今日も私はご飯を捨てました
定期的に送られてくるユニセフの広報誌に「5,000円の寄付のご協力が、重度の栄養不良に陥った子どもを救う栄養治療食96袋に変わります」と書かれている。
世界のどこかでは、ご飯を食べることのできない子どもが少なからずいます。
この事実に心を寄せながら、今日私は【捨てられる学校給食 ~今日も私はご飯を捨てました~】というブログを書きます。
はじめに断っておきます。このブログは自分が関わる会社や、給食に関わる会社を批判するものではありません。給食に関わる会社は法律や条例等で定められたとおりに一生懸命に学校給食を提供している事業者として存在しています。
2.【食品ロスの根っこ】
このブログをアップするのに約半年かかりました。いろいろな感情により迷っていました。しかし記事を書き公開することにしました。
決意したのは、この出来事でした。「令和8年9月9日朝。某市の一部地域で「高齢者等避難(警戒レベル3)」同時に大雨警報が発令され、学校は休校。同時に市内ほぼ全校の学校給食の提供が中止。」
廃棄には理由があるようですが、給食センターで作られた約1万5000食が無残にも捨てられるのを目の当たりにしたからです。「魚肉類」も捨てられました。
ちなみにこの市では事業者やNPO法人と連携し「食品ロス対策」に取り組み、「食品ロス解消」のためのロッカーを設置しているということです。
さて今年に入って学校給食を捨てた長崎市のニュース記事が問題になりました。次のURLリンクをクリックして参考にしてください。
https://news.yahoo.co.jp/articles/fd092ffde5d0d8a324463d0f1335293d7764c905
この記事は新しく学校給食を実施する自治体の、提供までのシミュレーション(提供練習)で”食の廃棄”を報じたものです。実は記事にはなっていませんが、このブログに出てくる某市でもオープン前のシミュレーションで同じことが行われました。
3.【今日も私はご飯を捨てました】
この実態を目の当たりにし、私は食べ物でこんなに残念で悔しい思いをしたのは初めてかもしれません。私の両親から先の戦争が終わった頃の食糧難の話を聞かされていたせいか、 それともその後、見事に復活を遂げたとはいえ、幼少期に父親の会社が倒産し夕食がシイタケだけの時を経験したからなのかわかりません。
まず、なぜ私がこのブログ記事の事実を伝えることができるのかを簡単に説明します。私は、某地方都市で学校給食の現場で業務にあたっており、関連作業として「調理の下処理」「配送」「食缶・コンテナの片付け洗浄」「残飯・ゴミ処理」等、学校給食を作り生徒に提供し、片づけまでの現場の流れの中にいる立場の者だからです。
その私から伝えます。
あなたは知ってましたか?天候不良による警報発令時や、新設する給食センターでのシミュレーションの時だけではなく、毎日学校給食の食べ残しが大量に廃棄されゴミと化している事実を。【私は今日もご飯を捨てました】そしてゴミ収集車に巻かれてお別れしました。
機械的な業務の流れで容赦なく「どんどん」捨てられていく様は「食の神様ごめんね」「その日も食べられることが確実でない子どもたちごめんね」とつぶやきながら給食の食べ残しを捨てていきます。
私の見た感想では、魚が提供された日は特に食べ残しは多いです。丸ごと捨てられます。その他、量の間違いかと思いたいですが、子どもたちが好きであろう「ハンバーグ」「唐揚げ」「カレー」も例外なく結構な数量の食べ残しがあります。
特に印象的だったのが「米飯」の食べ残しが多いな~と感じるほどの量があったことです。かなりの重量で何十枚の90ℓゴミ袋は一人では持ち上げられないほどの量が捨てられます。
4.【給食室で作られる味とセンター方式の味は?】
一方ネットで検索すると、学校給食の食べ残しが一部で問題視されており、その対策を考えている自治体があるそうです。これは素晴らしい動きだと感じます。なんとか「食」が報われる方法はないものでしょうか?
