松田学オフィシャルブログ Powered by Ameba

日本を夢の持てる国へという思いで財務省を飛び出しました。国政にも挑戦、様々な政策論や地域再生の活動をしています。21世紀は日本の世紀。大震災を経ていよいよ世界の課題に答を出す新日本秩序の形成を。新しい国はじめに向けて発信をしたいと思います。

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福田前財務事務次官の問題へのコメントで、私は4月後半は、テレビなどに出まくっておりましたが、問題の実態は本当にセクハラだったのか、関係者の間には別の見方が牢固としてあるようです。ただ、事の真相はさておき、どんな理由があったにせよ、録音されていたあの言葉を福田氏が実際に口に出したと広く認識されてしまったことは事実です。

結果として、少なくとも一国の財務次官たるものとして備えるべき品性への国民の信頼が地に堕ちてしまったのは間違いないでしょう。

今は「財務事務次官」ですが、かつては「大蔵事務次官」といえば、日本を代表する何人かの名士に数えられた肩書きの一つでした。20011月、橋本内閣時に決められた省庁再編の実施と同時に、大蔵省の名称は財務省に変更されました。

私は現在の財務省の何が本当の問題かといえば、名称が財務省になったにも関わらず、実態は「経理」省であって、真の「財務」省に脱皮していないことであると、色々な場で発言しております。ただ、私はこの省名変更に、当時、決して賛成ではありませんでした。

財務省問題について考える上でのもう一つの論点は、この省名を巡る問題だと思います。

●「大蔵省」は千四百年の伝統を誇る唯一の大和言葉の官庁名

90年代後半、日本の政界では「大蔵省問題」が大きく取り上げられていました。金融不祥事、接待漬けや「ノーパンしゃぶしゃぶ」に象徴された腐敗、金融機関の不良債権問題や護送船団方式のもとでの癒着問題…等々です。そして、財政金融分離が決められました。

つまり、政府の権力の中核にある財政(予算編成権)と、資本主義経済の中核にある金融の両方を、大蔵省という一官庁が握ることが様々な弊害をもたらしているとして、98年には、ここから金融を切り離して金融監督庁(のちの金融庁)が設立されました。背景には、政財界にもメディアにも、国家権力の中枢に君臨し続けてきた大蔵省に対する感情的な反発や嫉妬もあったのでしょう。

さらに、この際、大蔵省にお灸をすえるためか、この「古臭く権威主義的な」役所名を財務省に改名することまで決められました。「たかが名前、されど名前」と、一部に省名変更に反対する意見も出ていましたが、それは大勢とはならず、省名はすんなりと変えられました。そのときに私は、日本人はかくも国家意識を欠いた国民なのかと、大変不思議に思いました。

歴史や伝統を尊重する国柄であれば、もっと多くの反対意見が国民から出てもおかしくないのではないか。確かに、当時の大蔵官僚はその名に値しない腐敗を呈していたかもしれないが、この国家として大事な資産を、たかが時の腐敗官僚ごときのために失うことを、よく国民が許したものだ…と。

大蔵省という名は、日本国家において雄略天皇のころ以来、1,400年の長きにわたり現存し続けてきた役所名であり、しかも、中国から輸入された漢語ではなく、「おおくら」という日本古来の大和(やまと)言葉を冠する唯一の役所名でありました。


上代、朝廷の官物を納めた三つの蔵(三蔵、みつのくら/さんぞう)として、斎蔵(いみくら)、内蔵(うちくら)、大蔵(おおくら)が、雄略天皇のときに創建され、蘇我氏が管理を任せられたと伝えられています。斎蔵は、神宝や祭器を収める蔵、内蔵は、朝鮮半島諸国からの貢納物を収める蔵、そして大蔵は、国内からの貢納物を納める蔵だったとされます。

701年の大宝律令の制定後、日本では律令中央官制が敷かれ、天皇の下に、朝廷の祭祀を担当する神祇官と国政を統括する太政官が置かれ、太政官の下に八省の行政機構が置かれました。それが、左弁官が管轄する中務(なかつかさ)省、式部省、治部省、民部省、右弁官が管轄する兵部省、刑部省、大蔵省、宮内省の各省でした。

