私が代表を務める

風土飲食研究会

に、「食がたり」


という活動があります。これは生産者が講師となり、生の言葉でその生産物を語る、というもの。昨年は地元深谷で全7回シリーズで、今年は本庄市で5回(4回シリーズと単発1回)実施しました。
「生産者の真の声が聴けてよく理解できた」と受講者からは好評でした。

 最近モヤシがメディアによく取り上げられています。「もやし生産者協会」が各方面にリリースした、「原料高に加え低価格販売を強いられ適正価格に転嫁できない厳しいもやし業界の現状
」が世間の注目を浴びています。

 私は「もやし語り」を含めこれまで何度も大勢の人の前でもやしを語ってきました。生産者が赤裸々に自分の気持ちを話すと、多くの共感が得られることはすでに経験をしています。もやし生産者の心情の共有こそが、今後もやし生産業が適正な取引ができる産業になるために必要な気がします。

今、私はいちもやし生産者として再び

「もやし語り」

をしたい気持ちです。この記事だけでは伝えきれないもやしを取り巻く様々な事象を生々しくj語れるのは生産者だけでしょう。今ならば5時間は楽に語れそうです

もやし生産者として毎日のようにもやしを見てると

「ああ。今日のもやしは出来がいいな」

と思うこと、作り手として納得がいくことが年に数回あります。どこまでが良し悪しという基準はありませんが、傷みも変色なく、軸も根っこもまっすぐ育っているのは当然であり、さらにもやしのハリというかつかんだ時の弾力というか、いつもよりも力と勢いが感じられるもやしのことでと私は思っています。

 旧いもやし屋である飯塚商店は完全に他人の感覚でもやしを育てます。もやしの豆の発芽力、それに適した室温、水温、エチレン濃度、すべてがうまく合致したときに「良いもやし」が出てきます。

 生産者なんて単純なもので、そういう納得いくもやしを収穫している時は大きな幸福感に包まれます。そして現在3回ほど続けてそういうもやしが出来ています。



この感覚、達成感、どう表現したらいいのか少し考えました。
で、ふと思い浮かんだのは、納得できる良いもやしというのは

「もやしが何をもとめているかを理解できた」

結果であり、それこそがまさに

【もやしを聴けた】

ことなのじゃないかと。「もやしと会話」じゃありません。人間の都合に合わせるもやしは、本来のもやしの成長じゃありません。もやし生産者はあくまでも「もやしが望んでいるものを聴く」のが仕事なのです。

 同じ天気が一度たりともないように、現在良いもやしが生み出されている今の設定が2週間後も通用する保証はありません。必ず「もやしが聴けていない」状態に戻ります。その時はもやし屋もまた「もやしを聴く」努力をするわけです。それが本来のもやしともやし屋の関係なんだと思います。

 ただ漠然と「モヤシ」と言うならばそれは「モヤシという記号」でしかありません。そこに添えられる言葉はいつどこで買っても、食べても

「安い」

「シャキシャキ感」

「かさ増しに便利」

くらいなものでしょう。

しかし、そのモヤシの前に一語「生産者の名前」が加えられたらどうでしょうか。

「飯塚さんの深谷もやし」…昨日さいたま市浦和の人気地産池消レストラン「やおまん」さんで食事したときに店員から渡されたメニューです。

 これは深谷のもやし屋、飯塚商店の物語と思いが込められたもやしを意味するのであり、ありきたりの記号ではありません。「やおまん」さんがモヤシという記号ではなく「飯塚さんのもやし」を好み、扱ってくれている、その目に見える形なのです。

 現在地元深谷はもとより、浦和でも東京でも横浜でも「飯塚さんのもやし」は販売されています。飲食店でも「飯塚さんのもやし」として提供されています。私はそんなお店へ行ったとき、生産者としての幸福感に包まれ、そしてお店に感謝の言葉を伝えます。

 生産者の幸せはここにあります。

 もっともっと広げていきたいです。

 自然な欲求として、この幸せをそのままもやし生産が負担なく続けられるほどの商売にまで結び付けたいものです。

そのためにはこれから何をすればいいのか、何をしたらいけないのか…深谷のもやし屋「飯塚商店」の道標はすでに決まっています。
 私はあくまでももやし生産者であり、生産者の本業はもやしを健康に育てて市場(お店)に出荷することです。

