☆遅延スタート法 | 松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

生殖医療に関する正しい知識を提供します。主に英語の論文をわかりやすく日本語で紹介します。

本論文は、卵巣予備能低下(卵巣反応不良)の場合の新たな卵巣刺激方法を示したものです。かなり専門的で難しい内容ですが、FSHと卵胞に関する重要な情報を示しています。

Fertil Steril 2014; 101: 1308(米国)
要約:2011~2013年に卵巣反応不良で採卵を行った30名の方を対象に、従来法(エストロゲンプライミングのみ)と遅延スタート法(エストロゲンプライミング+アンタゴニスト)を実施した結果を後方視的に比較しました。なお、E2補充では内服あるいは貼付剤を、Antagonistは0.25mgを、hMGはFSH 300単位+hMG 150単位を、トリガーはhCG 10000単位を用いました。
    CD21   CD2       トリガー 
従来法 E2補充  hMG+Antagonist  hCG  OPU
    CD21   CD2       CD9    トリガー  
遅延法 E2補充  Antagonist  hMG+Antagonist  hCG  OPU

卵胞数(2.4 vs. 4.2)、採卵率(36% vs 70%)、刺激日数(11.1 vs. 9.4)、成熟卵数(2.9 vs. 4.2)、受精率(69% vs. 86%)の全ての項目で有意に改善が認められました。また、遅延スタート法では、2.8個の胚を移植でき、着床率9.8%、臨床妊娠率23.8%でした。

解説:卵胞のリクルートにはFSHが必須であり、生理前後のFSH増加がその周期の卵胞選択に重要な役割を担っていることが知られています。卵胞は毎日発育しようとしていますが、卵胞によってFSHに対する反応が異なると考えられており、生理前から発育する卵胞と生理になってから発育する卵胞があるため大きさや発育に違いが生じます。ロング法や前周期のピルはこの生理前後のFSH増加を抑制するため、卵胞発育のスタートが揃うとされています。一方、卵巣予備能低下の方では、ロング法や前周期のピルによるFSH抑制がより強く現れるため、卵巣自体が強く抑制されてしまいます。しかし、E2製剤単独では、FSH抑制は生じますが、卵巣抑制は起こりません。もともと卵巣予備能低下の方は、排卵が早くなることが多くあります。これは早く育ち始めた一部の卵胞しか発育しないからですが、E2製剤単独使用ではむしろ卵胞が揃って、しかも数も多くなって、発育することが知られています。ただし、この方法ではまだFSH抑制が不十分であり、本来育つべき他の卵胞のとりこぼしが否定できません。そこで、本論文はFSH抑制をもう少し強めに長く行うために、E2製剤単独使用の後にAntagonist製剤を1週間使用することで、卵胞のとりこぼしを救い出し、より多くの卵胞を同期させた卵胞発育を狙ったものです。そして、この狙い通りの結果が得られた訳です。

正常反応の方でも、卵胞期早期にAntagonistを3日間用いた場合の採卵数と卵子の成熟率が増加するという報告があります。本論文では、卵巣予備能低下(卵巣反応不良)の場合にも同様な改善が認められることを示しており、FSHをいかにうまく調節するかが卵胞発育のカギになると言えるでしょう。

ピルやカウフマン療法はE2と黄体ホルモンを含んでいます。FSHの高い方にはピルあるいはカウフマンを使用するという考えがこれまでの常識でしたが、卵巣予備能低下(卵巣反応不良)の方のFSHの強い抑制は卵巣機能を低下させてしまいます。卵胞が育つ範囲でのFSH抑制作戦として、E2製剤単独あるいはアンタゴニスト製剤の使用が望ましい治療であることを示しています。私は、これまで主にE2製剤単独を用いてきましたが、アンタゴニスト製剤の選択も視野に入れていきたいと考えています。

何度も繰り返しますが、卵胞は毎日発育しようとしています。したがって、必ずしも生理3日目からのスタートでなくとも構いません。ランダムスタート法はそれを実践したものであり、本論文もスタートを1 週間遅らせています。特に、卵巣予備能低下の方は、育ってきた卵胞は逃さず採りに行くスタンスでいくべきと考えています。いつでも採りに行くスタンスですと、実際に生理中の採卵もあります。卵巣と子宮は独立したものですので、これでも何ら問題はありません。

ランダムスタート法については、下記を参照してください。
2014.3.8「ランダムスタート法」
2013.8.15「☆癌が見つかり妊娠の可能性を残したい時」
2013.6.17「☆卵巣刺激開始はいつがよい?」
2013.6.16「☆☆☆AMHは年齢とともに低下しません⁈」
2013.4.22「☆ホルモン剤(ピル)の使い方でAMHが半減?」