いや~、

 

 


考えてみましょうよ。
便利であることについて
生きていく上で最低限必要な便利さについて。

 

 


考えてみてよ。
スマホ(スマフォ?)があれば何でも出来るって思うけれど
逆にスマホ(スマフォ?)がなけりゃなにも出来ないんじゃないの?
って事を。

 

 


「便利」という事について今一度冷静になって考えてみようよ。

それって 本当に必要な 「便利さ」 なのか?

 

 

 

もうね、十分に 十分すぎるほどに
「便利であること」については願いが叶っていると思う。

 

 


第1話でドラえもんが、のび太君に出してくれた道具

「竹コプター」

 

最初はうまく使いこなせなくって戸惑いながら
やっと使いこなせるようになってドラえもんに感謝するのび太君

 

ところが数話後には

、「竹コプターぐらい置いて行けよ!ドラえもん」
ってなるんですよね。

 

「チャチャチャ チャッチャチャー~」

 

って登場音が鳴るのは第1話だけ。

後は、当たり前のように使われる竹コプター。

 

 


「便利さ」って多分こういう事なんだろうね。

 

 


ちょっと別のたとえで。

ある本に書かれていました。

 

 

人間関係が崩れていくのは、
ある気持ちの時間経過による影響力の法則があるからである。
と。

(倒置法)

 


曰く、

 

 

誰かに何かをしてあげた事って
何かをした最初の頃はそんなに意識ないんだけれど
時間が経過するごとに、してあげたという気持ちが強くなるのだとか。

 

 

逆に、

 

 

誰かに何かをしてもらった事って
何かをしてもらった最初の頃は

ありがたい気持ちが強いのだけれど
時間が経過するごとに、

してもらったありがたい気持ちは薄れていく。

 

 

時間が経過していくのにつれて
してあげた側の その行為に関する気持ちが強くなるのに
してもらった側の そのありがたさが薄れていくのであれば
ある時点から摩擦が起きるのはある意味自然な成り行き

 

知らぬ間に気持ちの逆転現象が起こっているという事ね。

 

 

 

「あいつは感謝の念が無い薄情なやつだ」
「あの人はいつまでもあのときの事を言ってくる面倒くさい人だ」

 

「あいつは世話になった先輩に対する礼儀がなってない」
「あの人はいつまでも先輩面してうざい奴だ」

 

「私がこんなに尽くしているのになんでそんなにいつも素っ気ないの」
「お前がしている事は、重たいんだよ」

 

ある時間経過によって起こりうる摩擦

どちらかが悪いのかもしれないけれど、

そういう思考ロジックが存在しているのも事実。

 

 

 

そこで、思う事。

 

 

 

もう

「便利さの追求」止めませんか? あるいは 見直しませんか?

(これが本題ね)

 

 

 

何故かってね、
これ不動産業界にも言える事なんですけど
いつまで 新築物件をどんどん建築するつもりですか?

 

 

 

僕は嫌だ!
(欅坂46的 不協和音な発言)

 

 

 

戦後は昔は必要だったんです。
だって、住宅がなかったんだから。

(目指せ東京五輪的倒置法)

 

 

 

需要があるから供給があるのは必然。
需要があるからそれが仕事になり利益を生んでいく産業になる。


一定期間はその産業はドル箱産業となり

人気の業種となり、職を生み 繁栄する。
やがて供給が追い付き競争が起こり

そして価格が下落していく。

 

それは まるで 食物連鎖のように

(比喩)

需給バランスを形成していく。

 

必要とされるものは形を変えながら残っていき
不必要とされるものは、やがて淘汰されていく。

それが自然の摂理。
 
人間達が ある意味 今の世の中のような世界を求めて今がある。

 

 

 

そう、それは 戦後の日本の指標でもあった

「誰でも腹いっぱいにご飯が食べられる世の中にする」

を具現化してきたんだ。

 

それがある程度叶えられた後、明確な目標を持たず
とりあえずその延長で

「便利な世の中」を突き進んできた気がする。

 

 

 

ドラえもんで言えば

「竹コプター」 以上に便利な物がいつでも使えるって話。

 

不動産業界で言えばもっと便利な

常に新しい設備や機能が備わった新しい物件

 

広い意味での世の中で言えばそれが

ALL IN ONE 

「スマホ(スマフォ?)」


それらが目指した世の中がつまり行き着くとこ

「AI化した人の必要ない世界」

 

 

 

 

 

え?

 

 

 

 

 

飛躍しすぎていると思うかい?

 

 

 

 

 

 

ドラえもんはあくまでアニメの世界の話であって
不動産業界が新築物件を建てるのは

需要があるんだから当り前で


スマホ(スマフォ?) や ネットも所詮

人間が操っているものなんだよ
って本当にそう思うかい?

 

 

残念ながら僕は違うと思う。

 

 

少し間違った「便利さの追求」から

僕たち一般的な市民達は
そろそろ抜け出さないといけないような気がしている。

(テーマ壮大じゃね?)

 

なぜなら、それは

「一番影響を受けるのはその一般市民達なのだから」

という現実

 

(しっかし今日は大野さん、ちょっとだけ真面目だね)

 

 

 

 

 

だって考えてみてよ。

 

晩婚化
少子化問題
待機児童問題
産休育休、その後の復帰について
社会保障費
所費税について
働き方改革

 

 

今、そのいろんな直面している諸問題の対象者は
多くの人間なんだろうけれど

その直面している多くの人間達が、

その諸問題と向き合いきっていない気がするんだもの。

 

向き合ってるんですよ。間違いなく。

向き合っているんだけれど

向き合いきってはいない気がする。

(微妙なニュアンスの違いですけどね)

 

 

 

新しいアイホン(アイフォーン?) が出るとか出ないとか
ゴーグルMAP(GOOGLEってことね) が便利だとか
インスタ映えしたとか、SNS疲れしているとか
メルカリでちょっと得したとか、ポイントが貯まるからとか

そんな目先の事で一喜一憂しているから・・・・・。

 

 

 

 

 

分かりやすい例を結論から言おうか!

