松田まなぶの論点 公務員制度改革について~松田まなぶの質問のポイント~ | 松田学オフィシャルブログ Powered by Ameba

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日本を夢の持てる国へという思いで財務省を飛び出しました。国政にも挑戦、様々な政策論や地域再生の活動をしています。21世紀は日本の世紀。大震災を経ていよいよ世界の課題に答を出す新日本秩序の形成を。新しい国はじめに向けて発信をしたいと思います。

公務員制度改革について   松田まなぶの質問のポイント
                    11月27日衆院内閣委員会
(当日の内閣委員会では添付の資料1~3を松田より配布)


●「小さな政府」に向けた行政改革について
 かつて大平政権が一般消費税の導入に失敗して以降、日本では「増税なき財政再建」が30年にわたって続けられてきた。今回の消費増税は初めてのネット増税。これまで、国民負担増への国民の理解を得るためには、徹底した歳出削減、ムダの削減が必要との考え方のもとに、行革が継続。
 他方で、行革の名のもとに、自民党政権も民主党政権も、ポピュリズム(人気取り)に走った官僚バッシングをしてきた。それは、政治が課題から逃げるときに決まってなされる手法だった。
 そして、量的な意味での「小さな政府」に向け、どの政権も、そして多くの政党が行政改革として行政スリム化を掲げてきた。
 しかし、事実をみると、日本は量的には先進国の中でもほぼ最小の「小さな政府」である。

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        「添付資料1」

 添付の資料1をよく見てほしい。そこには先進国中心に34カ国が加盟するOECD諸国のうち、統計比較が可能な国々の中で比較した客観的な数字が出ている。
 例えば、総労働力人口に占める一般政府雇用の割合は日本は6.7%と、OECDの33カ国の中で韓国に次いで下から2番目であり、日本の公務員数の割合はほぼ最小である。一般政府の雇用者報酬の対GDP比は日本は6.1%と、OECDの33カ国の中で最低であり、日本の公務員人件費は先進国中で最も安上がりになっている。

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        「添付資料2」

 添付の資料2は、公務員数について、国家公務員、政府企業職員、地方政府(自治体)職員、軍人・国防職員の合計で、人口千人当たり公務員数を比較したもので、G5の先進国の中でも日本は最も「小さな政府」である。
 政府は、国の行政機関の定員につき、平成18年度から22年度までに5%以上の純減目標を立てたあと、平成22年度から26年度までの5年間に10%以上の合理化目標を立てており、すでにOECD諸国の中で最も低い総人件費のGDP比は、平成27年度には17年度の2分の1になるとの目標設定をしている。
 これは、世界で最も「小さな政府」を世界に例を見ない「極小の政府」にしようとしているということになる。

