2007年 夏
仕事を辞め 1か月間の
北海道ロードトリップへ
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前回の記事で、週40時間・1日8時間を超えて労働させてはならないことを説明しました。
超えてはいけない40時間・8時間を「法定労働時間」といいます。
今回は、この40時間・8時間を超えているか否かをどのように判断するのか、超えている場合に何分超えているのかについて、労働時間のカウントの方法を説明します。
会社の就業規則に「始業時刻9時、終業時刻18時、うち休憩1時間」と書いてある場合、9時から18時までの9時間から休憩1時間を差し引くことで、働くことになっている時間が8時間だとわかります(所定労働時間)。
しかし、始業時刻の9時よりも前に、事務所や店舗の掃除をすることになっているとしたら、その掃除の時間は、働く時間にプラスして計算する必要はないのでしょうか。
これが、「労働時間とは何か」の問題です。
造船所にて
ある有名な造船所のケースをご紹介します(三菱重工長崎造船所事件:最判平成12年3月9日)。
造船所には、朝、労働者が造船所の門をくぐってから、作業を始めるまでの間にたくさんの準備段階があります。
①出勤時に造船所の門をくぐってから更衣所までの移動
②更衣所での作業服への着替え、安全保護具の装着
③更衣所から作業場までの移動
④始業時刻前の資材の受けだし、散水
⑤休憩時間の始めに作業場から食堂まで移動して控え室で作業服を脱ぐ
⑥休憩時間の終わりに作業場に移動し、作業服を再着用する
帰り支度にも、たくさんの段階があります。
⑦終業時刻後に作業場から更衣所に移動
⑧更衣所で作業服や保護具を脱ぐ
⑨終業後の手洗い、洗面、洗身、入浴
⑩更衣所から造船所の門までの移動
会社は、朝の始業時刻8時に労働者が作業場にいることを確認し、また、帰りの終業時刻17時に作業場にいることを確認することで、出退勤の確認をしていました(うち休憩一時間)。
つまり、上の数字でいうと、④「始業時刻前の資材の受けだし、散水」のあとから労働時間のカウントを始め、⑦「終業時刻後に作業場から更衣所に移動」の前には労働時間のカウントを終えていたことになります。
ところが、この造船所で働くある労働者が、会社に対して、①~⑩の時間すべてが労働時間に当たるはずだからその分の割増賃金を支払えという裁判を起こしました。
会社は、①~⑩がすべて労働時間ではないと考えていたので、裁判で互いの意見がぶつかり合いました。
最高裁判所は、①~⑩の労働時間該当性について、どのように判断したのでしょうか。
指揮命令下に置かれて
最高裁判所は、まず、どのような時間が「労働時間」としてカウントしなければならない時間なのかについて、次のとおり判断方法を明らかにしました。
「労働時間とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をい」う。
というわけで、労働時間としてカウントしなければならない時間は、「指揮命令下に置かれている時間」です。
また、判決は、次のように述べています。
労働時間は、「指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否かにより客観的に定まるものであって、労働契約、就業規則、労働協約等の定めのいかんにより決定されるべきものではない」。
というわけで、労働時間は、労働契約書(雇用契約書)や、就業規則や、労働協約などのあらかじめ定められたルールをいったん無視して、労働者が「指揮命令下に置かれた」ことのみによって判断します。
義務付けられ・余儀なくされ
では、「指揮命令下に置かれ」とは、どのような状態でしょうか。
判決は、「労働者が、就業を命じられた業務の準備行為等を事業所内において行うことを使用者から義務付けられ、又はこれを余儀なくされたときは、当該行為を所定労働時間外において行うものとされている場合であっても、当該行為は、特段の事情のない限り、使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができ、当該行為に要した時間は、それが社会通念上必要と認められるものである限り、労働基準法上の労働時間に該当すると解される。」
