかしすぎる犯罪を犯した割には淡々と受け答えた。彼女としては、今回の一件を警察から教えられたときは憤りと信じられない気持ちでいっぱいで、離婚まで考えたそうだが、今は週一で面会に行っていた。彼女自身、神経内科に通っていたり、仕事場でのことを家庭に持ち込んだりして、夫に過剰なストレスを与えており、自分にも原因があったのかもしれないと話していた。なので、家をリフォームしたり、夫婦の会話を増やしたり、環境を変えて、夫を迎え入れる考えだそうだ。

  一見、夫を支える良き妻のようだが、彼女はもっと根本的なことから、目を背けているように感じた。そして、それは検察官や裁判官の追求によって確信に変わった。

  被告人Mは、前科前歴無しとなっているが、実は何年か前にのぞきを示談でもみ消していたのだ。他に昨年12月にもベランダに侵入したことがある。そう、Mは常習なのである。「ストレスを和らげただけでは無理」と検察官が指摘したように、環境どうこうの前に、Mの性癖をどうにかしないと、根本的な解決にならない。そして、弁護士が「(家に)そういうDVDもあったわけだし、(夫の性癖に)うすうすでも気づいていたよね?」と、妻が目を背けようとしていることにも踏み込み、更にもう一押しで、妻から「夫婦生活がなかった」の一言を引き出した。

  そうなのだ、結局はMの性欲のコントロールの問題であり、この期に及んでも妻は性的な問題から目を背けていたのだ。被告人質問では、裁判官・検察官・弁護人の3者から、性癖・性欲はどうするのかと質問責めの嵐となった。その中で、Mが「性欲は強いと思う。でも性癖は病的なものではないと思っている」と至って真剣に説明している姿はもはやコントのようであった。最終的には、いざとなれば山寺の修行なり精神科なりに通い、欲望のコントロールを誓うこととなった。しかしながら、山寺の修行で自己に打ち克てるようになれるぐらいなら、端からこんな事件を起こさないのでは・・・。

  そして論告求刑。裁判は佳境に入る。

  検察官は懲役1年、弁護人は罰金刑は求刑。被害者は学生で、ショックのあまりに休学し、更には犯人が茶髪だったので、茶髪の男性を見るだけで震えが来るという。Mの行為は一見笑い話にもなるが、立派な精神的レイプである。今まで示談などで事なきを得てきたせいであろう、Mはこんな重大な事件になるとは思ってなかったようである。これは、ここで一発、実刑を食らっておいた方がMのためなのかも。

  そして、真打ち・裁判官の登場である。裁判官は温めるように諭した。以下、要約。性欲というのは大事なもので、そういうものがあったからこそ、いままで人類は続いてきたのだけども、そればかりではない。それ以外にも素晴らしいことはたくさんある。そのことを学んで欲しい。自分は映画が好きで、自分にとって人生の教科書ともいうべきものだ。M夫婦には素晴らしい映画と出会って、多くのことを学んで欲しい。小津安二郎監督の「東京物語」という映画があるのだけども、淡々とした描写の中にも、夫婦のあり方が描かれていて、夫婦とは何であるのか学んでほしい(この際、劇中の夫婦の台詞を「今日は暑いな」「私のせいじゃありませんよ!」といった具合に一人二役で再現)。たまには娘さんを親御さんに預けて、二人で映画とか行ってください。

  裁判官は被告人の更生には夫婦関係の改善が必須だと看破したのである。ゆえに、被告人だけでなく、妻にも語りかけるように説いた。ただ裁くだけでなく、更正にまで視野に入れた温情あふれる裁判官の諭しに胸打たれる思いだった。万が一、自分が裁かれる立場となったら、こういう裁判官に裁かれたい!いや、万が一の話ですけどね、万が一。
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