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mathichenの徒然なるままに

mathichenの酔いどれ日記【Hatena版】
https://mathichen.hatenablog.com/
ココに常駐中

暑~い真夏こそ、熱~いカレー料理が美味しい季節
某ヤホー料理の殿堂ブログで、「カレー食いてえ~」と更新ごとに書いておられたのは
カレー食べられない理由はどうやら、お嬢ちゃんがまだ2歳のためでしたが
『西城秀樹 ハウスバーモントカレー CM 1974』
http://www.youtube.com/watch?v=KY8NggWHA_8

最近お嬢ちゃんは甘口でカレー食べられるようになり、ヒデキならぬ父ちゃん感激♪☆でしょう




mathichenの徒然なるままに-げんき家(外観)

mathichenの徒然なるままに-げんき家(カレーうどん)

mathichenの徒然なるままに-とことん屋(外観)

mathichenの徒然なるままに-とことん屋(カレーラーメン)




月曜日の夜、堺市堺区フェニックス通りの≪げんき家≫さんへ
ここのご主人は、≪スペインバル マルガリータ≫のお客さんでもあります




火曜日の夜には、堺市北区といっても端っこでもうほとんど中区、ときはま線沿いにある≪麺 とことん屋≫さんまで
写真に映るピンクの自転車に乗り、約30分かけてゼーゼー言いながら




≪げんき家≫さん、ここはヤホージャパン地域情報でおなじみの、結構な有名店ですね
一人1000円あれば、オナカ一杯になれるメニュー多い
カウンター10席ほどの、ごくごく街のうどん屋さんです
≪麺 とことん屋≫さんも、数えてみたらカウンター8席と小ぶりなお店
「小ライスどうされますか?値段は同じですよ」
カレーラーメンは小ライス込みで650円。客のお好み次第
同じ値段なら、食べるに決まってるじゃん!




≪麺 とことん屋≫さんのご主人は、初老の穏和なおじさん
「大通り沿いの店は大きな駐車場ないと、お客さんの入り悪いですわ。暇~」
夜の仕込み続けながらも、アタクシと1時間、タバコ吸ってウダウダ話してたくらいですけど
「業者にカネ払ってまで宣伝する気もないし」はともかく
「パソコン持ってませんねん。食べログに載ってますのん?いや~何書かれてるやろぉ(怖)」
怖がる必要ないこと書いてあるから、小心者のmathichenさんを釣り上げられたのッ
ヤホー本館だけでなくアメブロ別荘でも宣伝しときますからねーだ




「大通り沿いの店は大きな駐車場ないと、お客さんの入り悪いですわ」の後には
「いまは、大通りから外れた凹んだ場所の店の方が風情出るのか、結構人気あるんですよ」
言われてみれば、ヤホージャパン地域情報にも、住宅街とか都心でもビル地下とか多く見かけます
≪げんき家≫さんも大通り沿いなのに、駐車スペースが周囲に充分ある
ときはま線沿いは飲食店に恵まれているものの、クルマ置けるかどうかが明暗の分かれ目なんですね




「人使うてバリバリやるほどの店やないしね」
入店時には手伝いのオバちゃんがいたけど、基本はおじさん一人でラーメン作っている模様
手作り感覚でコツコツと。気に入ってもらえて、また足を運んでくれるお客さんいれば、メチャ嬉しい
それでいいんじゃないですか




飲食店って個人の主観に差が出るというか、好みハッキリ分かれるもの
地域情報、食べログなどで、「絶品♪」「名店☆」の押し売りだと、一つ間違えれば反感を買ってしまい
メンドクサイ輩を招待する事態を招きかねません
「こういうお店あるのね~」と知ってもらえたら価値あるのですよ
雑誌やTVで紹介されてるから。高級感漂うオサレなお店が、人生勝ち組高学歴カップルにお似合いだもん
何でも見た目だけが判断基準の見かけ倒し成金小娘青二才系アホンダラども、よーく聞いとけ








目立たぬように はしゃがぬように ねたまぬように あせらぬように
似合わぬことは無理をせず 飾った世界に流されず
人の心を見つめ続ける
そんなお店が知名度に関係なく真の名店であり、通い続けるお客さんは真のグルメなんですってば




http://tabelog.com/osaka/A2705/A270501/27001060/(≪げんき家≫さん)
http://tabelog.com/osaka/A2705/A270501/27042605(≪麺 とことん屋≫さん)



