☆正常胚が着床しないのは何故? その2 | 松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

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生殖医療に関する正しい知識を提供します。主に英語の論文をわかりやすく日本語で紹介します。

2016.4.12「☆正常胚が着床しないのは何故? その1」では、卵子や胚の細胞質異常とそれに関与する因子を取り上げました。本論文は、正常胚が着床しない場合の可能性として、子宮内環境(着床環境)について述べたものです。

Fertil Steril 2016; 105: 841(米国)
要約:妊娠、出産が成功するためには、下記の条件が必要です。
1 適切な場所に胚が存在すること(胚の移植位置、胚が移動しない)
2 子宮内膜が着床できる状態であり、胚の成長速度と同期していること(着床の窓の一致)
3 子宮の形態や機能が適切であること
4 着床や胎盤形成を妨害する因子がないこと、着床に必要な因子の欠損がないこと

このような観点から、正常胚が着床しない子宮内膜側の要因として、下記のものが考えられます。
① 子宮内膜症
② 卵管水腫
③ 粘膜下筋腫
④ 慢性子宮内膜炎
⑤ 適切な位置へ移植できていない
⑥ 移植した胚が移動する
⑦ 着床の窓のズレ
⑧ その他

解説:体外受精が実施されて間もない頃、妊娠率アップの方策は、複数の胚を移植することでした。今では信じられませんが、3~5個移植が行われたことがあります。しかし、現在では、多胎妊娠を防ぐという観点から複数の胚を移植するのではなく、単一胚で如何に成功率を上げるかが重要なポイントです。子宮内膜と胚の対話(クロストーク)や着床環境について検討されています。

①子宮内膜症では着床率は変わらないとする報告と、低下するという報告があります。②卵管水腫と③粘膜下筋腫は、着床に必要なHOXA10を抑制することが報告されています。④慢性子宮内膜炎は、最近のトピックスですが、現在の日本では検査できる施設が限られています(CD138免疫染色以外の方法では検出ができません)。⑤適切な位置へ移植するためには超音波ガイド下での移植が必要です。⑥移植した胚が移動してしまうかどうかは、着床期の子宮収縮検査(エコー動画検査)で判断できます。⑦着床の窓のズレは未だ研究段階ですが、当院のデータでは胚移植で妊娠された方の2.6%に着床の窓のズレが認められました。ERAテストは未だ不確実な検査と考えています(およそ30%の方は検査通りに移植しても妊娠していません)。また、ホルモン補充周期と自然周期の優劣、あるいは黄体ホルモン剤である膣座薬と注射の優劣は結論が出ていません。おそらく、個人個人で合う合わないがあると思います。⑧その他着床におけるビタミンD濃度や甲状腺機能の関与も報告されています。このように、着床環境については、まだまだわからないことが沢山あります。逆に言えば、何もわかっていません。したがって、チャレンジの段階です。なかなか上手くいかない方には、①~⑧を潰していく作戦が有効だと考えます。正常胚の70%しか着床しないというデータからも、胚の因子だけではないことは疑いのない事実だと思います。