米国生殖医学会(ASRM)の機関誌であるFertil Seril誌における今回の「紙面上バトル」は、体外受精前の卵管水腫オペの是非についてです。
Fertil Steril 2019; 111: 652(米国4名)doi: 10.1016/j.fertnstert.2019.02.015
要約:体外受精前の卵管水腫オペの是非について、賛成派 vs. 反対派それぞれ2名ずつ4名の婦人科医の意見を伺いました。
賛成派:そもそも卵管因子が体外受精の当初の適応であったことを思い出してください。卵管造影検査で発見できる卵管水腫のうち34%しか超音波では発見できませんので、超音波ではより程度の強い卵管水腫を検出しているものと考えます。さて、超音波で見出された卵管水腫の方では、妊娠率や出産率が1/3から1/2に減少することが知られています。卵管水腫のオペによる妊娠成績の改善効果については、2001年以降に発表され、2010年にCochraneレビューは3つのランダム化試験から、卵管水腫オペの有効性を強く示唆しました。しかし、注意点は当時の妊娠率は現在よりも低く、複数の新鮮初期胚移植によるものでした。ここで卵管水腫による妊娠成績低下の機序を推察してみると、卵管水腫内の液体が子宮腔内に流れ込み、1)受精卵の発生を妨げる、2)子宮内膜の受容能を妨げる、3)受精卵が押し流される、可能性が考えられます。しかし、マウスやヒトの体外培養で卵管水腫の液体を混入しても受精卵の発生に変化が認められないことから、1)は否定的です。したがって、2)3)が考えられます。卵管を摘出しても卵巣機能には影響がないと報告されていますし、現在の手術のリスクは小さいものですので、妊娠成績を考慮するとオペがベストだと考えます(特に超音波で見える卵管水腫)。しかし、オペは侵襲的であり費用もかかります。オペ以外の方法として、卵管水腫を採卵時に吸引する方法と移植前後に抗生剤を服用する方法があります。卵管水腫吸引については賛否両論あり一定の見解が得られていません。吸引の数日後に再貯留してしまう方もおられます。抗生剤服用(ビブラマイシン)は後方視的検討が1論文のみあります。オペ方法は卵管摘出、クリッピング、Essureなどがありますが、Essureの有効性には疑問が残ります。
反対派:これまでに報告された体外受精前の卵管水腫オペの是非についての論文は、1990年代〜2000年代前半のものであり、2015年にまとめられた報告では379件のランダム化試験からオペの有用性は1.2〜2.7倍のオッズ比であるとしています。しかし、20年前(複数の新鮮初期胚移植)と現在(単一胚盤胞移植、凍結胚移植)の体外受精の状況は大きく変わっていますので、今一度体外受精前の卵管水腫オペの是非について再検討の余地があると考えます。ここで卵管水腫による妊娠成績低下の機序を推察してみると、卵管水腫内の液体が子宮腔内に流れ込み、1)受精卵の発生を妨げる、2)子宮内膜の受容能を妨げる、3)受精卵が押し流される、可能性が考えられます。卵管水腫を採卵時に吸引する方法と移植前後に抗生剤(ビブラマイシン)を服用する方法は現状ではデータが少ないですが、卵管の炎症が子宮に波及するのを防止することで2)を防ぐとも考えられます。細胞数が少ない初期胚と比べ、細胞数の多い胚盤胞では受精卵に対する影響が少ないと想定されますので1)の影響が少なくなると考えられますし、胚盤胞は移植後まもなく着床しますので3)の影響も少なくなると想定されます。また、初期胚移植の時期よりも胚盤胞移植の時期には子宮収縮が少なくなっていますので、卵管水腫内の液体が子宮に流入するのも少なくなると推定されます。胚盤胞移植の時期に子宮内に液体貯留が認められるのであれば、オペを行うことも正当化されるでしょう。しかし、そのほかの条件がどのような場合にオペすべきかは検討の余地があると考えます。オペには少ないですがリスクもあります。婦人科の腹腔鏡手術で腸管損傷のリスクは1/769、腸管損傷の発見が遅れた場合の死亡率は1/31です。また、米国では、オペの費用が高額で1〜2万ドル(110〜220万円)かかりますので、費用対効果を考慮する必要があります。これは、ご自身で加入の保険でカバーできる方と全て自費の方で変わってきます。最近、卵管水腫と慢性子宮内膜炎の関連を示唆する論文が報告されましたので、卵管水腫が存在していても慢性子宮内膜炎の治療をすれば着床には影響しない可能性も推測されます。
解説:過去の「紙面上バトル」との大きな違いは、両者の考え方は極めて似ていることです。皆さん同じ論文を読んでいるのですから、それをどう解釈して実際の臨床に役立てるかが重要です。賛成派は過去のエビデンスを重視しており、反対派は今後のエビデンスの再構築に期待しています。反対派のエビデンスはありませんので、全て推測の域を出ませんが、新しい考え方として興味深いものがあります。米国と日本の医療の事情も異なりますので、費用の部分を無視すると、現状では体外受精前の卵管水腫オペに関して、複数の新鮮初期胚移植の場合はオペすべき、単一胚盤胞移植、凍結胚移植の場合には子宮内に液体貯留が認められるのであればオペすべき、そうでなければ不明となります。ただし、どのような場合でも慢性子宮内膜炎の検査は必須です。
下記の記事を参照してください。
2016.9.11「卵管水腫には腹腔鏡手術かEssureか?」
2016.8.21「卵管切除による卵巣機能低下は?」
2016.4.17「☆正常胚が着床しないのは何故? その2」
2014.10.30「☆卵巣癌のリスクを減らす方法」
2014.3.10「卵管摘出の新しい意義」