山火事による大気汚染で胚盤胞発生低下!? | 松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

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生殖医療に関する正しい知識を提供します。主に英語の論文をわかりやすく日本語で紹介します。

本論文は、山火事による大気汚染で胚盤胞発生が低下することを示しています。

 

Fertil Steril 2024; 121: 842(米国)doi: 10.1016/j.fertnstert.2023.12.026

Fertil Steril 2024; 121: 791(米国)コメント doi: 10.1016/j.fertnstert.2024.03.001

要約:2020年のオレゴン州の山火事の6週間前から山火事の10日後までにART治療の卵巣刺激を受けていた患者あるいは培養室で大気汚染に曝露した胚を対象に、前者は卵巣刺激中に少なくとも4日間暴露したものとし、後者は培養中に少なくとも2日間の暴露としました。非曝露群は、明確な曝露のない残りの患者で、山火事前の6週間以内でART治療受けていた患者としました。合計69名のうち、卵巣刺激中暴露16名、培養室曝露15名、非暴露44名でした(6名は山火事暴露と実験室曝露の両方)。結果は下記の通り(有意差のみられた項目を赤字表示)。

 

        培養室曝露   P値   非曝露    P値   卵巣刺激中暴露

成熟卵数     8.3個    NS    10.7個    NS     8.9個

受精卵数     6.2個    NS    8.8個    NS     6.9個

受精率      67%    NS    78%     NS     74%

胚盤胞率     50%    NS    59%     NS     63%

胚盤胞数     2.0個   0.046 <  4.5個    NS     3.5個

臨床妊娠率   67% (4/6)  NS   60% (22/37)   NS   92% (11/12)

出産率     67% (4/6)  NS   51% (19/37)   NS   75% (9/12)

 

なお、年齢で補正後も同様の結果でした。

 

解説:オレゴン州ポートランドでは、2020年9月の山火事の煙により大気汚染が生じました。山火事前の大気質指数(AQI)は 26(良好)でしたが、山火事後はAQI 486(危険)となり、10日後に解消されました。大気汚染による生殖能力の低下を示唆するデータがヒトでも動物でも報告されています。本論文は、山火事による大気汚染の培養室暴露により胚盤胞発生が有意に低下することを示していますが、その他の培養成績や妊娠成績に影響はありませんでした。地球温暖化の影響を受け、今後も山火事が発生することが予想されますので、本論文のデータは将来の山火事発生時の対応に役立つ可能性があります。

 

コメントでは、この山火事により10万人が自宅待機となり、沿岸部ではPM2.5の危険な状態が15日間続きました。2023年カナダの山火事では、ニューヨークなどの人口密集地まで影響が及びましたので、都市部でも山火事の影響はあり得ます。本論文は、症例数が少ないこと、料理などによる室内汚染、屋外で過ごした時間、ライフスタイル、空気清浄機使用の有無、通勤方法、職業上の曝露などに関する情報が欠如しているといった問題点がありますので、症例数を増やした大規模な研究が必要だとしています。

 

大気汚染については、下記の記事を参照してください。

2023.9.19「大気汚染と男性不妊の関係

2021.8.25「大気汚染による子宮筋腫リスク

2021.5.25「停留精巣発生率は工業地域に多い

2021.3.4「☆ダイオキシン暴露による子孫への影響

2020.3.7「☆ARTによる赤ちゃんの男女比:大気汚染の影響

2019.11.5「大気汚染と妊娠:米国

2019.10.4「☆妊活中、妊娠中に気をつけること:化学物質への暴露

2019.3.4「大気汚染と流産リスク:ケース・クロスオーバー研究

2018.6.21「大気汚染と体外受精の成績

2018.3.29「初潮の頃の大気汚染で生理不順?

2018.2.11「☆大気汚染と流産の関係

2018.1.11「大気汚染による妊孕性への影響は?

2016.4.6「大気汚染と不妊症

2014.3.5「☆PM2.5よりタバコが怖い

2013.6.10「☆PM2.5で卵子が少なくなる?