那珂市の花「向日葵」(静地区)②
我が「ひたちなか市」の北隣「那珂市」で向日葵が咲き乱れています。市の花である「向日葵」栽培を補助金付きで推奨しています。お盆が過ぎ、八月も下旬に入ろうとしているこの時期、向日葵は十二分に実った頭を下げて重そうです。今回訪れたのは「バードライン五差路」・「菅谷」・「額田南郷」・「額田北郷」・「静」の五地区です。「本米崎」地区の向日葵畑を発見出来ず残念でした。
2010年の今年は、10月30日(土)に那珂市恒例の『ひまわりフェスティバル』が開催されます。
以前は八月開催だったようですが、向日葵の栽培方法が進歩し、差別化をはかると共に気候が安定する十月に落ち着いたようです。十月の向日葵とは、少々奇異な感じがします。
那珂市運動公園付近の農家の協力により、4.2㌶で25万本の向日葵が栽培されるようです。
高い所から向日葵畑を見るために、去年は気球が用意されました。今年はヘリコプターらしいのですが、事故続きで大丈夫でしょうか。
八月の向日葵たちもそれぞれの地区で、地元農家・ボランティア団体の協力で見事な向日葵畑に仕上がっています。向日葵の背丈は1m以上あるので、上から眺めるのが困難です。今後の課題は、展望台の設置など上から目線が必要です。
那珂市の花「向日葵」(静地区)
那珂市の花である「向日葵」巡りが五ヶ所目となり最後です。那珂市に吸収合併された旧瓜連町の静地区の向日葵畑です。常陸国二之宮静神社がある歴史の香り漂う田園地帯です。市花が「向日葵」になって日が浅く、今年で三回目の栽培です。
「特産品開発及び販路開拓支援事業によるひまわり栽培」。那珂市の補助金支出事業の正式名称です。
7/31(土)・8/1(日)の両日、おもてなしイベントが開催されました。櫓を組み、テントを張ってのお茶サービスなどの「おもてなし」。
しかし、向日葵が三輪?しか咲いていなかったのが残念でした。経験不足なのか、異常気象なのか原因は不明です。
静地区の協力者は17人で、28筆24,232㎡になります。坪数でいうと8,000坪の向日葵畑が展開されています。地区別で最大の向日葵畑のはずが広さを感じられない。今年の反省をもとに構想から再検討して来年につながればと思う。
街道見下ろす要害の地「山方城」
お盆の折、妻の母方の墓参りで旧山方町を訪れた。国道118号線のトンネル上にお城があるのは以前から分っていた。「山方城」とか「御城」と呼ばれ、気になる城だった。しかし、目的があってこの地を車で走り、通過となる事がほとんどです。時間の制約があり、途中下車的に城へ行く事が叶わないでいた。今回、家族を駐車場に置き、10分だけの短時間で登城して、10枚の写真を撮影し、大汗をかきながら下城した。国道118号線は、久慈川沿いを走って水戸・大子・棚倉を結び、今も昔も茨城県北部の重要街道です。
「山方城」の築城年代は不明といった方が正しいと思います。佐竹氏が躍進した南北朝の後に築城という説が有力ですが、鎌倉期は佐竹氏支配領地なので意外と古い説もあります。
「山方城」は、佐竹氏一族・有力家臣が城主をつとめました。久慈川を見下ろす要害の地に位置し、城下は宿場町としても栄えました。戦国末期には、伊達政宗との戦いにより城の重要度が増した。
関ヶ原の戦いの後、佐竹氏は秋田へ移封され「山方城」は廃城。水戸徳川家の領地になって、文化的・歴史的価値かるものが消えた。
城跡には、旧山方町(常陸大宮市)が観光用模擬天守を建てました。御城展望台として、久慈川と昔の宿場町を望むことが出来ます。