私の子ども時代、クラスで残ったおかずはジャンケンで奪い合うほどでした。食缶はいつも完食状態。牛乳が嫌いな子や嫌いなおかずがある子の分は教師にばれないように密かにいただいたものです。
また給食のおばちゃんたちと「今日もおいしかった!」「ありがとうね。きれいに食べてくれたわね」とほほえましい昭和の記憶が今でも温かいです。
今の子ども達は食が細くなったのでしょうか?
ある知人の子どもは「小学校の時の給食の方がおいしかった。中学校の給食は・・・」と給食の感想をおしえてくれました。
ちなみに小学校は校内の「給食室」で作られ、中学校は「センター方式」と呼ばれる大きな給食センターで作られます(自治体により違いあり)
子どもの意見は一部とはいえ正直ですね。
現代は、食べ残しの廃棄に2時間ルールや衛生面の責任など、何らかの理由があるのでしょう。やはりその前に単純に思うのが、大量の食べ残しにならない工夫や食べ残しの再利用ができないのかということです。
SDG’Sとよく聞きます。この運動が単なる「イメージアップ」ではなく実のある結果になってほしいものです。
ところで給食の無償化が広がれば税金が投入されます。私は直接支出するお金には敏感ですが、間接的に使われる税金支出には鈍感になってしまいます。
その税金も「直接」自分が収めたお金です。無駄に目を向けたいです。
このような大量廃棄を見て「給食無償化必要なの?」正直にそう思います。
ちなみに人間の根っこには良心があるんだと思ったのは、残飯処理にあたる数人のスタッフに
私)「これ全部捨てるんですよね」
スタッフ)「そうなんですよ」
私)「どう思う?」
スタッフ)「なんか涙が出てくるんですよ」
私も同じく涙が出てきました。なんの涙?と聞かれると上手く表現できないのです。わからないけど捨てられる食べ物の山に罪悪感と同時に涙が出てくるという本能的な感覚なんです。
5.【仕事をわかっていない議員たち】
税金による子ども向けの手厚い政策は必要です。
かわいい孫もいる私としては、子育てしやすいように「子ども政策」を積み上げてもらいたいという思いはあります。
しかし「学校給食食べ残し、大量廃棄」はスルーしがたいのです。
学校給食の無償化や物価高での値上げ据え置きにどれだけの税金が投入されているのだろう。
胸に議員バッジとSDGsバッジ。私は地方議員の「就職活動」に一票を投じてはいません。選挙さえ通れば誰でもできる現代政治。議会活動もそろそろ日当制にして。地方交付税から学校給食。議会を通過すれば何一つ費用対効果をチェックしない地方議員。まことに情けない。
私の地元市会議員もせっせと中学校の給食化と、無償化実施の運動を声高に話していたことは記憶にあります。その後の現状報告は記憶にありません。
給食現場では「食の廃棄」だけでなく、災害時や気象条件によっては命の綱である水にお湯は無駄を含め、工夫やチェックなしの使いたい放題に見えます。
6.【ご飯を捨てる意味を誰か教えて】
我々昭和世代では多少の野菜の皮などは「ノープロブレム」問題ない範囲だったと思い出せますが、令和では一度皮むき機にかけて再度、ティーラーを使用して多くの人手で実施される。コストが過剰なまでの野菜の下処理。
衛生面では「仕方ない当然の措置」として大量の給食が重量を増してゴミと化す。給食の無償化のために、税金はゴミを生み出していくという皮肉。何と言ったらいいのでしょうか。この虚しさ。
そんな日本での出来事と比較すべく世界に目を向けると、紛争地域で爆撃によってがれきの山でお腹を空かして過ごす子どもたち、ふくよかな体格の独裁国の瘦せはてた農村の子どもたち、最貧国の子どもたちへ思いを馳せずにいられない。
専門家よ、この現実の意味を教えてください。
素人でも意見を言えるのが自由の国だとして、そんな私がふと思った学校給食についての「疑問とこんなことできたらな~。無理ですか?」という感じで書いてみます。
● センター方式ではなく少子化で生徒数も激減してる学校校内で作る施設作ったらどうなる?税金投入で作られた建設から給食提供まで全て民間丸投げ(衛生等の責任も)で立派な給食センターって絶対必要?
