風邪。すいません。季節の変わり目だからねー。
最近ようやく2回の引っ越しの段ボールのアレそれを
片付けるたびにもう、思い出の、いや思い出したくない
あれそれ(手紙!写真!)が出てきちゃって
そのたびに記憶が揺り動かされてたんですよ。

それでも無視して、段ボールを解体し続けて
(6箱も収納に入ったままだったの)
最終的に、終わった!んだけど
やっぱ精神的にぐおーん。ときてそのままカラダも浄化。
高熱・・・。

ま、それはいいんですけど。

感情ってやっぱり吐いてしまった方が楽になるらしいんです。
わたし、今年ためこんだものがあったんです。
そして、それは・・・。まだ溜まってます。

オンナの人はとても便利にできていて
吐いちゃってそれでおしまいなんだそうです。
そして、ほんとは
吐けるなら思い切ってそのエネルギーを吐くべき場所に吐いた方が
いいらしいんです。
なんかおおよそヨガ的じゃないんですけど
そのほうがいいこともあるんですって、教えてもらいました。

メイルじゃだめです。
できれば、面と向かって、吐く。吐く。吐く。
げー!

それをしないといつまでももやもやが残ってしまいます。

昔はよくぶつけまくって、自分も具合悪くなってたんですけど(笑)
やっぱりちょっとは吐くのって大事なんですね。

この夏、わたしは一晩中暴れた日があったんですけど
そういえばそのもやもやはもう残ってません。
「なんでしたっけ?」というくらいその日を境に終わりました。
そのかわりバケツひっくり返したみたいに全ての感情を
そこかしこでひっくり返しましたけどね。

感情って喜怒哀楽って4つあるんです。
だから4つ全部ださないとだめなんです。
私の場合は圧倒的に「怒る」が多かったんですけど
怒らないとなぜ怒ってるのか。ほんとは悲しいのを怒ってるのか
それもわかりません。

だから、これをよんでいるみなさん。
相手がいるのなら今月は(特に女性!)おおいに
感情を出してみましょう。
ばーん!とだしましょう。
思い切って。

私は・・・。どうしよう・・・。
迷ってます。でも、別に嫌われてもいいのなら
だしちゃってもいいのかも。って思うんです。
相手にどんなに迷惑に思われようと、もう知ったこっちゃありません(笑)

今は風邪なんで、ちょっとよくなったら
10月10日のオンナノコ祭りまでの間に
一発、どかーん!といくかもしれません。

悩みやすい人、もやもやしやすい人はそのままにしていては
いけません。
だしてしまわないといけません。
それも必要な相手にだすのです。

言いたい事は言わせてもらうの。
言わせてもらわなきゃ、だめなの。

生きてるってそういう事なの。
と思うこのごろ。
風邪を引いて、ちょっと強気(笑)

ヨガ的ではないんだけど、ヨガをしても消化しきれない気持ちがある人は
おもいきることをおすすめします。

喜怒哀楽。
どれも大切。

そして、だされる人は覚悟して(笑)
小さな頃から「自分って何だろう?」と思っていた私です。
 そのこたえはまだでていませんが、ヨガのシャバアーサナのとき
涙が出たとき、それはただカラダが緩んだからだけではない
なにか、があるんだなーということがわかります。

わたしはヨガのヴェーダーンタの勉強も昨年よりしているのですが
ヴェーダーンタの教えをわかりやすくかいている人の中に
ディーパック・チョプラさんという人がいます
(インド人、医学博士)

人はなんとしても人から認めてもらいたがる生き物。
でも、それはあくまでも他人ありきのものです。
本当の自分って他人がいないと成り立たないものなのでしょうか?

こたえは否、です。

心のなかのもっと深い層にいったときに、自分って何だろう?
ほんとのじぶんってどういうの?というのがかいてあります。

わたしは小さな頃からなぞの孤独感があるのですが
それはエゴの仕業に他なりません。

例えば悲しいとき、それはほんとに今、悲しいのでしょうか?
もしかしたら、過去の出来事がそうで、過去の傷ついた記憶が
そうさせているだけかもしれません。
例えば、子供の頃の満たされなかった心を抱えたままでいると
愛する人があなたと少し距離を置きたいと考えているのを
なかなか受け入れられないのです。

心の古傷を思い出して、今までどのくらいの+があったのか。

正直に考えると確かに、センチメンタルな気持ちになったところで
実はプラスなどないんですよね。
古傷にはプラスはないのです。いいことをまぜてあったとしても
そのエゴの幻想に騙されないでください。