$mathichenの徒然なるままに-BVB公式サイト玄関口




昨年暮れには




「ゲッツェと一緒に2014年まで残る」
ともにドルトムントの下部組織育ちのグロスクロイツ
2011/12/04 17:42:00

ドルトムントMFケヴィン・グロスクロイツは、自身と同僚のMFマリオ・ゲッツェは、2014年までクラブに残ると宣言した。

両選手はドルトムントの中心選手として活躍し、ドイツ代表にも選出されている。その2人には、アーセナルから関心が寄せられているとの噂も立っていた。

ともに現行契約は2014年までとなっている。23歳のウィンガーは、その満了までにクラブを離れることはないと話した。ドイツ『ビルト』に対して、「彼(ゲッツェ)は、僕なしでは移籍できない。僕らはいつも一緒だからね。ゲッツェと僕は、2014年まで残留する」と語った。

グロスクロイツは今季ここまで、全公式戦を通じて22試合に出場している。

( 出典先:Goal.com )




今日には




グロスクロイツ:「リヴァプール移籍が夢」

ボルシア・ドルトムントに所属するMFケヴィン・グロスクロイツは、リヴァプールでプレーすることが夢だと語った。

24歳のグロスクロイツは、イングランドでプレーすることを一つの目標に掲げているようだ。同選手は『スポーツ・イメージ』に対して、「僕はボルシアのことが大好きだけど、ほかの可能性を除外することはできない。リヴァプールでプレーすることは夢だ。イングランドは、どんなサッカー選手にとっても夢だよ」と話している。

グロスクロイツの代理人は昨年、アーセナルが関心を示していると明かしていた。選手本人も「魅力的なオプション」と好感を持っていたようだが、希望はリヴァプールのようだ。

(C)Goal.com

( 出典先:スポーツナビ )




「リヴァプール移籍が夢」
聞いとけ、ヴェンゲルさん(倫敦にまで聞こえるよう、フォント大きくしました)




1988年7月19日生まれだから、24歳を迎えたばかり
そろそろ中堅の、ステップアップ移籍に向いた年齢ではある
二個一で動くらしいゲッツェは、1992年6月3日生まれの20歳
来夏で移籍の計算だと、若手としてはこれまた略奪され頃の21歳
このラブラブなお二人さん、どう遅らせても、あと1年が限度じゃないの




マンUやチェルシーといった大手強豪でなく、また何で、4強から脱落中の没落気味な名門に興味ある?
BVBにすれば、高い移籍金で売りたかろ
レッズは正直、クラブ売却騒動から現時点で2年、景気良くは出せませんぞ
BVBは2年連続出場となるCL、レッズが最後に出たの、いつだっけ?
現状で判断すれば、地味なEL勝ち進む保証もしませんわ
まぁバルサからのみならずBVBからも人材パクるが趣味らしいアーセナルに行かれるを思えば、ね




一昔ほど前、オトコのくせに口軽いローター・マテウスが、珍しくまともな発言しました
当時すっかり弱体化したドイツ代表について、ドイツ人選手が国内に安住しているためと言ったんですね
「隣近所のオランダやチェコは、優秀な人材がどんどん国外流出して、国内リーグは閑古鳥状態になるものの
その代わり、国外で得た収穫が代表に還元されるので、代表は停滞しない
ドイツ人も、どんどん国外に出て実力磨いて来い」
こんな内容でした




最近では、エジルやケディラが白組マドリーで活躍したりと、状況はずいぶん様変わりしていますけど
他流の良い所は吸収して、複眼思考を身につけるのは、選手にとっても代表にとっても収穫は大きい
確かに他(国外)の可能性あるなら除外せず、条件ジックリ見極めて挑むのは良いと思います
参加することに意義がある的ブンデス移籍が続々の、某島国の海外組とやらよりは将来性あるでしょ


久々に発言小町散策したら




義理の家族のお手伝いを断りましたが…、冷たいと言われました かの 2012年7月17日 14:23

30歳、4月に結婚した会社員です。

義父が胃のポリープの手術で8月に10日間入院します。
ポリープ自体は悪性ではなく、心配はないそうですが、義父は看護師さんに世話をしてもらうのが嫌だそうで、個室をとり義母が毎日泊まり込んでお世話するそうです。