この中で財宝、出納、物価、度量衡などを掌ったのが大蔵省ですが、これら各省の中で他に大和言葉を冠するのは「なかつかさ」省だけであり、現在はありません。現在も残っている省名としては「宮内」省がありますが、訓読み(大和言葉で読む読み方)であれば「くない」省ではなく、「みやうち」省でしょう。

●米国もドイツも建国の由来を尊重した名称

どの国も、官庁の名称は、自国の歴史や国の成り立ちを重視したものになっています。代表的なのが米国の国務省です。外交を扱う官庁なのに、なぜ米国は外務省という名前にしないのか、それには理由があります。

建国時の米国は、英国から独立した13の州で構成された国で、州(State)の間の調整する役所として設立されたのが国務省(Department of State)でした。モンロー主義という言葉が象徴するように、米国は長らく外交ということをしないことを国是としてきた国でしたが、孤立主義を転換して国務省が外交を所管するようになっても、建国時の名称をそのまま残しているものです。

ドイツの外務省もそうです。通常、ドイツの各省は、大蔵省(Ministerium fuer Finanzen)「ミニステリウム・フュア・フィナンツェン」がそうであるように、Ministerium(英語ではMinistry、省)という言葉が使用されますが、外務省だけは、「アウス・ヴェルティーゲス・アムト」(Auswaertiges Amt)と、アムト(Amt、役所)という、「省」よりも少し軽量な名称になっています。これは、ドイツ建国の基本精神を体現するとされるワイマール共和国での外務省の名称をそのまま継承したものだとされています。

日本の財務省の英語名は、Ministry of Financeで、よくMOF(モフ)と呼ばれますが、これは大蔵省時代から変わっておりません。海外の大蔵省の日本語訳については、日本では、自国も含め、世界各国のおカネを扱う役所、例えば英国のように予算編成権を持つ財政中心の役所であれば「大蔵省」と訳し、米国のように予算編成権を持たない金融中心の役所であれば「財務省」と訳する使い分けをしていました。

しかし、大蔵省は財政金融分離で財政中心の役所になりましたが、本来は金融中心の役所名である財務省と名付けられました。これは、論理的にも従来の用法から見ても間違いです。伝統どころか、正しい日本語の使い方も尊重されていません。

そこまでして、あたかも米国「財務省」の支店のような名前に変えたのは、まさに当時、日本の金融市場支配をもくろみ、大蔵省解体にターゲットを当てていたウォール街の思惑通りだったのか…。その真相はわかりませんか、この面の意識も日本は薄いようです。

当時、名称変更で大蔵省も普通の役所になったと言う職員も私の周囲におりましたが、言霊(ことだま)を大切にするのが日本人の伝統です。これで役所の品格まで下がったとは考えたくありません。

「強すぎるから、けしからん」論も考えものです。

長い民主主義の伝統を持つ英国では、大蔵省には特別の地位が与えられてきました。大蔵大臣は第二大蔵卿であって、第一大蔵卿は総理大臣。バジェット(budget)という英語は政府予算のことを意味しますが、その由来は、大蔵大臣が決定した予算を英国議会で発表する際に帯同するカバンのことだそうです。大蔵大臣がそこから取り出した予算や税制を議会で発表したら、それで決まり。

かつては英国でも、政治家による選挙区への利益誘導が絶えず、あえて強い大蔵省とすることで、大蔵省が言うから仕方ない、という言い訳を政治家が選挙民にできるようにしたとも言われます。

日本の大蔵省も悪役でした。予算を切り、税を取る、国民から嫌われる仕事をする役所を強い官庁として君臨させるというのは、民主主義の知恵の一つだと言われたものです。

切った貼ったの査定官庁としてそれなりに悪役を果たすために、大蔵省ではしたたかでバイタリティーのある人材が重視されることになりがちです。それも大事ですが、真に悪役を果たせるために必要なのは、国民からの信頼と尊敬だと思います。エリートにはそれなりの品格が求められます。福田前次官は極めて優秀な選りすぐりの人材でしたが、財務省が国の「公器」である限り、単に目先の仕事で優秀かどうかだけでなく、一国の財務次官にふさわしい品性を備えた人格をトップに選ぶ責務が財務省にはあるのではないでしょうか。

●財務省解体論?

