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北海道のまっつのブログ

写真を中心に、自然や環境のお話、健康のお話、独り言などを載せていきます。
よろしくお願いします。

ご無沙汰してます。

 ヒグマの事例、今年も昨年以上に増えていますよね。

 特に春先とこの時期は注意していただきたいものです。

 

 国や自治体などから発信している情報ですけど、私の町内会でも回覧板で毎回のように書かれているのに、ごみを焼却していたり、生ごみを自分の敷地に捨てている人がいる。

 これって「親が怒るから」とか「警察に捕まるから」という発想なんだろうか?

 そうではないんです。

 ちゃんとした意味があるんです。

 そこを勘違いしてもらいたくないものです。

 

 ニュースなどは点で見ては「あ〜、そうなんだ」で終わります。

 線でつなげてみると、クマが出没することと、マナーは守らなければいないということがつながるように、いろいろなことがつながります。

 

 自分も勉強したいと思っていますので、情報を共有したいです。

 

 

連日参考にさせていただいているブログです。

 今回もタイムリーなお話だと思いました。

 

 うちのお袋はよく「一回しか言わないからよく聞きな」と教わったらしく、私にもよく言ってました。

 

 でも一度でわかることもあれば、何年も経ってから実感できることもありますよね。

 仕事をしていて、このことを伝えたいと思っても、伝える相手が自分と同じ知識や経験をしているわけではないので、100%は伝わりません。

 と言うか、解釈の違いなのかもしれないですよね。

 

 共通の言葉で伝えるので、言ってることはわかりますが、一度言ったぐらいで伝わるわけではないと、私は思います。

 個人的な考えは、重要なことは何度も伝えること、わからなかったら何度でも伝えますと言うスタンスを持ちたいと思ってます。

 

 今回、肩の力が抜けた言葉に

 

 ピッタリ整えられずに

 全部ずれている状態で無造作に重なって置かれている紙と一緒で

 皆少しずつ違いますが、

 重なっている部分もたくさん持っている

 

 と言うフレーズでした。

 

 きっと聞いてくれる人は多少なりとも関心のある人なので、重なっている部分があると信じて伝えることなのかもしれないですよね。

 

 正反対の意見を持っている人を論破する時間があるのなら、関心のある人に、さらに確信のような情報を伝えたいと思います。

 

 いつもありがとうございます。

 

 

いつも勇気をもらっているブログです。

 

 最近新しいことにトライしてみたんですが、思ったほどの結果にはならなくて、色々考えていました。

 

 確かにそうだと思う内容で、参考になりました。

 また前に進めそうです。

 

 いつもありがとうございます。

 

 

共感しました。

 いつも勉強になります。

 

 最近はネットでニュースを読めるし、それに意見を書き込めるようになっている。

 それはその人の考えがわかるので良いことなのかもしれないけど、それにしても目の前にその人がいても同じ言い方をしますかという書き方がとても目立つ。

 

 コメントしている人がどれほどの知識と経験で発信しているのかまではわかりませんが、専門家の見解を真っ向から否定しているっていう意味はどういうことなのかって思います。

 

 否定するというより、わかっていないということが多いと思うんですよね。

 それに対して「違う」と思うのか、「どうしてそういう考えになるのか」と思うのかでは見方が変わりますよね。

 良い悪いではなく、とりあえずはその考えをなるほどと思うことですよね。

 

 否定するからには、それに匹敵するアイディアを持っていることが必要だと思う。

 とにかくダメだと言わなければならない時もありますが、何かやろうとしている人が悪意でやっているわけではない限り、それなりの意味があると思います。

 

 特に大切なことを話し合っている中に、代替え案も持たない人がただ意見してくるのは混乱を招くだけです。 

 

 学ぶ姿勢って大切だと思います。

 

 

ご無沙汰してます。

 

 かなり前の記事です。

 タイムリーな内容ではありませんが、なんとなく今思うことが書かれていると思って、引っ張り出しました。

 

