ヒドロキシクロロキンによる抗リン脂質抗体の新たな治療戦略 | 松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

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本論文は、抗リン脂質抗体による胎盤機能障害の新たな治療の可能性として、ヒドロキシクロロキンを用いたin vitroの実験結果を示しています。

Am J Reprod Immunol 2014; 71: 154(米国)
要約:ヒト妊娠初期胎盤の絨毛細胞株であるHTR8を用い、マウス抗ヒトβ2GPI抗体(ID2、IIC5)を添加し、ヒドロキシクロロキン存在の有無で培養を行いました。まず、絨毛細胞に対する安全性の確認を行いました。10 μg/mL以上の濃度のヒドロキシクロロキンは、絨毛細胞を死滅させましたが、1 μg/mL以下の濃度では細胞の生存率は投薬なしと同程度に保たれたため、以下の実験では1 μg/mLの濃度を用いました。ID2とIIC5は、β2GPIのドメインVを認識しました。ID2とIIC5は炎症性サイトカインであるIL8とIL1βを増加させますが、ヒドロキシクロロキン添加によるIL8とIL1βの変化は認めませんでした。ID2とIIC5は血管新生マーカーであるVEGFとPIGFを増加させますが、ヒドロキシクロロキン添加によりPIGF変化はなく、VEGFは有意に低下しました。ID2とIIC5はIL6を変化させませんが、ヒドロキシクロロキン添加によりIL6の有意な増加が認められました。ID2とIIC5は絨毛細胞の浸潤能を有意に低下させましたが、ヒドロキシクロロキン添加により浸潤能の有意な改善が認められました。ID2とIIC5はMMP抑制因子であるTIMP1とTIMP2を有意に増加させ、TIMP1およびTIMP2を絨毛細胞に添加すると絨毛細胞の浸潤能を有意に低下させることが明らかになりました。また、ヒドロキシクロロキン添加によりTIMP1は減少し、TIMP2は増加しました。

解説:血栓症でみつかる内科的な抗リン脂質抗体陽性の方とは異なり、不育症でみつかる抗リン脂質抗体陽性の方では胎盤に血栓は滅多に認められません。不育症の方では、サイトカイン産生、補体沈着、免疫細胞活性化などの炎症反応が胎盤で認められます。このような胎盤の炎症は、胎盤の浸潤が不十分になる、あるいは子宮内のらせん動脈の変化が不十分になり、胎盤機能不全(胎盤形成が不十分)となります。本論文の著者らは、これまでに抗リン脂質抗体(抗ヒトβ2GPI抗体、ID2、IIC5)による胎盤機能低下を報告してきました。たとえば、TLR4活性化によるIL8とIL1β増加や絨毛の浸潤抑制、血管新生の抑制などです。抗リン脂質抗体によるこれらの胎盤での変化をヘパリンが抑制することが知られています。一方、抗マラリア薬であるヒドロキシクロロキンが、抗リン脂質抗体の治療に有効であることが報告され、妊娠中の使用も問題ないとされていますが、胎盤機能に対する影響を調べた研究はありませんでした。本論文は、抗リン脂質抗体による胎盤機能障害が、ヒドロキシクロロキンによって治療可能であることを示しています。しかし、その作用機序は、IL6増加と絨毛細胞の浸潤能改善に限定的なものであり、抗リン脂質抗体によるマイナス変化の全てに有効というわけではありません。したがって、ヒドロキシクロロキン単剤による治療ではなく、ヘパリンなどとの組み合わせによう治療が良いのかもしれません。今後の研究の進展に期待したいと思います。