PGSの臨床的有用性は? | 松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

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生殖医療に関する正しい知識を提供します。主に英語の論文をわかりやすく日本語で紹介します。

本論文は、PGSの臨床的有用性について、数式を用いて計算したものです。

 

Fertil Steril 2017; 108: 228(米国)

要約:現在実施されているPGSは完全なものではありません。ごく少量のDNAを増幅して分析する手法にはエラーを伴います。特にモザイクに関しては、サンプル採取の際のエラーが起こり得ます。細胞分裂の際にはある一定の確率でエラーが生じますので、受精卵の一つ一つの細胞は完全に同一ではありません。つまり、正常胚であるにも関わらず、たまたま異常な部分を採取してしまった場合があります(本来なら後に自然淘汰される細胞です)。また、細胞採取や凍結融解操作による胚へのダメージもあります。

 

35歳未満で、PGS未実施の4BB〜4AA胚を一つ移植した場合の着床率は50%、PGS正常胚率は60%です。したがって、PGSによる判断が100%であるとすれば、PGSを実施することによる理想的な着床率は83.3%(0.50/0.60 = 0.833)となります。しかし、これほどまで高い着床率を示した報告はありません。通常60〜70%ですので、着床率を66.7%と過程すると、PGSの有用性は80%(0.667/0.833 = 0.80)となります。つまり、正常胚のうち20%の胚がロスになる計算です(1-0.80 = 0.20)。

 

最新版のSART(米国ART統計)のデータによると、多くの施設でPGS正常胚の着床率は60%を超えていません。35歳未満の単一胚盤胞移植では、PGS正常胚の出産率50.9%、PGS未実施胚の出産率50.6%と、有意差を認めていません。そこで、正常胚も異常胚も含め全ての胚盤胞の着床率を50%と仮定すると、正常胚のうち20%の胚がロスすることで、全体のPGS正常胚の出産率がちょうど50%になります。

 

解説:PGSが登場した当初は、魔法の検査のように認識されていた感がありますが、実施件数が増えた現在、SARTの統計にもPGSの項目が追加され、海外では実際の臨床的有用性について再検討がなされています。本論文は数式を用い、35歳未満の単一胚盤胞移植の方において、現在のPGSでは(おそらくエラーやダメージのため)有用性が見出されないことを示しています。これはSARTの統計調査でも出ています。何れにしても、現在のPGSは完成された検査ではなく、さらなる改良が必要であることには疑いの余地はないでしょう。

 

言葉で表現するのは、極めて難しいですので、ご興味がある方は、本論文の原文を参照してください。図1〜5を見ながら、上記の記事を読んでいただけると、多少は理解しやすいと思います。