重症妊娠高血圧症候群にはスタチン製剤が有効 その1 | 松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

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医療が進歩した現在もなお、分娩に伴う母体死亡は皆無ではありません。世界で最も安全なお産ができるとされている日本でも年間20名前後の妊産婦が死亡しています。その3大原因は羊水塞栓症、出血、肺塞栓症ですが、その次に重症妊娠高血圧症候群(妊娠中毒症)があります。本論文は、マウスモデルから、重症妊娠高血圧症候群にスタチン製剤(高脂血症治療薬)が有効であることを示しています。

PLoS One 2010 Oct 27; 5(10): e13663(米国)
要約:メスCBA/J x オスDBA/2マウスの交配は、従来習慣流産モデルとして知られていましたが、重症妊娠高血圧症候群モデルでもあることが明らかになりました。すなわち、CBA/J x DBA/2マウスは、第1子妊娠の際に、蛋白尿、血管内皮細胞の炎症、VEGF増加無し、血管径の減少、アンギオテンシンIIへの感受性亢進、レプチン濃度増加など、ヒトでの重症妊娠高血圧症候群に特有の所見が認められます。また、VEGF拮抗作用のあるsFlt-1(可溶性VEGF受容体1)がCBA/J x DBA/2マウスの胎盤や胎児にみられるます。プラバスタチン(メバロチン)投与によりこれらの重症妊娠高血圧症候群に特有な所見が全て解消されました。すなわち、CBA/J x DBA/2マウス+プラバスタチンで、蛋白尿減少、血管内皮細胞の炎症消失、VEGF増加、sFlt-1抑制、血管径の増加、アンギオテンシンIIへの感受性抑制が認められました。

解説:米国では12人に1人が重症妊娠高血圧症候群に罹患し、母体および胎児死亡の第一位となっています。毎年20万人の方が重症妊娠高血圧症候群となり、その数は乳癌の患者数と同じです。しかし、その原因は未だ不明であり、有効な治療法もないのが現状です。そのため、重症妊娠高血圧症候群に罹患した妊婦は、母体の症状と胎児発育の限界まで経過観察を行いながら、緊急帝王切開により胎児を救出し、母体救命を図る以外に方法がありません。補体活性化、血管新生抑制などによる胎盤形成不全がその原因と考えられていますが、学説の疾患とも言われるくらい、何もわかっていません。本論文は、CBA/J x DBA/2マウスが、重症妊娠高血圧症候群モデルであることを明らかにし、そのモデルを利用して、スタチン製剤による治療の可能性を証明しました。

スタチン製剤には抗炎症作用があることが知られています。本論文は、スタチン製剤のVEGF促進作用、sFlt-1抑制作用も示しています。

この論文をきっかけに、現在ヒトでの研究が進められています。重症妊娠高血圧症候群はどんどん悪化し続ける疾患ですが、これまでは進行を食い止める方法がありませんでした。したがって、ただ悪化するのを手をこまねいて待ちながら、小さな赤ちゃんを助け出すしかできなかったのです。今回の方法は、重症妊娠高血圧症候群の治療が可能になることを示しており、極めて画期的な研究といえるでしょう。