【試論・松田プラン】その3 永久国債化でもインフレにならない理由と銀行への影響~松田学の論考~ | 松田学オフィシャルブログ Powered by Ameba

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日本を夢の持てる国へという思いで財務省を飛び出しました。国政にも挑戦、様々な政策論や地域再生の活動をしています。21世紀は日本の世紀。大震災を経ていよいよ世界の課題に答を出す新日本秩序の形成を。新しい国はじめに向けて発信をしたいと思います。

 前号、【試論・松田プラン】その2では、異次元緩和で増えた莫大な日銀保有国債(2017年末で440兆円)を、満期が来るたびに永久国債に乗り換えていけば、借金はその分、消滅することを述べました。これは、アベノミクス異次元緩和がもたらした財政再建効果、つまり、統合政府ベースでみれば、日銀が国債を保有する分については、政府の民間に対する負債が、国債から日銀当座預金に変換されており、これは返済不要な帳簿上のマネーなので、政府の借金はその分、消滅しており、永久国債化(+日銀による永久保有)は、この効果を恒久化させることになるからです。

 しかし、永久国債と聞くだけで「劇薬」だと思われる方が多いようです。日銀が巨額の国債を保有し続ければ、これと見合いで増えてきた日銀当座預金(2017年末369兆円)はそのまま維持され、それは日銀が供給しているマネー(マネタリーベース)なのであるから、ハイパーインフレの原因になる、財政規律も損なわれるなどと反論されることでしょう。

ただ、本当にそうなのか、「松田プラン」への賛否は別にして、一度、根本に立ち返って議論してみると、色々なことが見えてきます。以下、お付き合いください。

●永久国債オペは市中のおカネを増やすものではない。

 まず、インフレの懸念についてですが、通貨や金融が原因で経済がインフレになるのは、実体経済の規模に比べて市中のおカネが多くなりすぎる場合です。上図の統合政府の図をよくみていただければと思います。増えているのは日銀当座預金であって、市中のおカネではありません。

 つまり、①これまで市中で保有される国債の形で政府が民間に対して負っていた負債は、②日銀の資産になっていて、③それと見合いで日銀の負債が増えており、④それが日銀当座預金です。日銀が市中から国債を買った代金は、各銀行が日銀に持っている口座である日銀当座預金に振り込まれます。

 これが俗に、日銀が供給していると言われるマネーです。これは、⑤銀行の資産ですが、元々、銀行が資産として持っていた国債が日銀当座預金に姿を変えただけですから、銀行の資産は増えていません。

 市中マネーとは、銀行券発行残高(約100兆円)と預金通貨(要するに企業や個人が市中銀行に預けている預金の総額)を併せたものです。預金通貨は銀行の負債なので、それと見合う銀行の資産(貸付など)が増えなければ増えません。

 なお、異次元緩和で日銀は銀行券を刷りまくっていると言われますが、それは間違いです。異次元緩和の5年間で、それはわずかしか増えていません。2013年3月末から17年末にかけて日銀当座預金が58兆円から369兆円へと310兆円も増えたのに対し、市中で保有されている銀行券の発行残高は83兆円から107兆円へと23兆円しか増えていません。

 異次元緩和で何が起こっているかといえば、政府の負債が日銀の負債である④の日銀当座預金に姿を変えたということです。

 大事なことは、これが返済不要な負債だということです。確かに帳簿上は各銀行が日銀に対して持つ債権(資産)ですが、銀行の要請でこれが取り崩されるというものではありません。少なくとも、この日銀当座預金を原資として銀行が貸付などで市中のおカネを増やすという仕組みにはなっていません。

 日銀当座預金が全体として増減するのは、①日銀と銀行との間で国債などの債券の売買(売りオペや7買いオペ)がなされたとき、②日銀当座預金と紙幣(現金)との交換がなされたとき、③日銀政府口座との資金のやり取り(政府と民間との間の資金決済)がなされたときの3つのケースに限られます。

 ですから、日銀は国債を大量に買っても、市中に直接、市中マネーを供給しているものではありません。まず、この点について理解する必要があります。

 よく、インフレの原因となる政策として「マネタイゼーションmonetization」という言葉が使われます。これには2つの方式があります。第一に、貨幣を発行することです。現金や政府紙幣などを民間に配る「ヘリコプターマネー」などがそうです。第二に、公的債務の貨幣化です。代表的なのは、国債を日銀が直接引き受けることで、これは「財政ファイナンス」と呼ばれ、政府支出の拡大が伴います。いずれも「市中マネー」を増やします。

 しかし、ここで論じている異次元緩和も永久国債化も、国債をマネタリーベース(日銀当座預金)に変換するという意味で、一見、公的債務の貨幣化に見えますが、それ自体は従来の政府債務の姿を変えるだけのもので、新たな財政支出を伴うものではありません。つまり、問題が多いとされるマネタイゼーションとは性格が異なります。

 増えるのは市中マネーではなく日銀当座預金であり、これは中央銀行の帳簿上の数字に過ぎないともいえます。

 

●日銀当座預金の量それ自体は実体経済に直接影響を与えない。

 多くの学者やエコノミストたちが未だにこだわっているのが、「貨幣乗数理論」です。これは、市中マネー(マネーストック)はマネタリーベース(主として日銀当座預金)の乗数倍まで増えるという、伝統的な経済理論です。しかし、この理論は、銀行の資産運用が、資本よりも、資金の利用可能性の制約を受けていることを前提としています。

 現実を直視すれば、現在の、そしてこれからの先進国経済は、もはや、銀行が貸し出しを増やせないのは資金が足りないからだという局面ではなくなっています。恒常的に供給が需要を上回り気味で、資金もダブついているというデフレ的経済構造に転換した今や、貨幣乗数論は過去のものと言っていいでしょう。