福田次官問題のあとは、財務省ってどんな所?という趣旨の取材を受けることが多くなりました。かつて90年代後半の「大蔵省問題」でも、財政金融分離論はかなりの誤解に基づいた面がありました。金融を基盤にしてこそ、財政があります。「財政」省とは「金融」省であるべきです。

しかし、金融が切り離され、そうした理想形の大蔵省は解体されました。

今回も、スキャンダルの政治への波及を恐れてか、問題は官僚機構にありと、与党からは、2001年に続く第二次の省庁再編、省庁再々編をすべきだという論も出ているようです。

確かに、第一次再編で肥大化した厚生労働省(厚生省+労働省)や総務省(自治省+郵政省+総務庁)や国土交通省(建設省+運輸省+国土庁+北海道開発庁)などをみると、一人の大臣があまりに多くを所管する結果、大臣の目が各分野に十分に行き届かない、それぞれの行政分野で国民と大臣との距離が離れてしまったなど、色々な問題がありそうです。

では、財務省については、お灸をすえて、予算編成権と国税賦課徴収権という、政治家も恐れる強権を奪うということをすると、どうなるでしょうか。特に、国税庁を財務省から分離して年金徴収と一体化した歳入庁を内閣府に設けるべきだという議論は何度も浮上します。チャンネル桜の討論番組でも、高橋洋一さんが主張していました。

これに対してその番組で私は、そうした財務省からの権限剥奪論議を全部聞いていると、財務省そのものがなくなってしまうと申し上げました。


もし、経理ではない「財務」省にするなら、予算と債権債務(バランスシート)の管理は一体であるべきです。よく出てくるのが、主計局を内閣予算局に移すべき論、ですが、それなら債権債務を扱う理財局も一緒に内閣府に、となります。理財局は、予算と一体で編成されている「第二の予算」の財政投融資や、国債の発行管理、国庫、そして森友問題の舞台となった国有財産も財務省から切り離せ論が出ていますが、これも所管しています。

歳入庁も、主税局が携わる税制の企画立案と一体であるべきですし、税制は予算と一体です。主税局も内閣府に移せということになってしまいます。税と社会保険料は根本的に設計思想が異なる制度ですし、「財務」の論理で考えれば、むしろ財務省が年金を取り込んだほうが、本格的な財務ができるように思います。

いずれにしても、こうしてみていくと結果として何が起こるかといえば、財務省の機能がほとんど内閣府に移り、内閣府に今の財務省がそのまま移るだけのことになります。

経済討論のあと、同じくパネラーだった渡邉哲也さんは飲みながら、それでも、たばこと塩と関税は財務省に残りますよ、と私におっしゃっていましたが、それだけなら、経済産業省あたりに吸収したほうが良いでしょう。

国の組織を論ずるのであれば、その時々の感情論を離れた、中長期的な視点からの冷静な議論が必要です。

 

松田学のビデオレター、第85回は「日本が北朝鮮に求める原則、『大蔵省』という名称に在った重み」チャンネル桜51日放映。

 こちら↓をご覧ください。

 

 

 


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 いま、世間に対しあまりに話題を提供し過ぎなのが天下の財務省です。佐川前国税庁長官に続き、福田前事務次官。セクハラ疑惑については私もインタビューや生番組への出演などで民放テレビの画面に何度も登場しました。

パネラーとして出演依頼を受けたチャンネル桜の経済討論番組のテーマも「財務省主導の経済でいいのか?日本」(414日放映)

そこでも全体のトーンは「ウソつき財務省」、財政の実態をわざと悪く見せて、世論や政治を消費増税へと誘導しているとして、いつものように積極財政の立場に立つ論者たちが財務省を厳しく糾弾する場になりました。その場で大蔵省の一年先輩である高橋洋一さんから、これもいつものように、もっと財務省批判をしろと私はお叱りを受けましたが、果たしてこれ以上財務省を悪者にしたところで生産的な議論になるのか疑問です。