病院は完全看護ですし、義母が泊まり込む事自体、私は「そこまでする事?」と思ったのですが、その間義母が家の事をできないからと、私に10日間、仕事後に義実家(車で40分)に通ってほしいと言われ驚きました。

・義弟と義妹の夕飯を作り、2人が食べるのを見届け、後片付け、次の日の朝食も温めれば食べれるように準備する
・昼に義母が一時帰宅し洗濯物を干しておくので、それを夜私が取り入れ、畳む
・ゴミ出しの準備や掃除など

を私にしてほしいと…。

義弟妹がまだ子供なら分かります。
しかし2人共私より年上の33歳と31歳です。
2人共仕事で疲れているから、と義母は言うのですが、私も正社員なんですが…。

夫にも行ってやってと言われたのですが、なぜいい大人2人の世話を私がしないといけないのか全く理解できなかったので
「義弟さんも義妹さんも自分の事くらい自分でできないの?私も働いているし、2つの家の家事をするなんてとても無理。どうしても行けというならその間、うちの家事は100%あなたがやって。それが嫌ならあなたが行って。自分の実家でしょ」というと、夫はハッとしたのか、義母に断りの電話をしていました。

しかし、義母から「かのさんは冷たい人なのね、知らなかったわ。こういう時は助けあいでしょう?」と言われ、もやもやしています。

それとも、世の中のお嫁さんはお手伝いに行くものなのでしょうか?
結婚して3ヶ月。こんなに早く嫁姑の仲に亀裂が入るとは思ってませんでした…。

トピ主です1 かの(トピ主)  2012年7月18日 1:08

皆さんこんなに早くたくさんのレスありがとうございました。

私は母と2人の母子家庭(父は私が1歳の時、死別)で育ち、「自分の事は自分でする事!」と母に言われていたので、中学生にもなれば母の出張時なども家の事もしつつ1人で過ごせていました。

なので今回、義父が自分の奥さんを泊まり込みで世話をさせる事(ここまでは夫婦の問題なのでいいと思いますが)、それによっていい大人の義弟妹の世話を私がしに行かなければいけないというのが私にはどうしても理解できませんでした。
でも皆さんのレスを読んで私の感覚がおかしくなかったようで安心しました。

夫は「うちは共働きでうちの事で手いっぱいだから、行けない。飯はスーパーにでも行けばなんとかなるだろう」と断ってくれたみたいです。
ですが次の日に私の携帯に義母から電話があり「子供達には栄養のあるものを食べさせたい。どうしても無理?仕事早退したりできないの?」と言われたので「義父が入院する月初めは忙しいので、ちょっと難しいです。すみません」と言うと、「かのさんは冷たい」と言われた次第です。

続きます

トピ主です2 かの(トピ主) 2012年7月18日 1:14

夫が「見舞いには行くから」と言うと「見舞いに来る暇があるなら義実家の掃除でもしておいて!」と言われたそうで、義母はへそを曲げてしまったようです…。

義母はどうも、私が仕事をしている事が気に入らないようです。
私は仕事は辞めるつもりはないですが、義母はずっと専業主婦だったそうで、私達が結婚してすぐ「仕事はいつ辞めるの?」と聞かれた事があります。

義弟妹も私が行くべきだと思ってるかは分かりません。
でも夫曰く義母以外は家の事は何もできないそうで、特に義父と義弟はお湯を沸かすくらいしかできないそうです。
結婚前に義実家にお邪魔した時、確かに義母ばかりが動いていた記憶がありますが、まさかそこまで何もできないとは今回の事で初めて知りました。

夫は一人暮らし経験があるので家事はやってくれる方だと思いますし、今回の事も義母に言われてあまり深く考えずに私に「行ってやって」と言ってしまったと反省してくれていました。

でも皆さんのレスを読んで、将来が怖くなりました。
今回の入院がもし義母だったら…とか、義弟、義妹がこのまま独身だったら…と考えるとちょっとゾッとしました。

http://komachi.yomiuri.co.jp/t/2012/0717/524623.htm?g=06より引用 )




今回の件は、どっかの神さん仏さんからのトピ主夫婦への警告
「夫の実家とは、夫婦揃って関わるな。暗い未来しか待っとらんぞ。逃げろ~」とね
絶縁までは無理かも。疎遠でいい。冠婚葬祭にとどめ、日常的には一切関わるべからず




