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mathichenの徒然なるままに

mathichenの酔いどれ日記【Hatena版】
https://mathichen.hatenablog.com/
ココに常駐中

死にかけのゾンビ気分なので、横になってそのままタヌキ寝入り、全然観てませんがね




大津祐樹「まだまだ自分は下手くそ」=サッカーU-23日本代表
(スポーツナビ)2012/8/11 9:52

 サッカーのU-23日本代表は10日、カーディフのミレニアム・スタジアムでロンドン五輪3位決定戦のU-23韓国代表戦に臨み、前後半にそれぞれ1点ずつ許し、0-2で敗れた。日本は44年ぶりの銅メダル獲得はならなかった。

 以下は試合後の大津祐樹(メンヘングラッドバッハ/ドイツ)のコメント。

「ここまで来られたのは実力だと思っているし、ただ、これ以上行けなかったことも実力だと思っている。(1次リーグを)突破したことは良かったですけど、あとひとつレベルを上げるために、個人個人が能力を上げないといけないと思います。

 まだまだ自分は下手くそだし、能力がないから勝てなかった。自分が3点でも4点目でも取れば、勝っていた」

( 出典先:http://london.yahoo.co.jp/news/detail/20120811-00000012-spnavi




「韓国のみならず外国の選手は、数的不利の条件であっても得点する能力を持っているが、
現在の日本選手にはその能力がないのが最大の欠点であろう。」
ヤホー記事に見つけた表現を拝借しました
「自分が3点でも4点目でも取れば、勝っていた」?
世界水準から見れば、まだまだチームもキミも下手くそだし、能力が無いから勝てなかったんでしょ
結局、学習能力も無い、何もわかっていないような???




銀メダル獲得の報奨金は、100万円で男子の10分の1
なでしこを利用するだけ利用し、美味しい所取りをするのは、世界に冠たる金満協会JFA




女子はエコノミー 飛行機に「男女差別」 なでしこ、豪バスケ…欧米メディアが批判
配信元:SANKEI EXPRESS
2012/07/24 10:20更新

 7月27日から開幕するロンドン五輪の代表選手が開催地ロンドンに向けて利用した飛行機の座席をめぐり、男女差別騒動が勃発している。日本のサッカー代表で昨年の女子ワールドカップ(W杯)で優勝した「なでしこジャパン」と豪州のバスケットボールチームに関し、男子はビジネスクラスなのに女子は価格が安いエコノミークラスだったことが発覚したからだ。欧米の主要メディアの多くがこの問題を批判的な論調で報じている。

 7月19日付英紙ガーディアンなどによると、「なでしこジャパン」と男子サッカー日本代表は(7月)16日未明、羽田空港からパリに向け、同じ日本航空機で出発したが、日本サッカー協会の発言として、男子はビジネスで、なでしこはエコノミーと説明。

 これについて、なでしこのエース、沢穂希(ほまれ)選手(33)が日本の記者団に「年齢的に見たら私たちが(男子チームより)年配だから、逆でも良かったと思うけど」と答えたと報じた。

 五輪サッカーでは女子代表に年齢制限はないが、男子は原則23歳以下と決まっている。

 ■実力では格上

 日本オリンピック委員会(JOC)は、柔道代表といった体が大きい選手を除き、日本代表の移動手段をエコノミーと定めている。サッカー男子代表は日本サッカー協会(JFA)の援助でビジネスに格上げした経緯がある。

性差別!バスケ豪五輪代表、女子だけエコノミー、男子はビジネス
なでしこが出発「胸に金メダル下げ帰ってきたい」 

 しかし、欧米メディアは「なでしこは世界ランキング3位だが、男子は20位で1968年のメキシコ五輪銅メダル獲得以来メダルなし」(7月19日付米紙ニューヨーク・タイムズ)などと説明。実力で格上のなでしこの座席が男子より格下扱いなのは不当との論調で非難した。

 そして、「女子W杯ドイツ大会で優勝した時は帰りがビジネスクラスになった。再び良い結果を出し、同じ待遇を受けられるようにしたい」との沢選手のコメントを紹介し、なでしこにエールを送った。

 ■身長が高いから?