 現在はむしろ、銀行の貸付を制約しているのはBIS規制、つまり、貸付などの資産に対して銀行が有する自己資本の比率のほうです。銀行は、自らの資本の水準を考慮しながら、自身のバランスシートの規模、信用や証券投資の量のガイドラインを決定しています。

 中央銀行の当座預金については、実体経済にはほとんど影響を与えないことが、欧米の金融当局の間でも定説化しています。

例えばバーナンキ元FRB議長は米国議会で、2012年2月に、「実際に起きたことはFRBに預けている電子的な預金金額が増えただけである。それらはそこに居続けている。それらが何か大きな役割を果たしたことはない。」と証言しています。

 イェレン前FRB議長も、流動性の罠においてはという断りはしつつも、信用乗数のメカニズムは効かないとしています。他のFRB関係者たちも、量的緩和の効果とは、買い上げた国債などの資産価格の上昇(長期金利低下)のルートを通じてのもの(資産価格の全般的上昇)であるとしており、それも最近では、むしろ、アナウンスメント効果(政策スタンスを示して人々の期待に影響を与える)の方が大きかったという見方が強まっています。

 BOE(イングランド銀行)のエコノミスト達も、報告書で、「量的緩和で新しく生み出された準備預金が新しい貸出や新しい預金を機械的に乗数倍増やしていくことはない」旨を指摘しています。

 では、本来、インフレ率2%目標を目指して市中のおカネを増やすことを目的にしている異次元金融緩和は何をしようとしているのか、詳しくは前回のその2をお読みください。↓

https://ameblo.jp/matsuda-manabu/entry-12357850720.html

 

●銀行経営への影響~国内送金手数料をゼロにする道も~

 むしろ、慎重な検討が必要なのは、銀行経営に与える影響です。

 将来、異次元緩和が「出口」を迎え、金利上昇局面に転換したときには、現在は0.001%とほとんど金利ゼロの普通預金金利の金利も上がることになります。他方で、銀行が多額に保有したままの日銀当座預金の金利は基本的にゼロ(現在、一部は+0.1%、一部はマイナス0.1%)ですから、銀行の資産と負債との間で大きな逆ザヤが発生しかねません。

 かと言って、日銀当座預金の金利を引き上げれば、日銀が永久国債保有で政府から受け取る金利収入が、日銀当座預金の金利支払いに食われ、全額を国庫納付する(永久国債についての政府の金利負担はゼロという状態)わけにはいかなくなります。

(A案)…これに対する一つの案は、普通預金金利は上昇しても、0.1%以下に抑え、政府は永久国債について0.1%相当分の金利負担をすることで、日銀や市中銀行の逆ザヤを回避することです。永久国債化が300兆円だとしても、0.1%なら政府の負担は年間3,000億円で済みます。上昇する国債の金利を支払うのとは比較にならない少ない負担です。

あるいは、金利上昇局面になっても現在の普通預金の金利はほとんどゼロ金利状態で据え置くことも考えられます。

 いずれの場合にも必要なのは、現在約600兆円ある要求払預金、つまり、普通預金と当座預金(こちらは金利ゼロ)とは、現金に近い性格の決済用の預金であって、貯蓄や利殖のための預金である定期預金などと性格が異なることを明確にすることです。預金者の立場として、もし、金利上昇局面で金利収入を上げたいなら、普通預金から定期預金に預け替えをすればよいということになります。

 そのために、各銀行の勘定を、①要求払預金を負債とし、日銀当座預金の全額を資産に組み入れた「決済勘定」と、②定期預金を負債とし、資産側では市中運用によって金利収入を上げる「貯蓄勘定」に分割することが考えられます。

 ただ、日銀当座預金が340兆円程度とすれば、要求払預金は600兆円程度ありますから、差額の260兆円程度は、決済勘定においても有利運用が可能です。問題となる金利上昇局面では、その利ザヤは大きくなりますから、むしろ、これを原資にして、要求払預金によって行われる国内振込・送金手数料を大幅に引き下げる、あるいはタダにすることを考えてはどうでしょうか。これによって、要求払預金は一層、現金としての性格に近づきます。

 ちなみに海外では、国内振込・送金手数料がタダであるケースが結構見受けられます。ドイツやオーストリアでは、それだけでなく、普通預金には金利をつけず、むしろ口座管理手数料を徴収しているようです。

 多くの国民からみれば、従来から上がっても大して高くならない普通預金のほうは今後も金利がつかなくても、手数料がタダのほうがありがたいのではないでしょうか。銀行としても、今後も高い国内振込・送金手数料を徴しているようでは、仮想通貨との競争上、不利になるようにも思われます。

(B案)…もう一つの案は、金利上昇局面では普通預金金利も自然に任せて上昇させ、銀行に頑張ってもらうというものです。金利が上がれば銀行は貸付などの市中運用で金利収入が増えるのですから、金融イノベーションも含めて収益向上を図ってもらい、日銀当座預金と普通預金金利との逆ザヤぐらいは稼いでもらう、それぐらいの努力は銀行に求めてよいという考え方です。

 

 永久国債オペについて、残る懸念は財政規律との関係です。これについては、消費税と「社会保障バウチャー」を組み合わせて経済成長と財政規律の両立を図る施策をプランとして用意しています。稿を改めて論じます。

 

松田学のビデオレター、第81回は「統合政府~日銀当座預金と永久国債の良くある誤解」

チャンネル桜3月6日放映。

 こちら↓をご覧ください。