結婚して3ヶ月、新家庭の基盤作り時期であり、まだ新婚さんだから夫婦水入らずで過ごす時間を持ちたい
ではなく、一生を左右する重大事が、トピ主夫婦に襲いかかってきてるんですよ
アタクシの経験から見て、トピ主夫の実家は毒家族とまではいかないが、寄生虫家族ですからして




まず、義父
「ポリープ自体は悪性ではなく、心配はないそうですが、義父は看護師さんに世話をしてもらうのが嫌」
甘ったれんじゃないよ。濡れ落ち葉ジジィなんぞ、一切自己主張せず、他人に土下座して生きてりゃいいんだよ
「義父が自分の奥さんを泊まり込みで世話をさせる事(ここまでは夫婦の問題なのでいいと思いますが)」
母子家庭育ちではイメージ難しいでしょうが
ご主人様と下女の主従関係であり、まともな夫婦関係築けていないですよ




ウチの寄生虫ジジィは、過去3回入院しています
1回目は、白内障の手術と療後で2週間程度
なのに、世間揺るがす一大事とでも思っていた感じでした
嫁に毎日病院まで来させてるのにねぎらいの言葉かけんのみならず
毎日行かなくても特に不便なさそうなので、嫁が神戸辺りに出かけてみようとしていたら
( * 嫁は普段、重度障害者の息子の介護。可愛いご子息は2週間ショートステイにお出かけ願ったり叶ったり
帰宅時間を細かく気にしないで出かけられる、滅多とない好機でした)
バカ亭主は、来るかどうかわからん見舞い客に備えて病院に来とけとぬかし、断念しました
( * 見舞いに来てくれるであろう人たちは、ウチの事情を知ってる
本当に男の株上げたいのであれば、見舞い客来た時には、「妻にもたまには休暇必要ですよ」だろ)
2回目はまァ大きな問題起きなかったけど、その代わり、3回目がサイテー最悪
カテーテルなんて誰でも痛い辛いのに、クソガキ並み大騒ぎした結果
それでなくたって「○○してくれ」とまるで召し使い扱いされてる気の毒な看護婦たちはウチに電話してSOS
少しゆっくり目に病院行こうとしていた嫁に、「奥さん、申し訳ありませんが、出来るだけ早く来て頂けますか」
小学校だか中学校だかの同窓会出席したいがため( * 相談応は、余命1ヶ月などの場合のみ)
医者にまでエラソーな口を利き、親戚に迷惑かけて( * 嫁側の海軍叩き上げお祖父ちゃんも呆れた)
何と、酸素ボンベ付き車椅子で出かけやがって、恥ずかしくてたまらんかったことよ…




准看護婦の資格持つ友人いわく、「現代の子供なら、ジジィは発達障害の認定下りたのにね。残念無念」
もっとも男女同罪というか、そんなおバカを甘やかしていた嫁にも責任は問われます
バカ息子に諦めの境地の姑から「世間に恥さらさないよう、番犬努めてくれ」と頼まれた模様ですが
バカはバカなりに躾けりゃ、最低限度プラスαの責任くらいは果たせますでしょっての
家長面してゴチャゴチャぬかした所で、飯作ってもらえなくて困るのは、誰?
嫁の弱い立場に溜め息つく世俗のご婦人方、宿六には兵糧攻め追い込んでタップリ思い知らせてやりましょ
給料稼ぐ者より、その給料やりくりして家事を切り回す者がエライを、骨身に叩き込んでやるのさ
甲斐性無し野郎の補填係務める兼業主婦の場合、夫の躾けは尚更、重要不可欠
カネ稼いでるのは、嫁も同じ。やむを得ない事情以外一切甘えを許さず、世帯主責任叩き込んでやれ




書いてるだけで頭痛起こすmathichenさん回想録を見れば、トピ主義母はアホンダラ知れますよね
「義母はどうも、私が仕事をしている事が気に入らないようです。
私は仕事は辞めるつもりはないですが、義母はずっと専業主婦だったそうで、
私達が結婚してすぐ「仕事はいつ辞めるの?」と聞かれた事があります。」