 豪州のバスケットボールチームの一件は、7月19日付豪紙シドニー・モーニング・ヘラルドが、金メダル獲得が有力視される強豪の女子代表がエコノミーなのに、過去全くメダルなしという男子代表がビジネスを利用したと報道。

 女子チームは長年こうした差別的扱いを受け、不満をためているが、決して公で不平を言わないなどと応援した。

 これを受け、豪州のスポーツ担当大臣のケイト・ランディ氏(44)は7月20日付豪紙エイジで「男女とも同じバスケットで戦い、等しく国を代表している。異なる座席クラスにすべきではない」と批判。

 豪州バスケットボール協会も(7月)20日、遠征時の規定見直しを示唆(しさ)した。

 座席格差の理由について豪州のバスケットボール協会はエイジ紙に「男子の平均身長が2メートルで女子が183センチだから」と説明したが、エイジ紙は「2メートル3センチの女子選手がいれば183センチの男子選手もいる」と具体的に反論した。

 今回の問題は、英公共テレビ局チャンネル4(7月19日付電子版)のように「五輪での性差別騒動」との見出しを取り、明確な男女差別との観点で厳しく報じるメディアもあり、波紋が広がりそうだ。

( 出典先:http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/natnews/topics/578676/




なでしこ帰国便はビジネスクラスに決まったそうな
諸外国から叩かれたから慌てて?さすがはオトコらしくない協会ですね~




まぁJFAの因業ぶりはオンナ利用にとどまらず、いまさら驚かないって




$mathichenの徒然なるままに-堺ナショナルトレセン

経緯

工場閉鎖後の使い道の無くなった土地とその固定資産税の負担が残った大阪ガス、臨海部の遊休地の再生・再開発を行いたい堺市、慢性的な活動場所の不足に悩む日本サッカー界の思惑が合致、その結果としてサッカー関連施設の整備計画が持ち上がっている事が一部マスコミで報道される。

2006年(平成18年)10月に堺市が、木原敬介堺市長、太田房江大阪府知事、川淵三郎日本サッカー協会会長ら関係者を揃えて記者会見を行い構想を発表。開設時期(「2008年の早い時期」との表現)、施設の概要、敷地内のレイアウトなど計画の詳細も発表された。この記者会見翌日の新聞報道では、大阪ガスが所有地を20年間無償貸与する代わりに堺市が固定資産税を免除する方向であると報じられた。

後に建設予定地の土壌汚染とその汚染除去作業に時間が掛かる事が判明、堺市公式サイト内での事業説明では開設は2010年春頃になると変更された。また施設についても、人工芝ピッチの1面減少、照明設備の減少、屋根付きフットサルピッチの減少(ピッチ総数は変わらず)、スポーツ広場・センター広場の追加など、構想段階から若干変更された。

2008年(平成20年)3月に大阪ガスとの間で土地使用貸借契約を締結。契約範囲は本施設建設地約35.4haを含む42.6ha、契約期間は同年4月からの22年間。

2008年(平成20年)4月に堺市・大阪府サッカー協会・日本サッカー協会の三者は基本合意書に締結。合意内容は日本サッカー協会が施設整備費用のうち5億円を負担する事、両サッカー協会が年間3000試合の試合誘致に努める事、堺市が必要性に応じて宿泊機能の確保に努める事の三点。

2008年(平成20年)7月工事着工、2010年(平成22年)3月完成。なお、計画および建設初期段階においては、堺臨海部サッカー・ナショナルトレーニングセンターの仮称が用いられていた。

運営

2010年(平成22年)3月19日に報道陣に公開され、その後プレオープンとして地元の学校やスポーツクラブへの貸し出しを開始、3月28日の開設記念式典を経て4月1日より正式オープン。

前述の年間3000試合の試合誘致については、施設完成前である2009年の段階で2010年度の利用分として約6700試合の申し込みがあるなど順調な滑り出しを見せている。