●問題の本質は財務省が真の財務省ではないことにあり。

 この経済討論のパネリストたちは、後記のとおり、私以外はいずれも積極財政論者として著名な論者たちでした。

<安藤裕(衆議院議員)、高橋洋一(嘉悦大学教授・「政策工房」会長)、田村秀男(産経新聞特別記者・編集委員兼論説委員)、藤井聡(京都大学大学院教授・内閣官房参与)、松田学(東京大学大学院客員教授、元衆議院議員)、三橋貴明(「経世論研究所」所長)、渡邉哲也(経済評論家)、司会:水島総(日本文化チャンネル桜代表)

 この経済討論の動画は、この記事の最後に掲載しています。

驚いたのは、自民党の安藤衆議院議員の次の言葉、「今は自民党も全体が緊縮財政派になり、消費増税の必要性を説いたほうが選挙民の受けが良いと考えている。積極財政派は首相官邸だけになり、孤立している。」…選挙では消費増税はタブーだと聞かされていた私の政治家としての経験からは信じられないことです。

本当だとすれば、そこまで財務省の工作が奏功している証左かもしれません。実際のところ、財務省の体質は体育会系です。省内での議論は活発ですが、いったん、これで行くと決まると、そこで思考停止、各界根回しに組織を挙げて一斉に動きます。頭がいい人たちなので、彼らの説明は説得力があり、各界要路の方々は誰もが得心してしまいます。

しかし、この財務省の人々の説明が実は「ウソつき財務省」…森友文書問題とも相まって、この討論ではそのようなレッテル貼りで盛り上がっていました。以下、この番組ではかき消されがちだった私の真摯な主張も交えながら、財務省問題の本質を冷静に考えてみたいと思います。

そもそも日本はもはや財務省が主導する経済ではありませんし、現在の財務省の問題はそんなことではなく、むしろ、2001年に伝統ある大蔵省の名称が変更されたあとも、未だに真の「財務」省へと脱皮していないことにあります。実態は財務というよりも「経理省」。

どの会社でも経理部は収入と支出の均衡を主張する立場ですし、そういう部局はどの組織にも必要です。大事なのは、その上に立って社長が決断を下すことです。もし、財務省の政策に問題があったなら、問われるべきはむしろ、政治の側の力量不足のほうではないでしょうか。安倍総理は消費増税の延期で社長としての役割を果たしたように見えますが、そのためには衆議院を解散するしかなかったところに、未だに日本の政治の力が弱いことが示されています。

もし財務省を本気で変えたいなら、役所の設計を「経理」から、バランスシートに基づいて資産負債戦略を遂行する「財務」のプロへと再設計すべきでしょう。今の財務省には、とにかく借金はいけないと主張する立場しか与えられていません。

●財務省は「ウソつき」なのか?~財務省の信念

積極財政論者たちが指摘するように、財務官僚は真理が分かっているのにウソをついている人々なのでしょうか。藤井聡氏が番組で指摘したように、自らの行動が公益に反することを分かっているのに、組織人としての行動を優先しているのは犯罪的だということなのでしょうか。そうではなく、私が番組で指摘したように、実際には、ほとんどの財務省職員は真剣に「経理省」の立場で国を憂いています。


ここで積極財政論者の主張と財務官僚たちの信念を比較整理してみたのが上図です。

積極財政論者は、名目GDPが財政収支を決めるのであり、2014年の消費増税がデフレ脱却を遅らせたことは財政状態の改善も送られたと主張します。これに対し財務官僚の信念は、国民の将来不安が消費を低迷させているのであり、消費増税による財源確保で社会保障を安定させて将来不安を解消することが大事だとの中長期的な効果を重視しています。

政府が財政健全化の目標としているプライマリーバランスについては、積極財政論者は、これを意味がないとし、大事なのは、公債残高の対GDPを低下させることであって、これは既に低下に向かっていると主張します。これに対し財務官僚は、公債残高の対GDP比の低下は現在の異次元の金融緩和による異常な低金利がもたらしているのであって、いずれ、金利が正常化して、将来、公債残高の対GDP比は上昇に転じると考えています。

景気が良くなれば税収が増えるにも関わらず、財務省は税収弾性値を意図的に低くしていると積極財政論者たちは主張しています。税収弾性値とは、名目GDPの成長率が1%アップすると、税収が何%増えるかを示す数値のことで、財務省は概ね1程度としていますが、積極財政論者の中には3ぐらいあるという方もいます。