(問1 対稲田大臣) 安倍政権は公務員定数や人件費の削減といった量的な意味での行革の意味やその方策について、どのように考えているのか。

●「機能する政府」と公務員改革
 私は何も、行政のさらなるスリム化に反対しているのではない。雑巾を絞りに絞ってきた今や、それはそれほど簡単なものではなくなっており、よほどの覚悟が必要だということ。
 つまり、「小さな政府」をさらに「極小の政府」にするには、例えば、マイナンバー制度を活用して給付付税額控除を構築し、所得の再分配を社会保障給付ではなく、税の還付で行う方式に大転換すれば、その人員削減効果は相当大きなものになろう。そのように新しい仕組みを入れて行政システムそのものを大改革することが必要になっており、それでこそ、大きな行革効果を生む。
 だからこそ、日本維新の会は、既存の諸制度の抜本的組み替えを「改革」として提案している。
 いずれにせよ、政府の量的削減は質的改革を伴わなければ限界に達している。
 その実現のためには、政府の機能は何かを再定義し、その観点から見えてくる無駄があれば削り、逆に不足があれば増やす、そうしたメリハリ改革がこれからの論点。
 例えば、調達部門は日本の防衛省と米国のとペンタゴンとでは人員が一桁違う。日本の行政は人員が手薄で設計能力に欠け、公共事業ではゼネコンに丸投げしていると聞く。米国のSEC(証券取引委員会)や金融検査部門も、日本より一桁、人員が多い。
 日本が量的には小さな政府で機能できたのは、戦後の「官民協調体制」。税務における源泉徴収事務が最も分かりやすい。これは民間企業が政府の行政機能の一部を請け負ってきたもの。
 原則自由・例外規制の事後チェック型行政にすると、必要な公務員数は増えるかもしれない。
 「大きな政府か小さな政府か」は意味がなく「機能する政府」という視点で考えるべき。公務員制度も、政府が目指す目的を実現する手段として位置づけ、手段としての機能性を高める質的な行革として公務員制度改革を捉えるべき。
 そのような論理立てで今般の改革法案を説明するに際し、稲田大臣が趣旨説明で「我が国の課題を克服し、強い日本を取り戻すため、政府の総合的な人材戦略が急務」とした説明だけでは不明確。それは「永遠に正しい真理」であり、永遠に成り立つテーゼは現実的な答にはならない。意味ある答は、そのテーゼのもとで、現在の特殊状況に即した「状況特殊的」なソリューションにある。
 例えば、日本維新の会が提唱しているような「統治機構の改革」を行いやすくするために、内閣官房に人事機能を集中強化するという説明なら、一つの説明になる。

(問2 対稲田大臣) 政府の機能のあるべき姿をどう描き、それを実現する上で公務員制度のどこが問題であり、今回の法案で、それをどのように是正することで、政府をどのように機能させようとしているのか。このような論理立てて改革の基本的な意味を説明してほしい。

●改革の根底にある基本思想
 公務員制度の機能性を高める共通の視点は、①政治に対する応答性、②公務への優秀な人材の確保。今回の法案も、この2点に対する答えを出そうとしたものと理解。
 本来、この2点を高める手段は一律には決まらない。公務員制度の設計思想によって異なってくる。そして、一国としていかなる設計思想を採るべきかは、そもそも公務の役割をどう規定するのか、そして、その国の置かれた状況、中でも、その国の労働市場の特性などの事情によって異なってくる。
 特に、終身雇用制か、流動化された労働市場か、いずれを前提とするのか。

(問3 対稲田大臣) 公務員制度については次の(A)、(B)2つの相対立する設計思想があるが、今回の改革は、いずれの立場に軸足を置いているのか。(A)「官も民もその能力は共通の尺度で測ることができ、官と民が相互に出入りすることが国全体としての人材活用になる」。(B)「官の職務は民間とは異なる特殊なものであり、官に奉職する者は終身公務員として生涯をその分野の公務に捧げるべきである」。

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 これらはそれぞれ、それを担保する仕組みがなければ機能しない。
…(A)が成り立つためには、その国の労働市場全体が十分に流動的である必要。「リボルビングドア」が成り立つよう、官の外側の社会に受け皿が必要。
…(B)が成り立つためには、生涯にわたる公務員の生活保障が必要。そうでなければ、良い人材を公務に確保できない。
 民間も終身雇用制の日本では、(A)を採る条件が成り立たず、大卒の段階で人材をプールする必要があり、(B)が採られてきた。
 それを担保する退官後の生活保障の仕組みが「天下り」だった。
 それによって退官後の生活を保障するのに必要なコストを民間と分かち合って公的負担は安上がりなものにしてきたのが日本。
 「天下り」が問題であるとする論理を優先するならば、選択肢は2つ。
…(A)の側面を重視すれば、日本の労働市場全体を流動性の高いものに改革しなければならず、そのために、公務の分野にとどまらない日本全体のシステム改革を行う覚悟が必要。
…(B)の側面を重視すれば、公務員の定年延長や退官後の生活保障など、それなりの国民負担の増大を覚悟しなければならないことになる。
 
●「天下り」問題をどう考えるか
 この(B)についてだが、ドイツには手厚い恩給制度。退官後に最終官職の7割近くの恩給が生涯、支給される。日本にもかつては恩給制度があったが、現在は年金制度しかない。

