☆卵巣刺激開始はいつがよい? | 松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

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生殖医療に関する正しい知識を提供します。主に英語の論文をわかりやすく日本語で紹介します。

通常の体外受精では、卵巣刺激は生理3日目から開始します。その周期に自然に育つ卵胞は、生理3日目頃に選択されるからです。しかし、通常の体外受精の場合と異なり、癌が見つかり手術や抗癌剤•放射線の治療の前に採卵をしたい場合、次の生理3日目を待っている時間的余裕がありません。そんな場合に、生理を待たずにいつでも開始する方法があります。

Fertil Steril 2013; 99: 1476(米国)Review
要約:米国では2012年に79万人の女性が新たに癌と診断されましたが、そのうち約10%は45歳未満でした。2002~2012年に45歳未満で癌と診断された女性の83%は生存していますので、癌の治癒後に妊娠を目指すケースが多くなっています。そもそも癌の方は、不妊症の方とは異なりますが、実際に卵巣刺激をしてみると、健常者の方より卵巣予備能は若干低くなっています(AFC として2/3程度)。特にBRCA遺伝子を持つ女性では卵巣予備能低下は顕著です(2013.5.31「乳癌遺伝子(BRCA)と早発閉経の関係」をご参照ください)。さて、卵巣刺激の開始日は、生理3日目でなければいけないのか、これは必ずしも3日目でなくともよいという考えが最近出てきました。癌の治療を遅らせることなく採卵したい場合に、生理の周期にかかわらずいつでも卵巣刺激開始する「ランダム」スタート法が登場したからです。従来の「生理3日目」スタート「ランダム」スタートを比較した場合、発育卵胞数、採卵数、成熟卵数、受精率に有意差はありませんでしたが、「ランダム」スタートでは、卵巣刺激日数が2日増加し(9日 vs. 11日)、使用したhMG (FSH)量が約800単位増加しました(3386単位 vs. 4201単位)。つまり、従来の方法であれば、採卵まで最長で5週間程度を要したのですが、「ランダム」スタート法を用いれば、来院から2週間で採卵できます。癌の治療を遅らせることなく、妊娠の可能性を残すことが可能です。

解説:本論文は、「生理3日目とは関係なくいつでも卵巣刺激ができる」という画期的なものですが、その現象を示しただけではなく、卵胞発育にとって重要な3つのポイントを本論文は示しています。
1 いつでも卵胞は発育させることができる
2 生理3日目以外からのスタートでは、卵胞発育に時間がかかる
3 卵胞発育に時間がかかっても卵子の質には影響しない

この事実は、一見不思議な感じがしますが、考えてみると当然という気がします。今月育っている卵胞は、半年前に原始卵胞が1次卵胞になり、その後ゆっくり育ってきたものです(2013.4.22「ホルモン剤(ピル)の使い方でAMHが半減?」2013.6.16「AMHは年齢とともに低下しません⁈」を参照してください)。卵胞は生理とは無関係に毎日少しずつ供給されていますが、たまたま生理周期に合ったものだけが体内のホルモンであるFSHとLHに反応して育って、成熟卵胞になり排卵する(他のものは淘汰される)のが自然の卵胞発育の仕組みです。しかし、卵胞は毎日少しずつ供給されているのですから、生理周期とは無関係にFSHとLHを用いればいつでも卵胞は成長させられるわけです。

医師は学生時代や研修医時代に学んだ学問的基礎に基づいて診療を行い、診療を通じて学んだ経験が上積みされて、自信となります。しかし、ある種の固定観念ができてしまっていることも否定できません。新しい発見が発表されたとしても、それを「簡単には受け容れられない」医師が少なくありません。医学は進歩していますので、固定観念をなるべく排除して、正しい事実を素直に受け容れられる医師が最先端の治療をできる医師であると考えます。「ランダム」スタート法は、2009年に最初の論文発表があり、2011年と2012年に1報ずつ発表されましたが、世界的にみてもまだ普及しているとは言いがたいと思います。

外来でよくある質問に、「生理3日目に病院に行けないのですが、遅れて卵巣刺激(hMG/FSH注射)を始めても大丈夫でしょうか?」とか、「卵胞発育に時間がかかると(一時的に横ばいになったりゆっくり発育したりする場合)、その時に発育した卵子は状態が悪いのではないでしょうか?」というのがあります。その答えが、この論文にあります。つまり、「遅れて卵巣刺激を始めても大丈夫ですが、刺激日数と注射が2日分ほど増えます」「卵胞発育に時間がかかっても卵子の質には影響しません」となります。