● 給食センターで教員と生徒で「調理実習・社会実習」名目で1自治体内の小中学校輪番制で給食作らせ配膳させたらと無知にも考えてしまう。配送は業者がやるとして、大きなコンテナを教員の指導のもと教員と生徒で運び・準備・片付けさせたらどうなるのだろう?食べ物のありがたさを感じて食べ残し減るのかな?無理ですか?
● 食べ残しが発生したら、持ち帰り希望者が折詰した食品の保冷庫用意したらどうなる?不公平なん?恥ずかしいことなの?2時間ルールの衛生面が心配なん?どう?
● 大量の食べ残しを再利用する方法ないの?
なんでも知ってる専門家か役人さん、議員さん誰か教えてよ。
7.【がんばれ!オールドマスメディア】
雇用を生み出した現場では、提供先は全て「お客様」になる。お客様はそのサービスに原則何もしない待つ立場。教育現場とて例外ではない。給食が終わり食缶を積んだ高さ160㎝・横幅120㎝・奥行100㎝ほどのコンテナを30m余りの廊下を配送員さんと配膳員さんで押し引きしながら配送車に積み下ろしする。
廊下では教師も生徒も待とうともせず横切る。靴はちらかりコンテナの妨害になる。あいさつもろくにできない教師生徒。
ただこれは一部数人。元気にあいさつする教師生徒は多数います。「ありがとうございます」と日本語で一番美しいと感じる言葉を耳にプレゼントしてくれます。
物価高のご時世でまるで別世界のような食品廃棄という”贅沢劇場”
目の前にある”ゴミ”になった食料で戦争に発展することがある。
そう思いながらこのブログを書き、世間に知らせずにいられなかった私。
なにかのきっかけになれ!なんならバズってくれ!アンチが出てきて納得のいく説明と事実を発信して私がバカで間違っていたと思わせてくれ!無知な私を反省させてくれ!これが今の私の正直な気持ちです。
まだ食べられる美味しそうなおかずやご飯が生きた匂いをさせて、まるでシュレッダーにかけられゴミ袋に投げられる不要書類のように、粉砕機で粉々になりゴミ袋へ行く食べ物たち。なんとも心を複雑にしてくれるこの現実。
お断りしておきますが、趣味や実務ブログが目的ではないので一般市民の私はコメントや質問にいちいち返信はいたしません。またアンチの中身のない誹謗中傷的なコメントはお断りします。ご了承ください。
"オールドメディア"は電波網を駆使して議論の輪を広げてみたらどうでしょう?
正直挑発しています。
芸能人がラーメン食べている映像や大食い競争、一般人がアップした世界のおもしろ動画より、社会的問題をもっともっと真剣に取り上げていただきたい。それが"オールドメディア"の信頼と生き残りを決めると、勝手に私は確信しています。
こんなブログを発信したけどどう?という情報提供はします。
8.【学校には天使がいます】
このような学校給食の現場ですが、学校には確かに天使がいました。
「いつもおいしい給食を届けてくれてありがとうございます」私の耳が一瞬その言葉を把握できなかった。数秒経ったか。私の目から暖かい涙が落ちた。「ありがとう」の言葉を選ぶことなく自然に口を出た。生まれて初めて、考えずに出た「ありがとう」の言葉だ。
1年3組の男の子。そこには確かに天使が笑顔で立っていた。救われた。
子どもたちよありがとう。
資源や食物で争うことのない未来。君たちの未来が輝くことを心より祈ります。
以上、おわり