 

 先日、札幌の都心部でヒグマが出没しました。

 今はそのニュースが動画になり、さらにはコメントまで書けるような時代です。

 見た人がどう思うのか理解できるという反面で、目を覆いたくなるような内容もありました。

 

 心の中でどう考えるかまでは自由だと思いますが、何か訴えるのであれば、まずは敬意を払いたいものです。

 

 私は今応援している人がいます。

 その人は自分の身に起きたことを、こみ上げてくる思いをこらえながらも、同じ思いをさせてはいけないという考えから活動をされています。

 その姿を直接見たり、考えを聞いているものとして、微力ですが、できることは手伝いたいと思いました。

 

 

 自分と違う意見の方が世の中多いものだと思います。

 多分、それぞれの正論をぶつけているんだとは思います。

 でもまずは「この人は何を経験してきた人なんだろう」「どうしてこのような意見なんだろう」という思いを持たない限り、自分の考えの幅は広がりません。

 良い悪い、できるできないは別として、とりあえずは話を聞いて見る必要はあると思います。

 だってその人は多分私と違う経験や勉強をして得た知識なんでしょうから。

 自分もまだまだ勉強中です。

 

 

 ヒグマは確かに怖い動物です。

 でもある専門家のお話を引用すると、人間を専門に襲っているのであれば、被害の数はこんなものでは済まないはずだということです。

 また人に手をかけた個体はそれなりの対応になっていて、二度と同じようなことが起きないようにしているはずです。

 

 

 まずは関心を持って欲しいです。

 そして、一人で調べるには限りがあります。

 それぞれが得た知識で、どうしていったら良いのかを考えたいものです。

 

 

 

 何年前かに書いた記事ですが、最近知り合った人とこのような話になったんです。

 

 オンライン会議などに参加させてもらって、今後もどんどん前に進んでいきたいと思っているのですが、そもそも・・という感想をお持ちになる方も出てくると思います。

 

 そんな人に参考になればと思いました。


 私の自宅の最寄り駅になるJRの駅が昨日の最終列車を最後に廃止ということになりました。

 

 学生時代には通学でお世話になっていたんですけど、社会人になってから乗降していなかった。

 子供の頃はまだ国鉄の時代で、JRになってから乗降場から駅になったはずです。

 列車が停まる本数が少ないので、当時は近所にたくさんのお兄ちゃんお姉ちゃんがいて、学校に入学するとなると、とりあえず駅に向かって歩いていれば、みんなが声をかけてくれて、みんなの流れについて行って、列車に乗り降りして、学校まで行ったものでした。

 帰りの便も午後からはちょうど良い時間は二本しかなく、駅で待っている間に色々な話をしたり、遊んでもらったりしました。

 

 しかし、自分が親になった時は、子供も少なく、学校への送り迎えが当たり前のような感じになりました。

 自分も子供を迎えに行ったことがありますが、自分の頃はたまに見かけるおじさんが「●年○組の××呼んで来い」って言われることがあって、断るとか嫌だという選択肢がなく、上級生でも教室まで探しに行ったものですが、今の時代では考えられないですよね。

 

 今は個人の権利が強くなって、さらには仕事や趣味も多様化し、価値観の違いが大きくなっている。

 それは悪いことではないけど、ある程度、自分と違う意見や考え方も、賛同しなくても認めるということも必要だと思う。

 

 町内に駅があったことで、今回、たまたまではあるけど、自分が駅を締めることで役所に行ったり、電気を止めるなどの手続きなどをさせていただいたけど、まさか自分がこのようなことをするとは思っていなかった。

 

 ただ今まで気にしたことがなかったことですが、多くの人が関わり、様々な考えや思いがあるんだということがわかった。

 JRだけではなく、役所にも担当の人がいたり、マニアの人が書いているノートを見ると、東京や大阪から来たって普通に書かれていた。

 何人かと会話させてもらったけど、本州から来ていて、とても熱い思いを聞かせてもらった。

 地元にいて何も知らなかった自分が恥ずかしくなりました。

 