個人的には、バリバリ正社員型兼業主婦嫌いの部分持つアタクシです
いくらおカネに余裕出来ようが、激務同士ですれ違い多く心もすれ違って離婚に至るくらいであれば
専業か、外で働いてもパートにとどめ、「オレが頑張らなければ~」と覚醒させる亭主教育が楽しいじゃん
ま~個人の好き嫌いであって、兼業と専業どっちが良い悪いとは思いませんよ
一生続けたいだけの熱意持てる仕事か、兼業と専業の向き不向き、家庭事情他を見極めればいいのです




それだけに
「どうしても無理?仕事早退したりできないの?」
トピ主義母みたいな世間知らず型専業主婦は、世の真面目な専業主婦の敵でしょう
「だから、専業主婦は、納税もしないクズでごく潰しなのよねぇ。大学も出てないバカでしょ~」
貧乏人の身過ぎ世過ぎ程度で「社会貢献」とエラソー型兼業主婦をつけ上がらせるだけですもん




「子供達には栄養のあるものを食べさせたい。」
その言葉が通用するのは、人間の身体形成期とでもいうのか、子供が15歳くらいまで
その後は、子供が自分で出来ないのであれば、飯はスーパーにでも行けば何とかなります(経験者は語る)
と、トピ主舅姑に言った所で、馬の耳に念仏か




「義母以外は家の事は何もできないそうで、特に義父と義弟はお湯を沸かすくらいしかできないそうです。
結婚前に義実家にお邪魔した時、確かに義母ばかりが動いていた記憶がありますが」
「義弟妹がまだ子供なら分かります。
しかし2人共私より年上の33歳と31歳です。
2人共仕事で疲れているから、と義母は言うのですが、私も正社員なんですが…。」
ここまで極端だと、義弟と義妹に関して、ある疑惑が浮かびますのさ
『両親は、子供たちを介護要員として実家に確保狙い』
実家の居心地良く、行き遅れの心配もしていない娘が、40歳を迎え
「この年齢じゃな~。ワシたちの老後見てもらえれば、アタシがご飯作るのお安いご用よ~」という両親や
アラフォー娘が男から婚約破棄言い渡されたを聞き、いくら病後で気が弱くなっているからといって
行かず後家を孤独死させる恐れが高いというのに、「ちょうど良かった。看病頼むわ」と喜んだ母親など
ヒトデナシ親は、世俗のオメデタイ型円満家族が想像するよりはるかに多いですぞ
「一人暮らしはおカネかかる。上げ膳据え膳でラッキーじゃん」
てな感じで、トピ主義弟妹のケースも十中八九、彼ら自身は陥穽に気づいていない(怖)




上段の疑惑が当たっている場合
何一つ出来ない義弟と義妹は、仮に婚活したって不良物件として相手にされず空振り
実家に居座り続ける結果、必ずや、両親バタリ倒れて再起不能の際には大パニック起こす
介護どころか、別居して独立した家庭持つ兄夫婦に、「長男だろ」「長男の嫁でしょ」と責任なすりつける
両親は両親で、この期に及んでも育児失敗を反省せず、「出来ない者は出来ない、仕方ないじゃないか」
出来ない者は出来ない。これが通用するのは、やれば出来るが、やるわけにいかない事情持つ者のみ
両親は飽食小皇帝を2匹も育て上げた後始末を含め、つまり、死にぞこない&永遠の幼稚園児の世話を
個人主義根付かない精神後進国ならではの、腐りきった血縁なれ合い主義を家族愛と称して
トピ主夫婦の人生が破滅しようが知ったことかとばかりにゴリ押ししてくる
と見ますね




「夫は一人暮らし経験があるので家事はやってくれる方だと思いますし、
今回の事も義母に言われてあまり深く考えずに私に『行ってやって』と言ってしまった
と反省してくれていました。」
トピ主夫がどこまで、自分の実家が異常と気づいているかわかりませんが
何故いい大人2人の世話を、内心では他人意識持たれているであろう妻がしないといけないのか
それが知れただけ、収穫と思います
妻を守るべき立場の夫が、実家側に立ち妻を攻撃する、あるいは、嫌なことには頬かむりする
これは何も夫に限らず、実家依存症の妻にも言えますけど
別居の場合は二度と実家の敷居はまたがないくらいの姿勢を、同居の場合は別世帯であるケジメをきっちり示す
独立所帯持つ者に求められる、円満な家庭を目指すための収穫をね