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        「添付資料3」

 資料3は、国家公務員の退官後の所得保障を国際比較したもの。退官後に受け取る年金等(退職金を年金換算した額を含む)の額が、最終官職時に比してどの程度か(退職給付代替率)をみると、日本の場合、G5の他国に比べて、特に高級官僚になればなるほど、かなり低い水準であることがわかる。日本の公務員の場合、ここに含まれている退職金が手厚いが、それも近年、大きく削られる流れにある。
 結果として、日本の官僚にとって、退官後の再就職先をどうするかは大きな関心事にならざるを得ず、霞が関は「退官後の生活保障共同体」になってきた。その結果、「天下り」の問題が生じ、官僚は退官後のポストを保証してくれる自らの省庁の権益を大きくすることに専念し、国益よりも省益を優先することになったもの。
 「天下り」を省庁のあっせんによる退官後の再就職と定義すれば、省庁のあっせんが禁止された今や、「天下り」はなくなったとも説明される。
 日本では、すでにかつての事前的な再就職規制は基本的になくなり、今は、再就職後の出身官庁に対する働きかけなどの事後的な行為規制のみとなっているが、政府は人材活用のためには再就職フリーという考え方に転換したのか。
 しかし、省庁のあっせんによらない再就職も「天下り」と現在も批判を受けている。これをどう考えるかも今後の課題。

(問4 対稲田大臣) 省庁の斡旋さえなければ公務員の再就職は自由と考えるのか、「天下り」問題に対する基本的な考え方如何。

 「問題の裏返しに答はない」目前の矛盾の背後に「主要矛盾」。→与えられた環境条件の中で合理的な行動を迫られた結果が、今の弊害。環境条件そのものを変えなければ永遠のモグラ叩きに。
 この点、恩給があるドイツの公務員はそもそも再就職のことを考える必要がないとも思われるが、実際に、民間などに再就職する事例はないのか。先の内閣委員会の出張に際し、連邦内務省の公務員制度担当局長に質してみたところ、次のような回答だった。
 「およそ公務員たる者、公務で培った能力や知識、経験は生涯、公共のために捧げるべきであって、これを民間企業の営利に活かそうというのはあってはならないこと。恩給制度があるから、ドイツの公務員は退官後の再就職など考える必要がない。」
 ドイツの場合は設計思想(B)を選択し、そのコストを恩給という形で国民が負担することになったもの。そこにあるのは、コストをかけてでも論理を優先しようとする姿勢。
 日本の場合、かつては(B)が採られ、それを担保するものが「天下り」だったが、それが維持できなくなり、(A)への転換を迫られている。そのためには、民間も含めた日本全体の労働市場の大改革が必要だが、それを政府自らが率先してやろうというのが、公務員改革の一つの柱になるべき。

