クラブハウスに戻ると僕は少し落ち着きを取り戻した。ジョージはそんな僕を見てゆっくりと口を開いた。
「大人気ない真似をしてしまったが許してくれ、今のダイには荒療治が必要だと判断したんだ」
僕は無言で続きを待った。
「ゴルフに限らず、あらゆるスポーツや運動には筋肉が必要だ。そしてその筋肉には2種類ある。ひとつは速筋、もうひとつは遅筋という。速筋は瞬発力、遅筋は持久力に関わる。ちょっと難しいかな?」
僕は「大丈夫」と答えた。
「例えば陸上競技、100mのような短距離走では瞬発力の速筋が、そしてマラソンのような長距離走では持久力の遅筋が物を言う。じゃあドラコンの場合はどちらが大事と思うかね?」
「瞬発力の速筋?」
僕は自信無さげに言った。
「ああ、その通りだ。いかにスイングスピードを高めるかが全てで、まあドライバーを5発も打てればいい。ではゴルフというのはどうだ?」
僕は勘で「持久力の遅筋かな?」と答えた。
「うむ、一昔前までは実はゴルフに筋力は重視されていなかったし、歩き回る持久力が大事と言う者が多かったと思う。ましてや筋力トレーニングなど取り入れる者は少なかった。だが、あるスーパースターの出現がそれを一変させた。タイガーだ」
僕は全盛期は知らないが、もちろん名前は知っている。
「彼は圧倒的な飛距離を持ってデビューし、さらにウエイト・トレーニングを取り入れて筋骨隆々の肉体を作り上げ、ゴルフにアスリートという概念を浸透させた。つまりは今のプロゴルファーには飛距離のための速筋が欠かせなくなったということだ」
「じゃあドラコンと一緒ということだよね?」
僕はドラコンに反対するジョージの考えが分からない。
「いや、一緒じゃないんだ。ドラコンは一発勝負の競技だが、ゴルフは18ホールで72打、ツアー競技ではそれが4日間288打もミスが許されない持続力の戦いなのだ。実際のところ、どのような体作りが理想なのかは答えがないと私は思っている」
「でもどっちみち飛距離は大事で、そのためにドラコン大会に出ようというのが何が悪いのさ」
「飛距離を地道に伸ばす努力は大事だ。だが、それとドラコン大会は無縁どころか逆効果なんだよ、まだそれが分からないかい?」
ジョージは軽くため息を吐いた。
「この前のドラコン大会は自分がどこまで通用するのか、試してみたい気持ちだったろう?だから普段通りのスイングをして、結果的に3位になった。だがそれによりダイ、キミは飛ばさなければならないという気持ちになってしまったのだよ。自分では気付けないかもしれないが。そして飛ばない筈の私とコースに出て、最初のティーショットまでは順調だった」
ジョージは少し口を湿らせて続ける。
「私はそこで飛ばすためのディープフェイスを手に取り、必死の一打を放った。そうは見えなかったかもしれないが、本当に渾身の力を込めたのだ。そして何がなんでもバーディーで次のオナーを奪い、とどめの一打を打ったのだ。私の体力はそこで終わったのだが、案の定キミは焦り、力み、完全にスイングを崩した。私はそれ以降ディープフェイスを使わなかったことさえ気が付かなかったのではないかな?」
その通りだ。2番ホールから先は僕はスコアさえよく覚えていない。
「今日の体験を忘れてはならない。ゴルフというのはいかに自分のリズムを保つかというのが大切なのだ。飛距離に慢心すると、コースよりも同伴競技者を意識してしまい、自分を見失うのだよ。タイガーがプロデビューした時に忘れもしないシーンがあった。当時の賞金王を相手に最終日が天候の都合で1ホールだけのプレーオフとなり、先に打った賞金王は自分よりも2番手は短いアイアンで打てるタイガーを意識するあまり、力んで左に引っ掛け、池に入れてしまった。タイガーは確実にグリーンの中央に乗せてパーを取ればよかったのだが、驚くことに池に近いピンを狙い打ち、見事に相手に関係なくバーディーで勝負を決めたのだ。その1打は単にトーナメントの1勝にとどまらず、世代交代を決定付けてしまった。そこに私はひとつのゴルフの真髄を見た気がしたよ」
僕はおぼろげながら、ジョージの伝えたいことが分かってきた。未熟な自分が情けない。
ちょっと気持ちを切り替えるのに、話をさせてね。ジョージが持ち出してきた秘蔵のドライバー、そして僕のメロウイエローはどちらもディープフェイスというタイプで、フェイスが縦に厚みを持っているんだ。それに対して一般的なのはシャローフェイスといって、横方向に長さを持つ。図示するとこんな感じ。
シャローフェイスは重心が深くてスイートスポットが広い。だからミスショットになり難い。そして打球が上がりやすくて誰でも比較的簡単に使いこなせる。
それに対してディープフェイスは重心が浅くてスイートスポットが狭く、ボールを上げるのも難しい。でもその分芯でボールを捉えた時の飛距離は圧巻だ。だからプロ好みなんだ。あと、構えた時の見た目って結構大事で、僕はメロウイエローの形が何より好きなのさ。ディープフェイスは芯の少し上でボールをつかまえた時に一番飛距離が出るから、ティーアップを高目にするといいよ。
それからゴルフでは基本的にピンから遠い人が先に打つんだけど、ティーショットだけは前のホールのスコアが良かった順に打つ。つまりパーの人よりもバーディーの人が先に打つんだ。バーディーが何人か居る時は、前のホールで先に打った人が優先になる。それをオナーと呼んで、つまり名誉があるってことさ。参考になったかい?