 この「もやし」という食材をどう発展させるか、それは生産者の身の丈を越えることであり私がそこに携わるモノではないような気がします。では誰がやるのかと言えば、「考え方を共有した異業種の方」になるわけです。

 私のもやしを使ってくれる、栃木県足利市の武井一仁さんという方がいます。三國清三氏の弟子でもある武井さんは現在足利市でルクールというフレンチレストラン、パティサリーを経営しています。その武井さんが面白い写真をネット上で公開しました。

以下、武井さんの説明文です。

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ストレスの多いこんな時代だからこその「牛蒡モヤシのスナック菓子」。

深谷飯塚商店のモヤシに抗酸化塩を使ったル・クールのオリジナル牛蒡シーズニングをまぶし捨て釜(火を落としたオーブン)で乾燥。

●機能性おやつとして

飯塚氏のモヤシは通常のモヤシに比べ心の免疫耐性を付けるギャバが豊富。今までは薬事法に抵触する恐れアリと、食の機能性についての表記はNGでしたが、来年度からは改正されます。

●ギャバの働き

ギャバには、気持ちを落ち着かせる「抗ストレス作用」があります。ギャバは、脳に存在する抑制系の神経伝達物質として、ストレスを和らげ、興奮した神経を落ち着かせる働きをしています。ドーパミンなど興奮系の神経伝達物質の過剰分泌を抑えて、リラックス状態をもたらす作用があるのです。
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 以前、NHKの番組「うまいッ!」で私どものもやし(深谷もやし)が紹介されたとき、ギャバの含有量が他社ブラックマッペもやしの8倍、緑豆太もやしの6倍という分析結果が出ました。エチレンを極力使わず、もやし本来の成長を阻害せずに育てた私どものもやし。武井さんはそんな私どものもやしをいたく気に入り、お店のメニューに取り入れたり、そして今回このような「機能性もやしおやつ」の開発までされました。いつの間にか出来ていたので私もびっくりです(笑)。

 もやし本来の価値をそのまま活かしたあるべき野菜加工食品。もやしを作ることに専念している生産者ではとてもここまでの発想に至らないでしょう。

 こうしてもやしに共感した異業種のプロたちの力が、行き詰っているもやしをさらにその先へ進めてくれる気がするのです。

究極のもやし料理

を以前こちらのブログで紹介しました。もう5年も前になります。

 もやしが見えないのにもやしのムロ(栽培室)を再現させた究極のもやし料理を開発したHシェフ。今は東銀座にスモールワンダーランドというお店を開き、活躍されています。

 2年前、NHKの「うまいッ!」という食の情報番組で飯塚商店が紹介されたとき、私はひとつの象徴として真っ先にこのもやし料理を教えました。早速ディレクターのIさんがお店に訪れ、その味に驚き、番組本編では渡邊佐和子アナがもやしのコンソメを啜っているシーンが流れました。番組終了後、このスモールワンダーランドでIディレクター、渡邊さんと打ち上げをしました。楽しい思いです。
先日、久しぶりにHシェフから連絡がありました。深谷もやしを2kgと。この量は…究極のもやし料理「深谷もやしのコンソメ」が出るな、と直感しました。今回は“あるお客様のリクエストにお応えした”とのこと。そのお客様も5年前に食べた「もやしのコンソメを久しぶりにのみたい」と話していて、その方の誕生日会(会場はスモールワンダーランド)でHシェフが作ってくれたそうです。

 その方から「“それからの究極もやし料理”」の写真の転載許可をいただきましたのでここで紹介します。

「白子と柚子のフラン 深谷のもやしのトリプルコンソメ」


…白子と柚子を合わせましたか。なにかずいぶん進化してますね(笑)。コクとかんきつの酸味、確かにもやしにない部分です。その方によると

“エキスがぎゅーっと詰まって、白子もいるけど主役は間違いなくもやし”

の味だったそうです。

 この料理が生まれて早5年、「味がない」と堂々と伝えられ「低価格とシャキシャキ感」だけしか語られなかったもやしが少しずつですが、こうした共感しているシェフたちによって、その本来の価値が見直されてきているような気がします。ネットで「深谷もやし」と調べるとすでに何軒かの飲食店は「深谷もやし」を看板にした料理を出していることが確認できます。

 そしてやはりこの「究極のもやし料理の誕生」はもやしの流れを変えたひとつの事件であったと思うのです。