ただ、たとえ税収弾性値が3だったとしても、名目GDP成長率が1%アップすれば金利も1%上昇すると考えるのが妥当ですから、約900兆円の国債残高に1%を乗じれば、国債利払い費、つまり歳出は9兆円増える計算になります。税収が約60兆円とすれば、税収は3%、つまり1.8兆円しか増えませんから、財政はかえって悪化してしまうのですが…。

積極財政派は、1997年の消費増税(3%から5%へのアップ)や緊縮財政がデフレの原因だと主張しますが、財務官僚はデフレの原因はバブル崩壊後の不良債権問題を原因とするマネーの収縮や、構造問題にあると考えています。

積極財政論者は、政府の需給ギャップの計算方法はおかしい、日本経済の供給力を示す潜在GDPはもっと大きいはずだと主張しますが、潜在GDPはそもそも計測不可能であり、過去の実際のGDPの平均から推計するしかないというのが政府の立場です。

積極財政論者は、日本には国土強靭化、科学技術、国防、人材など、やるべき投資がたくさんある、投資のための財源なら、建設国債の考え方で国債をどんどん発行すればよいと主張します。これに対し、多くの財務官僚は、例えば公共事業をみても、人手不足などでおカネを積んでも予算が消化できない、大事なことは経済構造の改革で投資のフロンティアを拡大することだと考えています。

●答は「財務」省の設計にあり

しかし、現在の「経理省」である財務省に対してこのような議論を積極財政論者がぶつけてみても、埒が明かないでしょう。では、財務省が真の「財務」省になればどうなるでしょうか。財務省にとっては収支の均衡よりも財務戦略が重要になります、財務官僚は財務のプロになります。

財務とはバランスシートであり、資産の裏付けのない赤字国債と資産の裏付けのある建設国債とは明確に区分した財政運営がなされることになります。今は「ミソもクソも一緒」?に60年償還ルールを両者に適用して、とにかく借金はダメ、という経理の発想です。

バランスシートであれば、現在の単式簿記、現金主義ではなく、企業会計と同様、複式会計と発生主義が採られることになります。英国では下図のように、こうした財政運営がなされており、資本的支出と経常的支出が明確に区別されています。


財務の発想であれば、資産価値や資産の性格に応じて債務が組み立てられます。資産と債務のバランスこそが重要であり、真の債務とは負債から資産を差し引いた「純債務」であって、資産の裏付けのある債務(国債)ならば問題なしとして、投資的な支出がより積極的になされることになるでしょう。

私は「財務」の発想のもとに、国の一般会計を投資勘定と経常勘定と社会保障勘定の3つに分け、投資勘定では積極財政を、経常勘定ではムダの削減を、社会保障勘定では世代間の公平の度合いを国民に「見える化」する運営をすることによって、メリハリのある財政運営を実現すべきだと主張してきました。

財務の発想は、政府と日銀を連結させた「統合政府」の考え方につながるものであり、下図のように、そのもとで、1,200兆円とされる政府の債務も100兆円あまりの純債務へと縮小し、異次元金融緩和でもたらされたこの状態を恒久化させるための永久国債活用策、すなわち「松田プラン」も視野に入ってきます。


大事なことは「財務省」の設計です。財務官僚たちの信念がそのまま国益になるような仕組みを組み立てる改革にこそ答があります。人間は一つの仕組みのもとで、それに適合した行動を合理的に選択する存在です。

国民もメディアも単に批判するだけなら、それこそ、「お上」への甘え、官僚依存でしょう。財務省を国家機能としての「公器」へと蘇生させられるような有為な政治家が選挙で選ばれるなら、それは立派な国民主権の行使になると思います。

 

〇松田学のビデオレター、第84回は「経理から財務へ~積極財政論者の見方vs財務省の信念」チャンネル桜417日放映。

 こちら↓をご覧ください。

 

〇経済討論「財務省主導の経済でいいのか?日本」(チャンネル桜「日本よ、今…闘論!倒論!討論!20182018414日放映)

全体は1時間ずつの3部構成で3時間番組。松田学は皆さんとのやり取りの中で色々と発言していますが、上記の記事にも書かれた内容を少しまとまった形で発言した部分は後記の2か所ですので、そこだけでもご覧いただければと思います。番組開始からの経過時間(時間、分、秒)で示しています。

