採卵前の黄体ホルモン(P)上昇 | 松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

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生殖医療に関する正しい知識を提供します。主に英語の論文をわかりやすく日本語で紹介します。

最近のトピックのひとつに採卵前の黄体ホルモン(P)上昇は体外受精の妊娠率低下につながるというものがあります。本来P値は排卵後に上昇すべきであり、排卵前(採卵前)のP値の上昇により着床環境が悪くなるから(着床できる時期がズレるから)と考えられています。今年の夏に欧米の生殖医学会雑誌に掲載された3つの論文をご紹介いたします。

Fertil Steril 2012; 97: 1321
要約:11055名の初回体外受精の方において、後方視的にhCG投与日のP値と妊娠継続率の関係を調べました。新鮮胚移植ではP値と妊娠継続率には負の相関を認めましたが、凍結融解胚移植では相関はありませんでした。新鮮胚移植で卵巣の反応がよい場合にはP値が高くなる傾向がありました。卵の質や受精率、分割率には違いを認めませんでした。

Fertil Steril 2012; 98: 347
要約:2555名の新鮮胚移植(day 5)において、後方視的にhCG投与日のP値と生産率の関係を調べました。GnRHアゴニスト周期では、P>2.0で生産率17.4%であり、P<1.5の24.6%とP 1.5~1.99の26.7%と比べ有意に低下していました。

Hum Reprod 2012; 27: 2036
要約:1784名の新鮮胚移植において、後方視的にhCG投与日までのP>1.0の日数と妊娠率の関係を調べました。アゴニスト法、アンタゴニスト法ともに、P>1.0の日数が増加するほど妊娠率の有意な低下を認めました。

解説:かつては採卵前のP値の上昇と体外受精の妊娠率低下との関係については賛否両論ありました。サンプル数が少ないことがひとつの理由だったかもしれません。最近では上記の論文のようにサンプル数が多い研究がなされ、メタアナリシスも行われ(Curr Pharm Biotechnol 2012; 13: 464)、採卵前のP値の上昇は体外受精の妊娠率低下につながるという結論になってきました。種々の報告によると、採卵前のP値の上昇は30~40%の方に認められます。Pは大きな卵胞から産生され、卵胞が多数存在するとその集積としてP値が高くなると考えられています。上記の論文をまとめると、下記のようになります。
1)採卵周期の新鮮胚移植では、採卵前のP値の上昇および上昇している期間の増加は体外受精の妊娠率低下につながる
2)卵巣の反応がよい場合(E2高値、卵胞数多い、採卵数多い)にはP値が高くなる
3)凍結融解胚移植ではP値上昇と妊娠率に相関がない
4)P値上昇と卵子の質には関連がない
5)P値の上昇により着床環境が悪くなる可能性が高い
6)P値のカットオフをいくつにしたらよいかについては、施設間で測定方法も異なるため、各施設で決める必要がある

着床環境を表現するためにしばしば「implantation window」という言葉が使われます。「着床の窓=時期」と言いかえられるかと思います。通常は、排卵後にP値が上昇し、排卵から1週間後に着床の時期が合います。もし、排卵前にP値が上昇してしまうと、着床の時期が早く来てしまいます。この場合に着床の時期を合わせるには、凍結融解胚移植をするしかありません。