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●答は「プロフェッショナル」型の公務員像にあり。
 日本維新の会は(A)を設計思想としている。だから、日本の社会システム全体の大きな組み替えを「改革政党」として提唱している。雇用規制の改革もそう。
 これまでの公務員制度改革は、①政治への応答性を高める、②公務に優秀な人材を確保する、の2点がポイント。しかし、優秀な人材の確保とは各分野の専門性とも絡み、応答性と専門性は相矛盾する面。その両者をどう調和させるかが改革の大きな論点。
 日本維新の会は「維新八策」で「公務員を身分から職業にして、人材流動化」→「省益のためでなく国民全体のために働く行政」が実現、を謳っている。
→この維新の考えに即したソリューションは、プロフェッショナリズムにある。
…スペシャリストとは違う。プロフェッショナルとはプロフェス=信仰を告白する語源。西欧では聖職者、弁護士、医師が「古典的プロフェッション」として認められてきた。一定の学問体系に基づいて、その分野の使命を果たすために社会に価値を創造する職能集団。いま属している組織のためというよりも、組織を超えて世界共通のプロトコールに基づいて行動。
⇒公務も、省益という組織を中心にした専門性、能力発揮ではなく、プロフェッショナリズムを軸にしたそれに転換すべき時代。
 もはや社会全体がそれを求めている。民間の雇用もそう。企業にすべてを捧げる「社畜」でなく、まず自分の人生があって、それを実現する場として企業を捉える。
 プロフェッショナルたちが求めるのは公務員という身分ではなく、マネーならマネーの分野で、時に政府で、時にシンクタンクや大学で、ときにビジネス界で、国家のマネー戦略を追求。興味があるのは公務なら財務省か金融庁。
 そういう人材にとっはリボルビングドアと言っても、自分が追求する分野において職業や身分を変えることになる。「餅は餅屋」。
 ならば、いま属している省庁と関連する業界なりインスティテュートなりへの転身となり、その省庁を取り巻くコミュニティーをベースにキャリア形成を考えることにならざるを得ないのではないか。
・政府の法案では、内閣人事局による一括管理のもとで、公務員の誇りの源泉は、国家公務員という身分ということになってしまう。本来は、自らのプロフェッショナリズムに対する誇りであり、それを国益のために実現する手段として公務員という立場に任用されているという論理構成であるべき。
 プロを見抜くことができるのもプロ。内閣人事局でそれができるのか。
 そもそも人事は、3~5年後の政策課題を見据え、その時に誰を局長にするか、そのために今、何を経験させておくかを視野に入れて長期的整合性のもとに実施される必要。内閣官房にそれをできるのか? 内閣の介入で、それが阻害されないか。その分野のプロなければわからないことではないか?

(問5 対稲田大臣) 今回の改革法案は、行政各分野でプロフェッショナル人材(スペシャリストとは異なる)を育成していくことに、どのように寄与するものと考えられるのか。

●公務員の政治的中立性
 プロフェッショナル型公務員は、そのプロトコールに基づいて、国家のために行動する存在。特定の政治勢力や政治家に媚びる存在ではない。
 日本で起こってきた弊害は、公務員が建前では中立としつつも、現実には政治化していたこと。政治化とは、与野党の国会議員との濃密な接触から強い影響を受けること。
 今回の法案も政治化を強める懸念がある。抜擢人事の名の下に恣意的な人事が行われる。出世を望む公務員は猟官運動に入り、政治家は公務員や省庁にその代償を求める。
 現在の制度のもとでも、官僚の行動原理は相当程度、こうなっている。有力政治家に睨まれたら終わりなのは、今でもそう。菅・官房長官に睨まれれば、とても局長にはなれないのではないか。

(問6 対菅官房長官) 内閣人事局という新組織を作り、幹部職公務員をリスト化し官邸の人事権を法定化することで、現在の実態にどのような変化が起こることを期しているのか。現在でも官邸の意向に反した各省幹部人事は難しいのが実態ではないか。

 政治任用は否定しないが、これを広く一般公務員の大量の幹部クラスに及ぼした場合、公務の中立性、プロフェッショナリズムと両立しなくなる懸念はないのか。

(問7 対菅官房長官) 今回の法案で強化される官邸主導の人事体制が、公務の中立性、政治や行政の公平性、各省庁のプロフェッショナリズムの尊重などの要請と矛盾なく両立することを、どう説明するのか。そのために、内閣人事局についてどのような運営を心掛けていくつもりなのか。

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●適格性審査?
 各省庁の幹部職公務員について、内閣人事局で作成するリストに掲載されるために「適格性審査」を行うというが、それが能力を審査するというのであれば、およそ局長になるほどの人は、各省庁で衆目の一致する人が選抜されており、能力で不適格というのは幹部職クラスにはあまり考えられない。ならば、内閣官房に対する忠誠かなのか、縦割り意識旺盛を不適格と言うのか?