なお堺市は2010年度中にも施設命名権を販売して財源を確保する方針を明らかにしていたが、練習施設の高値売却は難しいとして見送られ代わりに愛称を全国から募集、2010年11月28日愛称がJ-GREEN堺に決定した。

【J-GREENの頭文字の意味】

J=Japan(日本)・Jump(飛躍)
G=Global(世界的)
R=Realize(実現)
E=Ecology(環境)
E=Education(教育)
N=Next generation(次世代)
2012年4月からは中学世代の女子選手の育成・強化を目的として「JFAアカデミー堺」を開校させている。既設の福島(御殿場に移転中、男女とも)・熊本宇城(男子のみ)と違い、女子のみを対象としている。

( Wikipedia:『堺市立サッカー・ナショナルトレーニングセンター』より引用 )

堺ナショナルトレセンのニュース記事を見た途端、「書いとかな気が済まん…」
築港八幡町なんで【未来は八幡の藪知らず】とイヤミかましました

あそこは確か、川渕キャプテン肝煎りで作られたはず
本当に役立つという感触あれば、取り立てて文句も言わないのです
閑古鳥の安住の地は言い過ぎかもしれないけど、採算合わないのは…
ちなみに、JFA悪印象の元凶の一つ

それくらい、市の福祉行政はサイテー級
「おいおい」な隣の大阪市でさえ一部サーヴィスはそれなりなのに
そこから引っ越した神戸市はアンビリバボー級という証言があるにしても…
いくら市役所地域福祉課の管轄では無いとはいえ
重度障害者用施設が子ども相談所の管轄というのは
厚生労働省ヘン以前に、その他の福祉と合わせ
役所の生意気な公務員どもにみっちり人生修業させる機会を奪います
政令都市なので○○区役所に分かれていますが、あちこちでどれだけ
困っている老親が青二才や小娘のせいで悔し涙に暮れているやら
本庁休憩時間は税金で新築した21階展望ロビーや喫茶コーナーでノンビリ
精神的にはアバズレやそれにへつらう腑抜けのくせに
若いうちから身分や福利厚生の保証される連中になど
老体に鞭打って子供の介護しているジジババの苦労や
子供の障害者年金に頼らざるを得ない貧親の忸怩たる思いわかるかっての…

とにかく、書かずにゃ調子悪くなるくらい、トレセンは悪印象
出来上がったものを壊せとは言わんから、最大有効利用計画お願いしますぞ
こんなドグサレ都市、必ずや出て二度と足を踏み入れない、究極の夢ながら

( 2010年3月19日Yahoo!Days【千利休さんも首を傾げる。横山のやっさんはキレる】 )




「あそこは確か、川渕キャプテン肝煎りで作られたはず」
サッカーなんて興味ゼロ、そんなウチの元料理番から聞いたんですよ
意味不明なババァですら知っている、堺市挙げての一世一代企画だったということ




弟の養護学校教師(担任ではなかったけど)は現在
南区に自前で開いた施設長なのですけど
福祉現場上がりの人は事務上がりと違い臨機応変です
ショートステイは普段でも希望多く
盆暮れなど世間の休暇時には争奪戦に近いから
手薄な状態であっても可能であれば融通を利かす
例えば
老親が中年の障害持つ子供を抱えている、若い親でも仕事や家庭の事情で手一杯など
休息や都合上ショート必要不可欠を知るからです
歴史あるお墨付き施設で近年サーヴィス開始の所では
世間知らずで「利用させてやってる」意識チラリや
本格的に生涯入所の申請しても何年何十(百)人待ち
そんな世情を加味すれば、いかに行政がドグサレか?