 人って見えているだけではなく、見えていない部分にも、多くの人が関わって、多くの人を助けているものなんですね。

 確かに時代の流れで、新しいやり方にしていくことも大切なことです。

 でもその引き換えで、本来育っていくべきことが必要なくなったり、自由や権利という名目で、思ったことをネットなどにぶつけ、そのせいで人がどのような思いをするかまでは考えないことも多いと思う。

 

 昔はそういうことって集団の中で教わったものなんですけどね。

 「それは失礼だ、謝れ」って言われました。

 でもネットの世界では投稿した人が罰せられるというのは、数にしては極端に少ない。

 ほとんどの投稿に対して、言い返されることも、もっと勉強しろとも言われることが少なすぎる。

 どこまで真実かもわからない、よく読めば記者の思い入れの方が強いような内容で、しかも自分には関係のない事件等なのに、投稿されているコメント見たら、とても心が痛くなります。

 

 最終列車を見送って、まっすぐ家に戻りたくなくて、少し走りながら思い出を振り返ってみたら、こんな思いが強くなりました。

 久しぶりの個人的なつぶやきでした。

 

 

 最終列車が去ったホーム

 ただ感謝です。

 先日の意見交換会で少し触れた話ですが、肉食動物一頭に対して2000頭の草食動物が必要という話です。

 実はこの話、何かのタイミングで先輩からさらっと聞いた話で、最初は深く考えなかったんですよね。

 でも、ずっと頭から離れず、一度誰が試算した結果なのかと調べてみたのですが、文献やデータがないんです。

 じゃあ教えてくれた先輩がウソを言っているのかとも思いましたが、よくよく考えてみると、あながち大げさな話でもないかも知れないと思うようになりました。

 

 単純に自分の家でライオン一頭飼ってみるとすると、シマウマが2000頭必要なのかと考えられますが、ライオンはシマウマ一頭食べたら、一週間以上何も食べないでいると、アフリカに行った先輩から聞いています。

 じゃあ一年は52週あるわけですから、翌年に繁殖で増えるとか、食べられたり病気などで亡くなると考えても、2000頭とはあまりにも多すぎる数字です。

 

 でもここで言う草食動物とは、直接ライオンの捕食者になるだけではなく、植物系の食事をするできるだけ多くの種類の動物という意味なんだと思いました。

 草を食べる動物も、穂先を中心に食べるシマウマ、その後を食べるヌー、ヌーの食べ残した草を食べるインパラなど、同じ植物が3種類の草食動物に食べられるケースもあります。

 他にもウサギの仲間やネズミの仲間、リスの仲間などは木の実や芽を食べたりします。

 また自然界の中に生きているのは、哺乳類だけではありません。

 この中に鳥や爬虫類、昆虫など多くの生き物が暮らしています。

 当然食べると排泄物も出ますし、動物や植物の亡骸も含め、土に返る働きをしてくれる微生物がいなければ、衛生状態も悪くなるし、植物も栄養を摂ることができません。

 さらに必要なのが、水です。

 

 これらのバランスが悪くなると、土地が荒れて、植物も育つことができないような土地になります。

 植物は光合成を行い、地球上の二酸化炭素を酸素に変えてくれていますが、これが少なくなり、さらには様々な事情で二酸化炭素が増えると温室効果で温暖化が進みます。

 それによって水分の蒸発量が増え、地球レベルでは雨雲が大きくなっただけですが、私たちにとっては大変な事態になります。

 

 たかが1種の動物が絶滅した、増えすぎたですけど、これが世界中でこうなっているとしたらどうでしょう?

 よく専門家は警鐘を鳴らしていると言いますが、何か意味があるんですよ。

 否定するのはいつでもできるし簡単です。

 でもこういう話はポイントで捉えないで、線で捉えてみてほしいです。

 上手に言えてないかもですが、補足しました。

 参考になれば幸いです。