ほんとの自分というのは純粋で無垢で、無邪気なものです。

でも、エゴというものが長い事あなたを形成してきたので
第二の本性になってしまっているのです。
(ちょっとずつ引用)
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

わたしは記憶力がとても良く、人がぽろっと漏らした言葉もふくめて
全て覚えています。ほんと、どうしようもないくらいの
記憶力なんです。
思い出地獄とも言うべく、ありとあらゆる事を覚えていて
ときに自分を喜ばせ、ときにそれにより苦しんできた事もあります。

おかげで苦しむ人の事はすぐ察知する事ができ
理解する事ができました。

でも、それって、半分はエゴなんですよね。
たとえば自分が被害者だと思ったとしても、傷つけているのは
自分自身なのです。自分がそう思わなかった時点でそれは消滅します。

他の人が何をしていても、何を考えていても
自分の価値を決めるのは自分自身です。

それに気づいただけで、なにかにしがみつくことはなくなるでしょう。
だいたい思い出す事のほとんどは過去の事です。

人は過去に生きているわけではありません。
いい事も悪い事も関係なく今に生きるほうが
リアルです。

それって愛かな?

最近思い描いた事をいつも考えます。

愛が基準ならオッケイだし、エゴが基準ならNGだろうし。

それをいつも考えるようにしたいな、と繰り返し思ってます。
ちょっと真面目っぽいけどね。

わたしをわかって!僕をわかって!という気持ちは
エゴが発端です。
過去の満たされない記憶から来ています。
それはキンキンではなく、ずっと昔さかのぼったむかしから
きているかもしれません。

でも、まずはそれに気づく事。
気づく事で一歩進めるのです。

あたしもそうです。

今のままでいい。それはときどきほんとうでときどきうそかもしれません。

今の心が窮屈ならば、その心を見つめてあげましょう。
そして、どうして窮屈なのかを考えましょう。
そしてそれが過去が起因していると知りましょう。
そしてその過去を手放しましょう。
手放したら、そこには空白ができます。
その空白には、もっと素敵なギフトが流れ込むでしょう。

その出来事を横目で見て、楽しんでください。

愛に敗北はありません。
正しいと思う事はエゴです。エゴにしがみつかず
幸せになる事だけを考えるときっとうまくいきます。

心の最も深いそうでは、誰もが同じ意識を共有している事に気づく事。

なんか難しいことかいちゃいましたけど
ときどき思い出してみてください。

もしかしたら、楽になれるかもしれません。

眺める事からはじめてみようね。



心の声に素直になる。
大人になるとなかなかできない事だけど、してみると発見があります。

昨日、神社に行って浄化されたわたしが自然と出た言葉は
「○○でよかったな!」というただの感謝の気持ち。
ただの感謝の気持ちしかなかったんだ、とわかったら
気持ちが軽くなりました。

人間は満ちたときには、なんにも不満がなくなります。
ただ、幸せな気持ちになるのです。

ノーリーズンの世界。
これは私が好きな世界です。

たとえば、ヨガをして涙が出たり、心地よかったり
気持ちいい事に理由はないんだと思います。
誰かに会いたいとかそういうのも含めて。

大人になると素直になる事は少ないし
本音で語る事は少ないです。
だからこそ、素直になればいいんだと思います。
素直になるためのツール、がヨガでもあると思います。

素直になれない理由をさがすといくらでもあります。
でも、もう素直になってもいいんじゃないですか?そろそろ。

みたいな気持ちでいます。

昨日思った事があります。
1たす1は2ではないかもしれない、という真実です。

例えばまっすぐみていたものの見方を変えたり角度を変えたり
距離を変えたり、そういうことをすると
何かいいような気がしています。

例えば、あの日と全く同じ日はもう二度と来ないかもしれないけれど
バージョンアップはできるものです。
ただそれを楽しめばいいのかもしれません。

「周りは関係ないから。自分が思った心地よさを追求して」
そういわれたときに、心が軽くなりました。
普段からずっとそういう意識で取り組んだらどれだけ楽になる事でしょう。

明日は待ちに待ったジバムクティヨガの日です。
私が最も好きなヨガです。
時分の思った最大限のヨガを追求していけたらと思っています。

いつも素直で裏表なく、柔らかく。
愛を持って。
たくさんの進化をともにできますように。