2ヶ月間連日のように何ヶ所も弟を引き回す形の結果
トレセン計画を不愉快に見る福祉関係者や利用者を
「ホンマに必要なんか?どうやねん?」
「それだけ土地あるんやったら、もっと施設作らんかい」
「市役所本庁置く堺区に施設少ない、恥ずかしいやろ」
「親子揃っての位牌を心配せなアカン家もあるんや…」
他にもまだまだ…思い出すのも疲れるくらいに

施設誕生したらしたで…
近隣の市の施設から一部お引っ越し最優先や
上空から見ると世界一デカイ墓型機能性ゼロ建物でした




前市長は元公務員の官僚、建設費65億のうち50億が堺市の負担、10億が大阪府の負担
つまり、ほとんどが地元堺市の税金使っての建設
本来は利用者の日本サッカー協会及び、大阪サッカー協会が支出の大部分を背負って建てるべきものなのに
官僚出身による、地元土建屋へのバラマキ政治そのもの




以上の事実と合わせ
ババァは福祉現場が如何に戦場か、まともに見ていないまま特養で余生を過ごされてるからな
障害者抱える家でも知らないとなると
「ナショナルトレーニングセンター=国とかJFAが作っている」
「自治体がそんなに負担してなんて、驚愕の事実かも」
一般市民や第三者的立場の人は知らぬが仏かしらん
でも、五輪フィーバーに浮かれポンチな巷を見たら、書かずにゃおれんのよ
勝っても負けても浮かれる青い大応援団系にゃ、何度生まれ変わっても理解不能でしょうけどさ
高い寿司屋やネズミーランド、海外旅行などの贅沢とは、即日即刻に永遠のお別れを強いられるてな
賢ぶった小娘青二才の分際わきまえないドブネズミに相応しい末路をこの世で見ない限りね




今年も盆休みの時期が訪れましたが
盆暮れなど世間の休暇時には争奪戦に近いから
手薄な状態であっても可能であれば融通を利かす
堺市に限らず、世界的に見ても福祉が薄い、無慈悲な島国のあちこちで見られるのでしょう


理数系は全くダメな文化系の頭の体操として




mathichenの徒然なるままに-ロマノフ家の最期




最期

1917年、ニコライ2世の最後のものと伝わる写真ボリシェヴィキによる十月革命がおこってケレンスキー政権が倒されると、一家はウラル地方のエカテリンブルクへ移され、イパチェフ館(資産家イパチェフの家)に監禁された。イパチェフ館は高い塀と鉄柵で覆われ、全ての窓がペンキで白塗りされ、一家は外部との接触を禁じられて厳しく監視されていたが、互いに協力しあって生活を送った。ニコライは死の4日前まで日記を書き続けた。しかし、チェコ軍団の決起によって白軍がエカテリンブルクに近づくと、ソヴィエト権力は元皇帝が白軍により奪回されることを恐れ、1918年7月17日午前2時33分、ウラジーミル・レーニンよりロマノフ一族全員の殺害命令を受けた、元軍医でチェーカー次席のユダヤ人ヤコフ・ユロフスキー(Yakov Yurovsky)率いる、ユダヤ人・ハンガリー人・ラトビア人で構成された処刑隊が、元皇帝一家7人、ニコライの専属医、アレクサンドラの女中、一家の料理人、従僕をイパチェフ館の地下で銃殺した。

スターリン時代は皇帝処刑は革命に貢献する行為とされていたため、ソ連政府は一時期、革命教育の一環として処刑に参加した兵士を全国の学校や職場で講演させ、自分の体験を英雄的行為と考える彼らが当日の情況を多くの人に詳細に語った。そのため、皇帝一家が地下室に集められて処刑隊の指揮官が死刑執行を告げたとき、皇帝が当惑したように「何と言ったのだ?」と訊き返したことや、壁際に固まった10代の子供たちを含む一家に拳銃の乱射が浴びせられたこと、皇妃が皇女たちの前に立ちはだかり「子供たちは撃つな!」と叫んだことなど、この処刑の状況はきわめて具体的に判明している。

