☆精液暴露は新鮮胚移植の妊娠成績を改善しない:ランダム化試験 | 松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

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本論文は、精漿(精液)暴露は新鮮胚移植の妊娠成績を改善しないことを示したダブルブラインド試験です。

 

Fertil Steril 2024; 122: 131(スウェーデン)doi: 10.1016/j.fertnstert.2024.02.002

Fertil Steril 2024; 122: 76(米国)コメント doi: 10.1016/j.fertnstert.2024.04.021

要約:2016〜2021年にスウェーデンのひとつの施設でART治療(体外受精、顕微授精)を実施する792組の夫婦を対象に、ランダムに2群に分け(精漿暴露群393組、対照群399組)妊娠成績を前方視的に比較しました(女性の平均年齢はそれぞれ、31.8歳と32.0歳)。対象は女性不妊、男性不妊、原因不明不妊を含み、採卵1~3周期目としました。卵巣刺激はロング法かアンタゴニスト法(90.4%)とし、新鮮胚移植は2日目(54.5%)、3日目(15.2%)、5日目(31.3%)に行いました。採卵当日に、精漿暴露群はパートナーの精漿(精液)後膣円蓋部に塗布し、対照群は生理食塩水を塗布しました。なお、患者夫婦も医師もグループ分けについて知らされませんでした(ダブルブラインド)。また、被験者数は、出産率に10%の有意差を見出すのに必要な患者数が各群380名であることから決定しました。移植日、女性年齢、受精卵数で調整後の修正オッズ比は下記の通り、全ての項目に有意差を認めませんでした。

 

        精漿暴露群  対照群  修正オッズ比(95%信頼区間) P値

妊娠判定陽性率  35.4%   37.3%    0.93(0.78〜1.10)    NS

臨床妊娠率    28.8%   33.6%    1.00(0.97〜1.03)    NS

出産率      26.5%   29.8%    0.86(0.70〜1.07)    NS

NS=有意差なし

 

解説:1980年代以降、精漿(精液)暴露がART治療の着床率を改善することが示唆されてきました。精漿には炎症性サイトカイン(IFNɣ、IL6、IL8など)や、免疫寛容を高める因子(TGFβなど)など、子宮内膜の受容性を変化させる因子が含まれることが示唆されています。2つのメタアナリシスでは、プラセボと比べ精漿の方がわずかではあるが有意に高い臨床妊娠率を示しましたが、出産率に有意差は認められませんでした。ランダム化試験はわずか4件ですが、臨床妊娠率の定義がそれぞれ異なっていました。本研究はこのような背景のもとに行われたダブルブラインド試験であり、精漿(精液)暴露が妊娠成績を改善しないことを示しています。

 

コメントでは、ART治療における妊娠率改善のため、自然妊娠で自然に生じるすべてのイベントの分析が進められ、精液曝露の役割が長年研究されてきましたが、着床に最適な子宮内膜の状態は完全には解明されていません。本研究の長所は、大規模な症例数によるダブルブラインドランダム化試験であるため信頼性が高いとしています。

 

医学研究は、賛成派と反対派の勝負(論文の出し合い)があり、最終的に決着がつきます。勝負の途中経過では結論は出ていませんのでご注意ください。賛成派である下記論文①②は症例数がどちらも9名と大変少ないものです。一方、反対派である本論文は出産率に10%の有意差を見出すことを前提にした研究であり、もしかすると5%の有意差を見出す症例数で検討すれば有意差が出るかもしれません。

 

下記の記事を参照してください。

①2024.6.19「☆ヒト生体内で初めて精液暴露による着床率増加の根拠が見つかる」:種を超えて、免疫応答、細胞生存、細胞増殖、細胞移動、着床、胚発生、卵成熟、血管新生などに関する子宮内膜の遺伝子変化を証明

②2020.5.17「☆精液暴露による着床率増加の根拠」:in vitroで子宮内膜の脱落膜化を証明

2013.1.23「☆☆☆不妊クリニック通院前にして欲しいこと

2012.11.29「体外受精のあとにも性交を!

2012.9.23「☆排卵後の性交は意味がない?