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日本を夢の持てる国へという思いで財務省を飛び出しました。国政にも挑戦、様々な政策論や地域再生の活動をしています。21世紀は日本の世紀。大震災を経ていよいよ世界の課題に答を出す新日本秩序の形成を。新しい国はじめに向けて発信をしたいと思います。


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保守とは何か?リベラル革新とは何なのか?~政党政治の対立軸の再整理を~松田学の論考~

 

 総選挙を経て安倍政権一強体制が強まった日本の政界、国会では立憲民主党が対決型、希望の党が提案型を演じているようです。

 しかし、そもそも各政党は日本のどのような未来を目指しているのか、それがみえていなければ、国民にとっては不毛な国会論戦ですし、政党政治への不信は払拭されないと思います。

 

●野党で繰り返される離合集散の歴史

 1996年9月の解散で、自民党に対抗するために新進党ができ、98年にリベラル派が民主党を作りました。今回は10月の総選挙に向けて、そうした政界再編が一気に一週間で行われ、希望の党はネオ新進党、立憲民主党はネオ民主党のようなものかもしれません。

 強い自民党に対抗しようとして第二保守党を作ると、そこから漏れた中道左派、リベラル派は対自民勢力として固まろうとします。分かれては対抗できないから一緒になりますが、また分裂する、日本の野党再編はその繰り返しでした。

 自民党に対抗できる政権交代可能な野党が生まれて二大政党制を営んでいくためには、これまでの「保守対リベラル革新」とは異なる対立軸が必要だと言われて久しいです。

 想起するのは、民主党が政権を取る以前のこと、当時の民主党代表だった岡田克也氏が言論NPOのフォーラムで、冷戦体制崩壊後はイデオロギー対立がなくなり、政策面で政党間の対立軸はなくなったと述べていたことです。

 では、自民党との違いはどこにあるのか?同じ政策でも、どちらの政党がよりクリーンなのかに違いがあるというお答えでした。それでは、有権者が政治に真摯で持続的な関心を持っていくのは難しいでしょう。

 今回、民進党議員の希望の党への合流を目指した前原誠司氏は、政界からリベラル勢力を一掃して、建設的な二大保守政党政治の実現を目指していたのかもしれませんが、小池発言を機に、逆に、立憲民主党が野党第一党となる結果となり、それは失敗に終わりました。

 ある世論調査によれば、日本では国民の6割が政党政治に期待出来ないとしており、国会への信頼は落ち、自衛隊、警察といった実行力のある組織が信頼を得ているようです。

 ただ、こうした政党政治の行き詰まり状況は日本だけではありません。政党政治の閉塞感がトランプ大統領を生み、英国ではEU離脱に至ったように、各国でも政党政治は流動化しています。どの国でも、政党が民意を適切に吸収して、責任ある政治の次元へと民意を昇華させる機能を果たせていないようです。

 これは世界的にみて、エリートやインテリ層の知的怠慢による面も大きいのかもしれません。その中で、対立軸といえばポピュリズムになってしまいます。

 しかし、欧米では、既存の政治に対する不満が新たな政治勢力へと向かうのに対し、日本では政権の継続という結果になっています。恐らく、その違いは、日本では欧米ほどの経済格差が無いということかもしれません。

 日本の政権与党も、格差是正にもそれなりに注力し、介護や子育てなど社会保障を成長戦略に位置付けた「新3本の矢」を打ち出したり、野党の政策(同一労働同一賃金など)を巧みに取り入れ、争点を消してしまう「抱きつき作戦」をするなどで、明確な対立軸の余地を野党に与えてこなかったといえます。

 そもそも現実主義に立てば、最大多数の最大幸福とは多くの場合、一つの答えに収斂してくるという面があるかもしれません。確かに、イデオロギーの終焉の時代にあって、対立軸を描きにくい社会になったということはいえそうです。

 

●本来の政党政治の姿は…

 本来、政党政治とは、それぞれの政党が国や社会のあり方についての理念を掲げ、いわば国の未来選択を競い合うことで有権者の信任を獲得していく営みであるはずです。

 それぞれの理念には、それを実現する全体システムの設計思想があり、その設計思想のもとで個別の社会システムや政策分野において、理念を実現するための設計図が描かれ、さらにそのもとで、それらを実現する政策手段が提示される、その一連の全体が体系的、整合的に示されることで、有権者が未来選択を行えるようになる。

[第1図]

 こうした政策体系の競い合いこそが、政権選択選挙の総選挙の姿であるべきものです。

  「理念」としてこれまでよく言われてきた対立理念を例示したのが[第2図]です。私自身は、どうもこうした二律背反的な対立軸を理念として掲げた政治では課題解決には至らないと考え、これらをアウフヘーベンした、もう一つの軸を創造的に描いていかなければならないと考えていますが、それは別の機会に論じることにします。