松田学の発言のうち、特にご覧いただきたい部分…

・0:1227~0:1547 

・2:5754~2:5929

 

 

 

 

 


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前号その6に続き、消費増税の経済への影響を回避するために永久国債を活用する方策について、以下、話を進めます。

前号はこちら↓をご覧ください。

https://ameblo.jp/matsuda-manabu/entry-12369182567.html

●消費増税は国民全体では負担増にはならない

私が永久国債オペを提案していると言っても、それは消費増税と一体なのか…、結局、松田も財政再建派なのか、と思われるかもしれません。

しかし、私は「財政か経済か」の二項対立のもとに財政を優先しているものでありません。この一見相矛盾する2つの要請を、永久国債の活用と、日本特有の減債制度を逆手に取ることでアウフヘーベンしようとするものです。

そもそも人々はなぜ消費増税に反対するのでしょうか。その理由のほとんどが、国民負担増がもたらす景気への悪影響です。先の20144月の8%への税率引き上げはデフレ脱却の腰を折ったと言われますし、確かにその面があります。

では、本当に消費増税は本質的に景気に悪影響を与える性格のものなのでしょうか。もしそうだとすれば、日本は永遠に税率引上げ(社会保障財源の確保)ができないでしょう。しかし、消費税率が概ね20%程度の欧州諸国が税率引上げで20年もデフレに苦しんだという話は耳にしません。日本には消費増税が景気を悪化させる特有の事情があります。

まず、税収の全額が社会保障財源に充てられる消費税の増税は、本来、全体として国民負担の増加になるものではありません。ただし、国民の中に将来世代を含めれば、です。つまり、消費税収は全額、社会保障給付に回っていますから、これは、消費税を負担する人から社会保障給付を受ける人へと、おカネが移転しているだけのもので、本来は景気には中立的なおカネの動きです。政府は、その動きを仲介する役割を果たしているだけです。


●景気悪化は過去の消費増税先送りのツケが現れたもの

ところが、今は赤字国債によって社会保障給付の半分ぐらいが投票権のない将来世代の負担に回されています。そこで、消費増税で何が起こるかといえば、社会保障の財源のうち国債から消費税に財源が移る部分が生まれ、将来世代の負担が軽減される代わりに、同じ社会保障給付のもとで、現役世代と高齢世代の負担が増えることになります。この部分は、社会保障給付の増大を伴わない負担増ですから、景気にはマイナスになります。

消費増税が経済にマイナスになる第一の理由がこれです。10%までの引上げを決めた「社会保障と税の一体改革」では、増税による税収増のうち、新たな社会保障支出の増大に回す部分は2割、残りの8割が、上記のように、国債を消費税に置き換えるだけという結果をもたらす部分です。

こうした構造になってしまったのは、日本では欧州よりも社会の高齢化が進んでいるにも関わらず、増大する社会保障給付に必要な消費増税が政治的に先送りされてきたことがもたらしたツケだといえます。2014年の増税がデフレ脱却の腰を折ったのも、こうしたツケが現れたものと捉えることができます。

安倍政権は今般、消費税の使途変更を決めましたが、これは2%アップによる消費税増収分については、上記の8割の部分を5割程度まで減らし、新たな歳出増に充てる部分を2割から約5割まで引き上げることで景気中立的な部分を増やすことにより、一種の景気対策を行うことを意図したものといえます。

●外税方式で一斉に価格転嫁では消費に打撃なのは当然

第二の理由として、日本の消費税の仕組みが景気を悪化させる原因の一つになっていることが挙げられます。本来、間接税の特徴とは、消費を楽しみながらいつの間にか税負担をしているということにあります。内税方式の酒税の場合、自分はこんなに税負担を負担していると思いながらビールを飲んでいる人は稀でしょう。

しかし、日本では多くの場合、消費税は外税方式ですので、支払いの時に価格に上乗せされた段階で消費者は税負担の痛みを直接、感じてしまいます。逆に、直接税こそが税の痛みを感じながら負担する性格のものですが、世界に冠たる源泉所得税方式の日本の場合、自分が年間どれだけの金額の所得税を負担しているか把握していないサラリーマンが大半です。直接税と間接税が逆転しています。