判決文の引用が少し長かったですが、労働者がある行為を「義務付けられ」たとき、または、「余儀なくされたとき」は、原則として、指揮命令下に置かれたと評価できるので、労働時間になります。
「義務付けられた」というのは、社長や上司から「これをやれ」と命令されることを指すと考えられます。
この命令は、言葉ではっきりと言われなくても、黙示的に命令される場合も含みます。
また、上司から直接命令されていなくても、就業規則などの社内ルールでやらなければいけないことになっている行為も、「義務付けられた」行為といえます。
「余儀なくされた」とは、周囲の状況などからしてその行為をやらざるを得ない場合ように、上司の命令や明確なルールはないけれども現実に縛られる状態です。
このように、「義務付けられ」または「余儀なくされた」行為は、「特段の事情のない限り、使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができ、当該行為に要した時間は、それが社会通念上必要と認められるものである限り、労働基準法上の労働時間に該当」します。
これをごく簡単に整理すると…
「義務付けられ」 or 「余儀なくされた」行為は
↓
「特段の事情」がない限り
↓
「指揮命令下」に置かれたと評価され
↓
その行為をするのに「社会通念上必要」な時間が
↓
労働時間に該当する
という判断方法になります。
後席を全部倒して車中泊可能
造船所の労働時間
では、造船所の①~⑩の時間は、それぞれ労働時間に該当するのか、判決に沿ってみていきましょう。
①出勤時に造船所の門をくぐってから更衣所までの移動
⑩終業後の更衣所から造船所の門までの移動
最高裁は、この移動は、造船所の指揮命令下に置かれたものと評価することができないから」、「労働時間に該当しない」と判断しました。
最高裁は、これ以上の説明をしていませんが、実は、この事件の第一審(長崎地裁)は、門をくぐってから更衣所までの移動時間を「通勤歩行と同様」であると評価していました。
通勤時間は、通常、労働時間に当たらないので、この①の時間も同じように考えたということだと思われます。
②始業前の更衣所での作業服への着替え、安全保護具の装着
③始業前の更衣所から作業場までの移動
造船所の始終業の勤怠把握基準によれば、勤怠は、更衣を済ませ始業時に体操をすべく所定の場所にいるか否か、終業時に作業場にいるか否かを基準として判断することになっていました。
また、実作業に当たり、作業服のほか所定の保護具等の装着を義務付けられ、その装着を所定の更衣所等において行うものとされ、これを怠ると、就業規則に定められた懲戒処分を受けたり就業を拒否されたり、成績考課に反映されて賃金の減収にもつながる場合がありました。
このような事情から、実作業に当たり、作業服及び保護具等の装着を「義務付けられ」、また、その装着を事業所内の所定の更衣所等において行うものとされていたので、最高裁は、その装着、及び、更衣所等から準備体操場までの移動は、造船所の指揮命令下に置かれたものと評価することができると判断し、②、③の時間が労働時間に当たると結論付けました。
このうち、③の移動時間については、少し疑問を抱かれる読者がいらっしゃるかもしれません。
更衣所で着替えをする時間が労働時間だとしても、そこから作業場までの移動には多少の自由があるから労働時間ではないのではないか、と思われるかもしれません。
この点については、第一審の長崎地裁の判断が参考になります。
長崎地裁は、この移動時間について、「事の性質上当然に右更衣所で更衣等をした後実作業に就くべく所定の準備体操場まで到達するための歩行」だと言っていました。
更衣所での着替え、装着が労働時間だから、その後の作業場への移動も労働時間だという考えのようです。
いかがでしょうか。
④始業前の資材の受けだし、散水
造船所の労働者は、材料庫等からの副資材や消耗品等の受出しを始業時刻前に行うことを「義務付けられ」ていて、また、粉じんが立つのを防止するため、上長の指示により、午前の始業時刻前に月数回散水をすることを「義務付け」ていました。