ユロフスキーが残した資料によると、殺害した遺体はその後、一度廃坑に埋められた後掘り起こされ、別の廃坑付近で2体の遺体を焼却した後に残り9体が硫酸をかけた上で森に埋められた。その後、ソヴィエトは「ニコライ2世のみが処刑されたが、家族は安全な場所にいる」と発表した。これは、ドイツ出身のアレクサンドラ元皇后らの殺害の事実を伏せることにより諸外国とのトラブルを回避する為であった。殺害の決定においては、レフ・トロツキーが「ニコライを裁判にかけて罪状を裁くべき」と主張したが、レーニンは「ニコライの手は血に塗れているのだから裁判は必要ない」と強硬に殺害を主張してこれを認めさせた。殺害後、レーニンはユロフスキーらに面会してその労をねぎらった。赤軍出身の歴史家ドミトリー・ヴォルコゴーノフは、レーニンらによるニコライ一家の処刑を、ボリシェヴィキが「法を守る振りさえしなくなった」契機だと批判した。事実、一家が処刑された年にはミハイルら元皇族や元貴族が多数殺害されている。

ソビエト連邦崩壊後の1994年、発見された遺体が本人たちのものであることが確認され、2000年8月、ニコライ2世はロシア正教会において家族や他のロシア革命時の犠牲者とともに列聖された。またロシア連邦捜査委員会は2011年1月、レーニンが処刑を下命した証拠は存在しないとの調査結果をまとめた。

死後

元皇帝一家の最後の状況については、5番目の皇女がいる、皇帝一家は死んでいない、など長年さまざまな噂が流れていた。末娘アナスタシア皇女を名乗る女性(アンナ・アンダーソンなど)がヨーロッパ各地に現れ、世間の話題をさらうこともあった。一方、一家が殺害されたイパチェフ館は、モスクワの指令を受けたボリス・エリツィンにより、1977年7月に解体された(エリツィンはロシア連邦大統領になった後にこの件について釈明し、謝罪している)。その後、1979年になって民間人の地質調査隊がニコライ2世の死に関心を抱き、ボリシェヴィキの両親を持つゲリー・リャボフ調査員が元皇帝一家の遺骨を発見したが、モスクワで専門家に「この事に首を突っ込むな、全部忘れてしまえ」と警告されたため、遺骨の石膏の型が取られた後いったん埋め戻された。ソ連時代はニコライ2世を殺害した事実はタブーであった。エリツィンによって取り壊されたイパチェフ館の跡地には2003年になって教会が立てられ、「血の上の救世主教会」と命名された。

1991年、ソビエト連邦の崩壊によって公開された記録から、元皇帝一家全員が赤軍によって銃殺されたことが正式に確認された。その後、改めて掘り起こされた遺骨のDNA鑑定を行うため、残されていた複数の資料との照合が行われた。その中には日本に保管されていた「大津事件血染めのハンカチ」も含まれていたが、サンプルの量が少なく、この資料からは血液型の判定までしか行えなかった。元ロシア皇族の末裔らも、鑑定用に検査に応じた。グリュックスブルク家とヘッセン家の血を引くエディンバラ公もその一人である。

結局他の資料から遺骨がニコライ2世本人のものと判明。ロシア正教会は他のソビエト革命の犠牲者とともにニコライ2世とその家族を「新致命者」(殉教者の意)として列聖した。この列聖には、過去の清算とイパチェフ館の罪滅ぼしをしたいエリツィンの意向が働いていた。2007年7月にはエカテリンブルク郊外で新たな二つの遺骨が掘り起こされ、翌2008年7月16日にアメリカの機関による大津事件の際の血痕付着のシャツのDNA鑑定の結果、長男アレクセイと3女マリアのものであるということが確認され、元皇帝一家全員分の遺骨が確認された。

2008年10月1日、ロシア最高裁判所にて「根拠なしに迫害された」として名誉回復の裁定が下された。ロマノフ家事務局代表は、「90年前の犯罪が指弾されることは重要」として、この裁定を歓迎した。

( Wikipedia:『ニコライ2世』より引用 )




写真の本は、原著が1976年刊行、邦訳が1977年刊行(文庫版は、1987年刊行)
DNA鑑定の存在しない時代・クレムリンの壁は高い・当時入手出来た資料によるを差し引くにしてもだ
おっと、もう一つ、アンナ・アンダーソンが本人である可能性が高いという結論に達しているを追加




「1991年、ソビエト連邦の崩壊によって公開された記録から、
元皇帝一家全員が赤軍によって銃殺されたことが正式に確認された。」
クレムリン秘蔵公文書を全面否定するつもりはないが、全部正しいとも限らん
興味深いのは何より、イパチェフ館での虐殺は、物理的に無理があり、残された証拠も怪し過ぎること
(詳しく知りたけりゃ、古本屋行くか、Amazonでお取り寄せしな)
「モスクワの指令を受けたボリス・エリツィンにより、1977年7月に解体された」
何か具合悪い証拠隠滅じゃないの?