$mathichenの徒然なるままに-「在外」日本人 柳原和子




表紙左上の方に、プラハの春という文字が見えますね
チェコ在住が半世紀以上に渡る小野田勲氏へのインタヴュー題名です
日本とチェコ(スロヴァキア)間の貿易を中心にやっている日本商社駐在員となった小野田氏は
若き日には、戦前のアヴァンギャルド芸術運動に深い関心を抱きつつ、共産主義者同盟ブントの一員でもあり
世界構造の変動への予感が確かなものと思え、東欧諸国との連携を取っていかなければならないと
60年安保闘争前年の1959年、留学生となってプラハを目指しました
…60年安保闘争がどういう結末を迎えたかを思えば、プラハ行きは、皮肉な選択だ…(Wikipedia








1968年の『プラハの春』そして『チェコ事件』(Wikipedia
新たに芽吹いたチェコ改革の動きは無残にも、ソ連軍主導による戦車の大群に踏みにじられてしまいました




あるひそかな別れの席で、小野田氏は「3年経ったら、また学部で会おう」
すると、近くにいた哲学専攻の学生が、「3年じゃない。20年」
「今度の敗北は20年だ。日本人にはそこがわからないんだ」
この言葉を、古代スラブ語をやっていた日本人言語学者に話したら、たちどころに言われたとのこと
「君、それは蝉だよ。20年に一度、地上に出てきて啼く蝉だよ」
…『ビロード革命』は1989年だから、21年後の勝利…ま、細かいことは置いといて




哲学専攻の学生は、逃亡せず、2ヶ月後、大学の前の電車停留所で、突然ソ連製のジープで轢かれ命を落とし
彼の親友だった心理学専攻の詩人と酒を呑んで弔った小野田氏に
社会改革運動はすでに地下に潜っていたがわかりました
反ソ派狩りが行われ、国外逃亡した面々も多数いた時期ですかね




この時期、小野田氏は常に全財産の2000ドルと日本のパスポートをポケットに入れていた理由として
いつ何があっても妻子と3人だけはどこかに逃亡出来るようにするためでした
それを肌身離さず、あちこちの集会を駆け巡ったのですが
チェコの友人たちにそのことだけは話せませんでした
「逃げ場のある人と無い人では対話は本質的に成立しないんですよ」




それで思い出したのが、1999年のコソボ紛争(Wikipedia
正確に書けば、テレ朝‘ニュースステーション’、ある夜の特集
紛争について、日本滞在中のセルビア人とアルバニア人に話し合いの場を設けたのですわ
詳細は見事に忘れました。敵同士ご対面の場面だけ記憶に残っています
都内のホテル一室に入ってくるや、挨拶と自己紹介もそこそこに熱い議論の戦闘開始
英語で話している所を見ても、海外に出て暮らしていけるのは裕福で教育水準高い、まぁ特権階級にしても
立場は真逆なれど、祖国が危機に瀕しているという点では、『同志』、相通じるものがある
よくわかりましたよ




記事題名ドイツ語の意味、『苦しみと同情』が正しいんでしょうがね
『或る人と悲しみを共にする』と意訳すれば、『共に悩み悟りゆく』にも変化しますわな
本質的には、立場はそれぞれなれど相通じる者同士にのみ成立すると思います
が、心眼を開けば、異邦人にだって可能であるとも




小野田勲氏は、チェコ文化に魅かれ彼の国をよく知るにつれて
学生たちの生い立ちや家族の運命などに興味を抱くようになりました
いわば学生一人一人が研究対象になり、そこで初めて
賢く美しい学生たちとその家族が生きてきた社会主義がどんなに悲惨であったかに、改めて直面しました




激動の1968年を過ごした後、小野田氏にも変化が訪れました
それまでの日本人女性との幸福な家庭を離れ、教職で受け持ちの女子学生の一人と再婚
彼女の父親は共産党政権に対するクーデターを計画したとされ、終身刑で獄中の身にあったといいます
そのため、娘は幼い時からさまざまな苦しみを耐えていたので
小野田氏は彼女に、「国家がしてあげられなかった全てを、僕が代わってやってあげよう」
そう思ってしまったんですね
そして学問と教職から身を引き、駐在員へと転向しましたとさ