(矢沢栄吉風!)


年末の 大野さんがそうです。

 

 

解説します。

 

年末のあと営業も後2日という時

そして2日後には忘年会って日に

僕はインフルエンザにかかってしまったのですが

 

インフルエンサー って言葉を知って

 

「え? なに? インフルエンザーって社会的に影響を与える人って称号?」
って思っていたら

インフルウェンザ と インフルエンサーは

全然違う意味だって事を昨年末に知って 

「ま、ある意味良い悪いは別にして影響を広範囲に与えたってことだ」
って理解したわけなのです。

(どうでも良い与太話ですわな)

 

 

 

ゴ、ゴホン!

(インフルエンザA型の話題を変える咳払い)

 

 

 

で、

 

本題に戻るけれど 

 

しんどい 大野さんは

「頭痛いし しんどいから、なるべく外に出たくないし、

当分人とは会いたくない」

という考えになり

 

故に

 

「なるべく人と会わなくって済む方法ないか?」
「そんな方法がもしもあるのであればこれは(便利)で素晴らしいことだ」

そう思ってしまったんですね。

 

ま、必然でもありますが、恐ろしい事にそんな方法があったのです。

(それが、今の世の中で怖いと思ってしまうところでもあります)

 

 

そして、そんな方法がある事に対し瞬間的に

「あ~ 良かった。 あ~ 助かった」

と思ってしまった怖さ。

 

それが このブログで一番言いたかった事に繋がります。

 

そう

 

あの日あの時あの場所であの講演に出会わなければ

(小田和正的な、まるで情景が浮かぶような」比喩)

※この部分は前回のブログ参照ね

 

 

 

今やね、今の時代。

人と全く触れ合わなくても PIZZAに代表される出前注文が出来ちゃうんだね。

 

これを 「便利」 と思うか 「怖い」 と思うのか

ま、そういう事。

 

 

年末の、病床の僕は
とにかく人と触れ合いたくないと本心で思っていたので

ネットでPIZZAの商品を選び

カード決済を済ませ 商品を発注。

 

商品を受け取る時だけは 玄関先でピンポン鳴らされ
「仕方ない!」

とドアを開け
商品を受け取りレシート受け取り取引が完了!

 

もうね、

「ありがたい!」と

「便利!」と

「怖い」と

「これから世の中大丈夫!」

の葛藤が凄い!

 

人間がしていた作業が大分簡略化されているこの事実と、
その渦中にいるようなユーザーの立場の自分が
それを 瞬間 「ありがたい!」と感じている危うさ。

 

分かる?

この感情?

 

この「分かっている側の人間」が その一方で
「働き方改革」や「今後の世の中」を考えているという事。

 

前回のブログで言った

 

「低価格で高品質 ≒ 低賃金なのに求められるハイパフォーマンス」
≒(ニアリーイコール。 近しいって事ね)

低価格なのに高コストパフォーマンス。

 


それは素晴らしい事!

なんて言っていたら、
気がついたら自分がそれを求められていた


それが今の世の中の縮図じゃないか?

 

それならば人間よりも、AIの方がより高コストパフォーマンじゃん!
じゃ、その方が良いじゃん!

 

それを、そもそも人間が求めていて良いの?

それを「便利だ!」と思ってしまう滑稽さに

一般市民は気付くべき時が来ていないかい?

 

駄目なドジな のび太君を見て笑っている自分が

よくよく考えてみたら

自分で自分を笑っていたんだな。

 

のび太君って便利さを惰性のように求めている自分だった

ってことにやっと気づいたらもう遅かったんだ・・・。


と、そう思うわけなんですがいかがでしょう。

 

 

 

「便利さ」って 今以上に必要ですか?

 

 

 

機械に頼るのは それは自由ですがそれによって

本来人間に備わっているはずの能力が劣っていく事は
それは時代の流れなのだから

現代の人々が求めている「便利さ」の結果なのだから

仕方のない事なのでしょうか???

 

 

賃貸不動産的に言うと、

新しい物件の方が良いのだから

新築物件や築浅物件が良い!

という部屋探しをネットでしている方に対して

新築の情報を探し、地主さんに新しい建物の提案をすることが
果たしてこれからも正しい事なのかどうか、
もうそろそろ考えるべき時にきていると思う。

 

「便利さ」 を求めているほとんどの人たちは
「行き過ぎた便利さ」 「間違った便利さ」 を

自分自身に向けて突き刺されている。

 

その「行き過ぎた便利さ」「間違った便利さ」は

人間を最小限でしか必要としていない。

 

もうそろそろ自覚した方が良いように思う。

それが 自分たちが望んでいる理想の世の中なのか???

 

 

 

僕は違うと思うんだけれどね・・・。

 

 

 

そう思わない人間は、変っていく環境に対応できない

やがて淘汰されていく人間なのだとしたら

僕は間違いなくそっち側の人間なのだろうけれど

 

だからと言って、変っていく環境に対応出来るように

スマホ(スマフォ?) やなんやの今の世の中が

正しい世の中の時流なんだからその時流に合せて行くべきだ

というのであれば

 

 

 

それも僕は嫌だ!
(欅坂46的 不協和音な発言)

 

 

 

それなら 一生 インフルエンザにかかっていたんでいいよ、全く。
(なんじゃ、そりゃ)