もともと日本で外税方式が奨励されたのは、消費税導入時に便乗値上げの懸念への配慮がなされたからですが、デフレ気味の経済へと移行した現在は、そもそも事業者が消費税を価格に転嫁することが困難なのが実態です。

日本では消費増税をした日に一斉に外税方式で価格転嫁がなされますが、それでは消費にマイナスになるのは当然でしょう。そもそも消費税とは企業コストの一つに過ぎません。このことは内税方式を採れば、より理解されやすくなります。例えば、石油価格が2倍になれば、2%程度の消費増税よりももっと大きなコスト負担が企業には発生します。

原油であれ、原材料や仕入れや人件費であれ、企業は増大したコストを、いつ、どの程度の幅で売上の価格に転嫁するかを、時々の需要動向などを見極めながら判断します。これはまさに、個々の企業にとって重要な経営判断に属するものです。消費税も同じです。


上図には需要曲線と供給曲線を書き込んだ図が二つ出ています。需要が価格にあまり左右されない性格の商品の場合、企業は消費増税によるコスト負担の多くを価格に上乗せしても需要はあまり減りませんから、企業の利潤はあまり減りません。しかし、需要が価格の影響を大きく受ける商品の場合、消費増税によるコストをそのまま価格に上乗せすれば、需要が大きく低下して企業の利潤は大幅に減ってしまいます。

このあたりを勘案しながら企業は価格戦略を遂行しており、このことを明確にするためにも、消費税内税方式にして、価格への転嫁の程度や時期は各企業に任せることとすれば、景気へのマイナスは緩和されると思います。

●負担増を相殺する財政措置としての社会保障バウチャー

第三の理由として、消費増税時に、その景気への影響を相殺するような財政措置が採られず、負担増だけが裸で講じられていることが挙げられます。ちなみに、税率3%で消費税を導入した1989年度は、同時に、所得税、法人税等の直接税の減税などで、総額9.2兆円の減税を行い、消費税の導入などの増税との差し引きで、全体では2.6兆円のネット減税となりました。日本経済はこの大型減税のあと、バブルの様相を強めていきました。

「松田プラン」も、前回その6で触れた「スモール案」もそうですが、消費増税時には10兆円の歳出拡大を組み合わせることとしています。もちろん、消費税導入時の税制改革のような恒久的減税措置とは異なり、この財政措置は増税の年度だけ講じられるものですが、2%税率アップによる概ね5兆円の負担増の2倍の規模ですから、増税時の景気への打撃を回避するには十分な措置でしょう。

 松田プランでは、この10兆円を、「社会保障バウチャー」の国民への配布の財源にすることを考えています。各国民のマイナンバーにポイントを打ち込み、これを社会保険料、医療や介護や保育料などの自己負担分に、いつでも使えるようにすれば、単なるおカネの配布だけではなく、国民は将来にわたる安心も得られます。

こうした安心の蓄えがあれば、人々は消費へより多くのおカネを振り向けられることになりますから、景気への好影響も一時的なものにとどまらないことになると思います。

この永久国債オペによって、従来は、新規国債発行のうち10兆円分が、国債償還のための定率繰入として過去の債務処理に充てられる「ストックからストックへ」のおカネの流れだったのが、民生に直接充てられる「ストックからフローへ」のおカネの流れへと変換されます。

スモール案では永久国債オペは消費増税の年度に限定していますが、そうした限定を外して日銀保有国債の大半(300兆、あるいは450兆規模)で実施すれば、そこから社会保障バウチャー支給分を差し引いた金額だけ、国債は事実上、消滅することになり、ストック面からの財政再建効果も確定することになります。

ただ、この場合、前述のように、日銀のバランスシートが巨額な規模へと拡大したままとなり、それが永続することへの抵抗感が残るでしょう。これについて、私は出口策を用意していますが、それをご理解いただくためには通貨の仕組みについての根本的な議論が必要です。稿を改めて論じたいと思います。

 

松田学のビデオレター、第83回は「永久国債~景気を腰折れさせない消費税率アップのテクニック」

[H30/4/5]国損を招いている森友学園キャンペーン・財政規律と永久国債」

チャンネル桜45日放映。

 こちら↓をご覧ください。

 

 

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