不育症で抗リン脂質抗体検査は不要!? | 松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

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不育症で抗リン脂質抗体検査は不要!?

 

Fertil Steril 2023; 119: 1078(米国)doi: 10.1016/j.fertnstert.2023.03.026

要約:2014〜2021年にアイオワ大学病院を受診した不育症患者506名を対象として、抗リン脂質抗体検査を実施しました。不育症は、妊娠20週未満で2回以上の流産経験のある場合と定義しました。 なお、全身性エリテマトーデス(SLE)の女性患者199名を対照群としました。検査項目は、ループスアンチコアグラント、抗カルジオリピン抗体IgG+IgM、抗 β2GPI 抗体IgG+IgMです。 不育症患者506名中48名(9.5%)で抗リン脂質抗体陽性でしたが、12週間後の再検査で陽性だったのは13名(2.6%)でした。一方、SLE患者199名中40名(20.1%)で抗リン脂質抗体陽性でしたが、12週間後の再検査で陽性だったのは19名(9.6%)でした(両群間に有意差あり、P<.001)。少なくとも1項目が陽性だった不育症患者の抗体価は、SLE患者よりも有意に低くなっていました(38.6~48.8 IU/mL vs. 69.4~78.9 IU/mL)。抗リン脂質抗体陽性患者を1名みつけるために、不育症患者では39名、SLE患者では11名を要し、費用は72,885ドル18,554ドルを要しました。血栓の既往歴は、抗リン脂質抗体陰性(2.8%)よりも、抗リン脂質抗体陽性(15.4%)で高い傾向がありました (統計学的有意差なし、P=0.06)。 少なくとも1回の妊娠中期流産の既往歴は、抗リン脂質抗体陰性(19.1%)よりも、抗リン脂質抗体陽性(46.2%)で有意に高くなっていました(P=0.04)。 少なくとも1回の妊娠中期流産のある女性の抗リン脂質抗体陽性率は6%(6/100)であるのに対し、妊娠初期流産のみの女性は1.7%(7/406)で有意差を認めました(P=0.027)。 なお、不育症患者では、抗リン脂質抗体の陽性/陰性患者の間に、年齢、出産歴、BMIによる有意差は認めませんでした。

 

解説:抗リン脂質抗体検査は不育症患者に推奨され、広く実施されています。複数の流産経験のある患者における抗リン脂質抗体陽性率が8~42%であると報告されているからです。しかし、抗リン脂質抗体検査が標準化される前に実施された論文をもとにしたものであるため、現在の診療および検査のガイドラインに従って実施し直すべきものです。また、健康な一般集団における抗リン脂質抗体陽性率は1~5%と報告されており、不育症患者の陽性率と同等です。第14回国際抗リン脂質抗体会議タスクフォース委員会は、抗リン脂質抗体陽性と不育症の関連は決定的ではないと結論付けました。このような背景のもとに本論文の研究が実施され、抗リン脂質抗体は不育症患者全員にすべきではなく、費用対効果の高い患者集団である、血栓症の既往がある方と妊娠中期流産既往のある方であるとしています。

 

不育症のエビデンスは、PGTがない時代に作られました。また、抗リン脂質抗体も検査が標準化される前に作られたものです。今一度原点に戻って、エビデンスの再構築が必要な時期に来ています。PGT正常胚あるいはPOC(流産胎児絨毛染色体検査)正常の場合のみで、標準化された検査方法を用いて、全ての検査を再評価すべきだと思いますが、それには莫大な時間を要します。現状では、できる範囲でやっていくしかないと思います。

 

しかしながら、2021.9.14「☆Lancet誌 不育症総説3」や、2021.5.30「☆不育症管理に関する提言2021」の推奨検査に含まれている抗リン脂質抗体を、たった一つの本論文で否定してしまうのは性急すぎます。なお、日本人の不育症患者における抗リン脂質抗体陽性率は8.7%です(J Obstet Gynnaecol Res 2019; 45: 1997)ので、一般集団の2倍程度になります。