「義務付けられ」ていたので、指揮命令下にあると評価され、労働時間性が認められました。
これは、典型的な業務の準備行為で、労働時間であることが割と簡単に判断できます。
⑤休憩時間の始めに作業場から食堂まで移動して控え室で作業服を脱ぐ
⑥休憩時間の終わりに作業場に移動し、作業服を再着用する
最高裁は、この事件で、休憩時間について、「使用者は、休憩時間中、労働者を就業を命じた業務から解放して社会通念上休憩時間を自由に利用できる状態に置けば足りる」と言っています。
なので、休憩時間中に食堂まで移動する時間や作業服の着脱に要する時間は、特段の事情のない限り、労働時間に該当するとはいえないと判断しました。
休憩時間が始まったら、単にその場で労働者を自由にすれば十分で、食堂まで移動時間を労働時間としてカウントする必要はないということです。
また、休憩中に作業服を脱いだり着たりすることも同様だとのことです。
作業場と食堂との距離が非常に離れている場合に同じような結論になるかどうか、疑問はありますが、これがこの事件での最高裁の判断でした。
⑦終業後に作業場から更衣所に移動する時間
⑧終業後に更衣所で作業服や保護具を脱ぐ時間
最高裁は、実作業の終了後も、更衣所等において作業服及び保護具等の脱離等を終えるまでは、いまだ造船所の「指揮命令下に置かれているものと評価することができる」と判断しました。
始業前の②着替え、装着、③作業場までの移動が指揮命令下にあるので、その反対の⑦作業場から更衣所までの移動、⑧作業服、保護具の脱離も同じように考えたということだと思います。
やや説明が足りないような気がしますが、ここでも、長崎地裁の判断が参考になります。
長崎地裁は、「脱離も、その装着と一体として実作業をなすについて不可分の行為と評価される」と言っています。
作業服や保護具を着ることと、脱ぐことは、実作業上、不可分一体だという考えのようです。
⑨終業後の手洗い、洗面、洗身、入浴
最高裁は、「実作業の終了後に事業所内の施設において洗身等を行うことを義務付けられてはおらず、特に洗身等をしなければ通勤が著しく困難であるとまではいえなかった」という理由で、この洗身等は、「指揮命令下に置かれたものと評価することができず」、「労働時間に該当しない」と判断しました。
義務付けられていないし、余儀なくされてもいないから、指揮命令下にないということです。
これを深読みすると、体を洗わなければ通勤が著しく困難となるほどに汚れる作業をしている場合には、洗身等も指揮命令下に置かれたと評価されて、労働時間に該当する可能性があると考えられます。
以上のとおり、
この造船所の事件では、労働時間になるのは、
②始業前の更衣所での作業服への着替え、安全保護具の装着
③始業前の更衣所から作業場までの移動
④始業時刻前の資材の受けだし、散水
⑦終業後に作業場から更衣所に移動
⑧終業後に更衣所で作業服や保護具を脱ぐ
労働時間にならないのは、
①出勤時に造船所の門をくぐってから更衣所までの移動
⑤休憩時間の始めに作業場から食堂まで移動して控え室で作業服を脱ぐ
⑥休憩時間の終わりに作業場に移動し、作業服を再着用する
⑨終業後の洗面、洗身、入浴
⑩終業後の更衣所から造船所の門までの移動
でした。
この事件は、労働時間の判断について最も重要な事件で、以後、裁判所は、「指揮命令下に置かれている時間」を労働時間であるという判断をしています。
なお、ここで紹介した①~⑩の時間は、この造船所での判断なので、すべての会社の着替えの時間、移動時間が労働時間になるとは限りません。
その会社、工場、店舗、事務所の働き方に応じて、指揮命令下に置かれているかどうかを確認して、労働時間性を判断する必要があります。
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さて、今回も、非常に長い説明になりました。
全然「ゆるっと」してないですね。
最後まで読んでいただいた方はいるのでしょうか。
次回は、今回のような造船所ではなく、事務所でのもっと簡単な着替えの時間について、事例をご紹介してみたいと思います。