(問8 対菅官房長官) 幹部職公務員の適格性審査について、官邸の立場からみて、これまでどのような「不適格」者がいた事例があるのか。各省庁で選抜された人材について、内閣人事局は何を「不適格」として想定するつもりなのか。
 
 この運用が恣意的になると、それこそ恐怖政治になり、官僚は国益のために正しいと思ったことでも何も言えなくなる。

●官僚が国益を主張する官僚であるために…常に悪役の財務省
 今回の法案は省益ではなく国益を追求する公務員へ、を掲げているが、では、通常、悪い意味で使われる「財務省の論理」は果たして省益なのか。
 とにかく財務省というのはワルい役所である。予算を削り、税を取り、常に「悪役」。ただ、民主主義にはこのような悪役が必要。「強い大蔵省」は、長い民主主義の歴史の中で英国が編み出した知恵でもある。英国では第一大蔵卿は総理大臣で、大蔵大臣は第二大蔵卿。大蔵省に特別の地位が与えられてきた。
 「あれは財務省の論理だ」と批判されるが、それは財務省がその立場として担ぐ財政健全化という論理であって、財政健全化それ自体は国益ではないか。

(問9 対菅官房長官) 「財務省の論理」は省益か、国益か。

 財務省だけでなく、政府部内には色々な意見があるべきであって、それを活発にぶつけ合うことが大事であり、各省庁それぞれの立場から、省益ではなく国益を主張することに、官僚たちが委縮してしまってはならない。最後に総理が決めて、リーダーシップを発揮すれば良い。
 
●官民人事交流…諜報部門に民間人を。
 官民人材交流は大切だが、民間の人材は役所のライン職には向かないという問題がある。
 ライン職の重要ポストにつくような官僚は政治(各党)、霞が関等の間で長年にわたって形成したネットワークを活用して仕事をすることが期待されているもの。それが必要な能力のスペック。高級官僚の仕事の大半はこうした外部との調整。現に、小泉政権では各省から官邸に入ったエースたちが、泥をかぶって調整に走ったことが政権を支えた。
 官民共通の尺度で評価可能な職種、分野につき、官僚よりも明らかに優れた民間人を活用するというのがが実効ある考え方であり、そのような分野を切り出して、その部分については積極的に民間人を登用すべきである。
 今度設立されるNSC(国家安全保障会議)や国家安全保障局は結局、外務省や防衛省の情報に依存せざるを得ない。しかし、外務省には失礼ながら、外務省の情報機能は心もとなく、本当の情報はないと言われる。外務省は二次情報が中心で、一次情報が少ないとされる。商社等のほうがよほど情報を持っている。
 情報収集能力を高めるため、米国等から情報をとれるよう特定秘密保護法案というのは一つの道。
 しかし、国際的な麻薬密輸情報に関わった自分の経験でも、真の情報はギブ&テイク。こちらに他国にとって価値のある独自の情報がなければ取れない情報もある。
 他方で、ヒューミント(諜報工作部員)を養成して諜報機関を創るには時間がかかり、現実的ではないのも事実。
 ならば、それこそ民間から採用すべきではないか。草の根で各国に入り込んで情報ネットワークをつくってきた人、ヒューミントができるような日本の民間人材はごまんといるはず。

(問10 対菅官房長官) 民間人材の公務への活用として、NSCが真に機能するためにも、いわゆるヒューミントに真の情報ネットワークを持つ民間人を登用すべきではないか。

●最後に
 我々は本法案について改革として不足であり後退していると考えるが、その方向には賛成。ただ、公務員制度というのは複雑であり、その改革は、ときに相互に矛盾する様々な変数が入り乱れた複雑な連列方程式を解くようなもの。
 特に、この法案で新たに設置される「内閣人事局」がどう運営されるかが、改革が遺漏なく成功する上で極めて重要。
 官邸が高級官僚の人事権を握るようになれば、官僚たちの自らの地位の源泉は官邸や特定の政治家ということになるから、官僚の側に「俺が俺が」が蔓延したり、役人が党派的色彩を強めたりする懸念がある。今回、人事院の機能は低められることになるが、戦後の人事院のシステムは、戦前においてこうした弊害が目立つようになり、それが日本が戦争に突入する遠因にもなったとの反省をも踏まえてできたものと聞いたことがある。
 内閣人事局を実際に所管することになる官房長官としては、そのような様々な点を十分に踏まえておかねばならないのであり、実際の運営に当たって心得るべき点について要請と確認をさせていただいた。