「あまり一度に話しても覚え切れないかもしれないが、もう少しだけ続けよう」
ジョージはスマートフォンで何かを検索して僕に見せた。
「これはドラコン世界一の
カイル・バークシャー選手のインパクトだ。どう思うね?」
「凄い迫力!」
僕は写真だけで圧倒される。
「そう見えるだろうな。鍛え上げた見事な上半身で、目一杯の力でボールを叩く。従来のセオリーを無視したように左足への体重移動など関係なしだ」
ジョージは続けて別の写真を探した。
「これはロリー・マキロイのドライバーショットだ。私は彼のスイングが現役プレーヤーの中で最も美しく、芸術的とさえ思える。そして彼はこの流れるようなスイングで350ヤードを飛ばし、その気になれば飛距離は400ヤードにも達する。それを72ホール維持するのだ。マキロイもかなり速筋を鍛え上げているな」
ジョージは続けて写真を示した。
これが円熟気のタイガーのドライバーショットだよ。ウエイト・トレーニングで鍛えた上半身や力強いインパクトはマキロイと瓜二つに見えるだろう?まあ、マキロイがタイガーを手本にしたと言えるかもしれない。タイガーはどれだけ勝利を重ねていくか計り知れない可能性に満ちていたが、残念ながら衰退に終わった。不運が重なったのが大きいだろう、だが私は陰に別の要因を感じている」
ジョージは話を続けるかどうか少し迷ったようだ。それはあまりにも奇抜な考えだったからだ。
「ゴルフでは、Drive for Show Putt for Dough という有名な格言がある。全英オープンを4回制した南アフリカのボビー・ロックの言葉だ。つまり最も大切なのはパッティングということだよ。パットは技術よりも精神力が大きい。プロは自分にしっくりくるパッティングを探し求め、様々な変則スタイルが生み出され、それでも緊張の重圧に耐えられなくなってイップスという体が動かなくなる症状にさえ見舞われる。もしマキロイがもっと1mのショートパットを確実に沈めていたら、不動の世界一の座にいることだろう。彼が重要な局面で時折ショートパットを外してしまう一因に、私は鍛え上げた筋肉が関わっていると考えるのだよ。そんなことはおそらく誰も言っていないだろうがね」
僕は理解出来ずにポカンとしていた。ジョージは最後にもう1枚、写真を見せた。
「これはね、タイガーのデビュー当初のドライバー・ショットだ。後のフォームの方が力強いが、実のところ飛距離は変わらないか、むしろデビュー時の方が上回っていたように思う。それは全身をバネのように使う、少年期特有の能力によるものだろう。言い換えれば、筋肉がとても柔軟だから出来ることだ。そして柔軟な筋肉は実に微妙でデリケートな調整も苦にしない。タイガーはピンそばに止めたショートパットを確実に沈めて、若くして不動の王者に君臨したのだ」
ジョージは僕に提案する。
「通常大人になるに連れて筋肉は硬くなってしまうから、優秀と言われるゴルフコーチは筋肉の再調整とスイング改造を勧める。硬い筋肉前提で円熟気を目指そうという発想だ。だが稀に大人になっても柔軟な筋肉のままの者がいて、コーチも付けずに円熟気を謳歌する。例えばアオキだ。私はケインやダイにその路線を試してみて貰いたい。筋肉はいつでも強化出来るから、まずは柔らかい体を維持してみたいのだよ。特にダイ、キミはパッティングが得意で実にセンスがいい。だから私はキミにドラコンを勧めないんだ。分かってくれるかね?」
僕は納得して頷いた。ジョージに全て任せてみよう。
参考: タイガー・ウッズとトム・レーマンのプレーオフ(1997)