【イタリア】バロテッリにとって代表、ユーロとは何だったのか
webスポルティーバ 7月6日(金)11時45分配信

「人生の中で最も幸せな日」

 ドイツを破りチームをファイナルへと導いた夜、2ゴールを母に捧げたバロテッリはマイクの前で安らかにほほ笑んだ。決勝で敗れると、空をうつろう目から大粒の涙をこぼした。アズーリのジャージはなぜここまで彼に“素”の顔をさらけ出させてしまうのだろうか。

 バロテッリが素直な喜びを表現したのはドイツ戦の試合後が初めてではない。イタリア国籍を獲得した日がそれだ。18才の成人を迎えて真っ先に行なったこと、それが「イタリア人になる」ことだった。

 彼はイタリアで生まれ、イタリア人として育てられながら、バロテッリ家の一員であるために里子としての延長手続きを2年おきに踏み続けなければならなかった。登記上は“市民権を持たない移民の息子”であり、子供の頃から“外国人”として滞在許可証を手にするため警察署で列を作らなければならなかったのだ。

 ガーナ人移民のバルウアー家の長男として生まれた彼が、2歳の時にバロテッリ家へ里子に出されたのは有名な話だ。そうなったいきさつについて、実の両親とバロテッリ本人との間には見解に食い違いがある。だがバロテッリ家の養子申し出にも姿を現さず(養子となれば「イタリア人」になれた)、「今まで誕生日に電話の1本すらくれなかった」というマリオ少年が「親から捨てられた」と感じざるをえなかったのは事実だろう。

 16歳の夏、バルセロナでのテストで選手としては認められながら、「EU枠外」を理由に見送られたことも憎悪を深めることになった。彼は移民の子にもイタリア人にもなりえなかった。肌の色の違いも事態をさらに複雑にした。

 彼には自分がイタリア人であるという強い誇りがあり、イタリア代表に対する執着は尋常ではない。アズーリが自己の証であるかのように。そう考えると、今回のEUROの出だしの、柄にもない緊張とこわばりの理由が見えてくる。

 グループステージのバロテッリはいつもの彼ではなかった。前線で積極的にプレスをかけ守備にも貢献するのだが、動きは固く、思い切りもなく、肝心の絶好機を決められなかった。国内では不満の声があがった。「期待外れもいいところだ」と。また、彼が合宿所でチームメイトから浮いていると報道されたり、スタジアムでは人種差別も入り混じったブーイングを浴びせられたりもした。風向きは悪くなるばかりのように見えた。

 しかしプランデッリはセンシブルな監督だ。3戦目のアイルランド戦で、彼は試合に出られる状態にあったバロテッリをあえてスタメンから外した。ベンチに置かれる怒りを引き出して緊張を解きほぐすと同時に、彼が背負っていた責任の重荷を少し軽くするためだ。この療法が功を奏したのか、後半途中からピッチに立った彼は今大会初のゴールを決めた。

 肩の力が抜けたマリオは普段の自分を取り戻した。スペインとの決勝ではいいところがなかったが、イレブン全員が疲労困憊の中で、あれ以上何ができたというだろう。

 イタリア代表は彼のお陰もあってファイナルまで進んだ。とはいえ今大会のイタリア代表が「バロテッリのアズーリだった」とは言い切れない。真の力を出せたのはドイツ戦だけで、大会を通してチームをけん引したのはピルロ、デ・ロッシら2006年W杯優勝メンバーだった。彼にとってそのあたりが少々“不本意”だったはずだ。

 これからも波はあるだろう。性格的な不安材料もある。だが彼のよき指導者であり懐(ふところ)深いプランデッリの監督続投は朗報だ。この導き手によってブラジルまでに引き出される潜在能力はまだありそうである。

内海浩子●文 text by Uchiumi Hiroko

( 出典先:Yahoo!ニュース )





National Anthem of Italy EURO 2012




どう聴いても、偉大なるヴェルディ先生っぽい。オペラ誕生国の本領発揮ですかね

怪物君にとって、右側に立つ10人のチームメート以上に思い入れかしらん

アズーリの結果はどうあれ、一員に迎え入れられ、「イタリア人である」自信もついたか

追い出されないだけのイイ子にして、怪物ぶりはプレーで発揮しなされ