[第2図]

 「政党間のイデオロギーの差が大きいほど有権者の投票参加が促される。」というのは、米国の政治経済学者アンソニー・ダウンズが半世紀以上前に述べた言葉だそうです。ただ、これからの時代において創造的な選択肢を生み出していくには、これまでのような「保守対リベラル革新」が対立軸として果たしてふさわしいのか。以下では、そもそも「保守」とは何なのか、「リベラル」とは何なのかを考えてみました。

 

●リベラリズムの系譜と対立軸としての保守

  「リベラル」といえばリベラリズムであり、その語義は「自由主義」ですが、リベラリズムの原点を探ってみると、19世紀の英国の哲学者ジョン・スチュアート・ミル(John Stuart Mill)が唱えたリベラリズムとは、[第3図]のように、個人の自立性という意味での自由主義と、個人の生存と自由を守るための福祉国家的リベラリズムの2つの意味があったそうです。

[第3図]

 個人の自立という古典的な自由主義を保障するためにこそ、福祉国家的リベラリズムが唱えられ、これがニューリベラリズムとなったわけですが、結果として、公共の福祉の名のもとに国家や官僚機構が肥大化していき、ハイエクなどの流れでもあるネオ・リベラリズムが新自由主義として対立軸となっていきました。

 実は、同じ自由主義でも、その意味は多義的であり、ましてや、その対立軸とされる保守主義とは何なのかも、言葉の使い方によって差異があり、両者の対立軸は必ずしも明確ではありません。そのことを示したのが[第4図]です。

[第4図]

 同じ自由主義の中にも、自由放任型と国家干渉型の対立軸がありますし、米国では自由主義とは社会主義にもつながる概念とされ、これを拒絶するものとして現代保守主義としての新自由主義が台頭してきました。

 冷戦期のイデオロギー対立の時代は、資本主義とは保守であり、社会主義が革新であるというように対立軸は明確でしたが、これが崩れた今や、リベラルも保守も、その定義はますます曖昧になっています。

 リベラルとは、権力側から特定の価値を押し付けられず、干渉を受けないとする立場であり、それと対立するのは保守ではなく、パターナリズム、つまり、国民生活の細部にわたって権力側が面倒をみるという父権的干渉主義であるという考え方もあります。

 また、保守とは、フランス革命を生んだような合理主義的で近代主義的な左派に対立するものとして、何が真に合理的で正しいのかは神のみぞ知るであり、人間の知性には限界があるとして、常識や経験値や慣習を重んじる立場なのだという考え方もあります。

 経済政策では、リベラルが「大きな政府」、保守が「小さな政府」とされることが多いようですが、日本では保守とされる自民党が公共事業を推進する政党であることに、米国人は驚くようです。かつて米国で民主党政権のもとに公共事業を推進したニューディール政策が有名ですが、結果として「ニューディール」という言葉自体、米国ではリベラル派が使う言葉になっているようです。

 日本ではリベラルとされる民主党が「コンクリートから人へ」で公共事業の大幅削減をしました。この面をみても、保守とリベラルの区別は曖昧です。

 

●保守とリベラル革新を再定義すると…

 これまでの政治の流れを踏まえて、ここであえて保守とリベラル革新の違いについて再定義を試みると…、

 リベラル革新とは、世界的に普遍的な共通理念に向けて人類社会は進歩していくのであり、この絶対的に正しい真理の実現に向けて、どの国もが進歩の途上にある。国ごとにみられる相違は、その進歩の程度の差異を反映するものである、という考える立場。

 これに対して、保守とは、各国(や各地域)には、それぞれ異なる固有の歴史や伝統、個性があるのであり、そうした歴史の連続性と国や地域の固有性を重視する立場。

 概ね、このような分類をすると、両者の違いが分かりやすくなると思います。

 例えば、マルクス主義が想定したように、どの国も様々な矛盾をアウフヘーベンしながら、最終的には共産主義という人類共通の理想を実現した社会に行き着くという考え方は、リベラル革新の立場を分かりやすく説明するものでしょう。共産主義以外にも、人権や平等、博愛といった理念的価値を絶対視する立場である場合もあると思います。

 これに対して保守は、確かに人間が考え出した理念は理念として大事だとしつつも、そもそも神ならぬ人間は真理とは何かを規定できる存在ではなく、それを絶対視せずに、過去から営々と営まれてきた慣習的文化伝統にこそ人間社会の知恵があるということを、より重んじようとする立場だといえます。

