かっぱのテキト~お気楽裁判傍聴記 -3ページ目

第7号法廷 5歳男児餓死事件 I ― ネグレクトの果てに


「おにぎりにちゃんと味をつけてましたか?」

  僕の初めての裁判傍聴は、女性裁判員からのこんな不思議な質問から始まった。

  前々から興味があった裁判傍聴。しかしながら自分の中で勝手にハードルをあげちゃって、なかなか裁判所に足を向けることができなかったのに、ある日、なぜかすぱっと踏ん切りがついて、傍聴をしに行った。初めての傍聴は裁判員裁判で、テレビ局の撮影も入るほど注目度の高い事件だった。傍聴席の最前列は全て記者席となっていた。

  開廷時間となり、戒護係に連れられ被告人(女性、27歳)が入廷してきた。黒のスーツに白いブラウス。髪は肩にかからない程度。初めて見る腰縄と手錠に心臓の鼓動が速くなった。彼女の罪名は

「保護責任者遺棄致死」

  5歳の我が子(男子)をネグレクトの果てに餓死させてしまったのだ。夫婦で逮捕されたのだが、分離裁判となり、今回は妻のYだけが出廷となった。

  被告人Yは、夫のHに借金があったことを知らずに結婚。彼女にとって結婚の条件の一つが「借金ゼロ」であり、実際にH本人にないと確認したのにもかかわらず、いざふたを開けてみたら、夫には借金があった。夫は自分がこさえた借金なのに無関心な上に、折り合いの悪い姑からは援助を受けられず、更にYの母親からはむしろ逆にお金の無心をされ、彼女は孤立無援(だったとは被告人の言)となり、借金返済に一人追われることとなった。Yには二人の子どもー長男のT君と次女のHちゃんーがいて、次第にストレスのはけ口は長男T君へと向かった。

  YにはT君が大嫌いな姑と被って見えてくるようになり、声も姑のそれに聞こえて、虐待するようになった。加えて、母親は自分が子どもの頃は弟ばかり可愛がっていたくせに、今更、母親ヅラされてはイライラが募るばかりで、そのイラツキもT君にぶつけた。更に妹のHちゃんの方が可愛くて、比較対照でT君がよりいっそう嫌いになった。T君が赤ちゃん返りをして、ぐずったりひっくり返したりすると、平手やゲンコツをふるったり、スコップで殴打して切り傷や裂傷を負わせた。次第にT君の食欲は減退し、一日一食、オニギリぐらいしか食べず(食べさせようともしなかった)、異常に痩せてきた。呼んでもノソノソと近づいてくるだけになった。

  これだけでも酷い仕打ちであるが、まだまだ、Yの陰湿で卑劣な犯行は続く。T君を上り下りできないロフト上においやって生活させ、外出する時にはトイレに監禁。もちろん外出は許さず、外部との接触を防ぎ、逃げ道を閉ざした。姑がやってきても、家に入れず、T君とあわせることはしなかった。次女の通っていた託児所の託児ノートにはT君は元気だと嘘をつき隠蔽を繰り返した。

  T君は血と垢で汚れた服のまま生活を強いられ、たとえ体中が傷だらけで意識が朦朧としようとも病院へ連れていってもらえなかった。日に日に痩せてゆき、最後は骨と垢のこびりついた皮だけになって死んでしまった。わずか5年間という短い生涯だった。

  その日は3月3日だった。食事をだすも、T君は手をつけることはなかった。最初は意識がはっきりしていたのに、どんどん苦しくなってきたようでYの胸元をつかんだ。ここにきて、ようやく目が覚めたかのか、児童相談所にY自ら電話をいれた。だがしかし、時すでに遅く、T君は息をひきとった。

  検察官の朗読によって次々と明らかにされていく虐待。自分のこめかみが次第にズキズキと痛みだし、涙があふれ落ちるが分かった。

  争点は次の2点であった。

(1)責任能力の有無 : ①医学的に精神病などを診断されたことはない、②ネグレクトの自覚があり、夫に相談してる、③次女の養育はしている、④週5でレジのパートに従事できてる、⑤瀕死のT君を目の当たりにして、自ら児童相談所へ連絡をいれてる。検察は以上のことから責任能力に欠けるところは全く無しとした。

(2)被告人供述の信用性 : 被告人しか知らない自宅内での犯行を供述し、その供述は証言や証拠により裏付けられているため、検察は供述調書は適正に作られたとした。

  検察は、陰湿で卑劣な犯行、自己中心的な動機、犯行結果の重大さ、刑事責任の重さを認識する必要性をあげて、厳罰を課すべきだとして、求刑 懲役10年とした。

<つづく>