 よく、保守は国家というものを大事にする立場だとも言われますが、それは、それぞれの国家の固有性や歴史性を重視するからこそ、国家それ自体に個々の人間を超えた独自の価値を見出しているからだといえるでしょう。

 ここで重要なのは、国家には伝統的民族共同体としての国家と、統治機構としての国家という、二つの意味での国家があり、それらを区別して考えるべきだということです。この区分けのもとに、保守は、さらに、現実的保守と改革保守の二つの立場に分かれます。

 つまり、保守とは本質的に、伝統的民族共同体としての国家を大事にする立場ですが、そこから、改革保守、すなわち、伝統的民族共同体としての国家を守り、発展させていくためにこそ、その手段であるともいえる統治機構としての国家は大胆に変革しようとする立場と、現実的保守、すなわち、同じく伝統的民族共同体としての国家を重視しつつも、必要な改革は漸進的、現実的に進めていこうという立場の二つに分かれると考えられます。

 現実的保守が、長年、官僚機構や地方組織、あるいは各種利益団体等から支えられてきた自民党であり、改革保守が、いわゆる第三極、具体的には、かつてはみんなの党、維新、次世代の党だといえます。一応、希望の党は改革保守を標榜して総選挙を戦いましたが、本当にそうかどうかが分かるのはこれからでしょう。

 [第5図]に上記の分類を示しましたが、同じ図の右側に示したのが、私がもう一つ考えられるのではないかと思う対立軸です。

[第5図]

 

●権利義務の国民間での均衡か、権利と義務(責任)の均衡か、権利を超えた責任か

 これは、国家と国民との間での権利と義務(責任)というものを軸にした分類です。

 各国民は国家に対して自らの権利を主張し、国家から権利を与えられている一方で、国家に対する義務も負っています。分かりやすいのが「受益と負担」でしょう。国から社会保障などの行政サービスを受ける権利が国民には与えられている一方で、そのための納税などの義務が国民には負わされています。

 これについて、こうした権利・義務について、その国民の間での配分における均等を重視するのがリベラル革新だとすれば、権利と義務(責任)の間の均衡を重視するのが保守ではないかとも考えられます。

 財政の文脈で捉えれば、膨大な財政赤字を抱える日本では、全体として権利が義務(責任)を上回っていますが(受益が負担を上回っている)、せめて、これを均衡させようとする責任意識に、保守というものの有様を捉えたいと思う次第です。

 そもそも国家とは将来世代に向けて永続する存在であり、権利と均衡する義務や責任を果たそうとすることは、国家の持続可能性=次世代に向けた責任というものを果たそうという意味で、国家を重視する立場だと言うこともできます。

 ここからさらに私は、国家から自らに与えられた権利を超えた責任の領域を重視する立場というものを、新しい政治の軸として打ち立てられないものかと考えてきました。

 その責任というものは、国家であれ、地域社会であれ、何らかの「公」(パブリック)に対する責任であり、その領域を拡大することに価値形成と生きがい見出していくことで、豊かさやと活力、経済成長を実現していくという立場が考えられるのではないかと思います。

 

●政党政治の類型

 以上は、保守対革新リベラルという従来の考え方を前提に対立軸のあり方を考えたものですが、ポスト安倍政治の局面で求められてくるのは、こうした対立軸とは異なる新しい対立軸の創造かもしれません。

 これを創出しなければ、健全な民主主義の基礎にある、政治に対する有権者の主体的な関わりというものは実現せず、政党政治は行き詰まってしまうのではないかと思いますが、現状はなかなか難しいようです。これを示したのが[第6図]です。

[第6図]

 その詳細は改めて論じますが、最大多数の最大幸福を実現するということであれば、理念の違いはなくても正しい政策は自ずと収斂してくるものだと考えれば、有権者は自民党一党独裁にお任せということになってしまうかもしれません。

 これに対して、政権交代可能な二大政党制は、この図に書かれているように、その実現の条件が日本では全くと言ってよいほど未整備です。

 この状況を突破するものとして、私はかつて「公約党」というものを提案したことがありますが、最近では、いずれ人工頭脳が人間を上回るシンギュラリティ―の先に、政治をAIに任せてしまえば良いという議論も出てきています。こうなると、民主主義そのものが持つはずの価値を否定することになります。

 有権者の政治に対する白けや無関心の先に、民主主義そのものが崩壊していく、そのようなことがないよう、国民を魅了する新たな対立軸をどう創出するか、今後さらに議論を進めてまいりたいと思います。

 

松田まなぶのビデオレター、第74回は「対立軸なき政党政治、保守とリベラルの再整理を」

チャンネル桜11月21日放映。

 

 

 

 

 

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