第4皇女は生き延びたという『アナスタシア伝説』を信じるほどオメデタイ頭じゃなくたって
(アナスタシアと称する女性が
「偽物であったらともかく、本物であったとしたら
そして『私は私である』ということを世界中の誰も認めないとしたら
……これほど悩ましい悲劇はちょっとあるまい」

山田風太郎が‘人間臨終図巻’が述べたという言葉、これは何事にも念頭に置け




mathichenの徒然なるままに-世界の女王たち




1988年刊行の‘世界の女王たち’
この中に、『ロシア皇女 アナスタシアの謎』
‘ロマノフ家の最期’にも引用されている報告に多く当たってるんだけどね
(1918年当時の駐露英国高等弁務官チャールズ・エリオット卿による報告書)
‘ロマノフ家の最期’が書かれた1970年代といえば、1918年当時を知る関係者はまだ多く存命していた
皇帝一家と関わり持つ王侯貴族筋の情報は見逃せない
皇帝一家の運命にはとにかく、英国・ドイツ・デンマーク他の王室が暗躍しまくりなのよ
考えてみましょ
皇帝の母君マリア皇太后は、デンマーク皇女
アレクサンドラ皇后は、ヘッセン公女だから、ドイツ人
皇帝と皇后はどちらも、英国のジョージ5世のいとこに当たる
短く書いても頭痛がするくらい、欧州王室は血縁と姻戚関係結びまくり
当然、欧州王侯貴族の公文書館にも、わんさか非公開資料あるはずだよな?




皇帝一家の運命について推測される結論はですな…




皇帝とアレクセイ皇太子は、1918年7月17日(16日かも?)、イパチェフ館でない別の場所で処刑された
皇太子はヴィクトリア女王の孫に当たる皇后経由による血友病遺伝のため、どっちみち長生き出来ないものの
息子の健康を案じた父親により皇位継承権放棄させられてようが、やっぱ世継ぎに生まれるのは損だわ
その点、王家でも女子や運の良い次男坊以下などは、生き延びる可能性は高い
皇后とオリガ、タチアナ、マリア、アナスタシアの4皇女は、ドイツ系でもある
ドイツに囚われている同志返還しやがれ取り引き要員として、レーニンには大事な持ち駒
どうやらペルミに移送された模様で、どこかへ再移送された?1919年1月末頃までの足取りは確認されている
その頃には、世界情勢とお家の事情が変わり、彼女たちの価値は下落の一方だったので
レーニンが命じたかは置き、粗末に扱われ、遂に命運尽きてしまった
遺体だけを戻して皇帝、皇太子と一緒に埋めた、不自然で面倒だがあり得る
『イパチェフ館の虐殺』を正当化するに必要不可欠ならば




…アタクシは独断と偏見と邪推好きですが




世に知られる歴史(正史)なるもの、『公式に認められた物語』である以上
たとえ、一面しか見られなくても偏見を排し、両面を描かなければならない
それが歴史を書く行為というものである
(『イパチェフ館の虐殺』、これは、特別重要事件裁判所調査官ニコライ・ソコロフが確立させた
「この文書だけから判断すれば、皇帝一家は死んでいない」
お上に望ましい結論を引き出すための、不都合な情報は無視した偏見の塊ファイル作成
「歴史はソコロフ調査官の手で歪曲された」と、法医学の見地から断罪されている)





昔々読んだ少年向けSF小説に、時間パトロール隊(歴史パトロール隊だっけ?)が登場
彼らの任務は、「正しい歴史を守ることにあります」
で、いたいけな中坊たちが協力、反パトロール隊(名前の欠片すら出て来ん…)の敵退治に向かうと
「正しい歴史って、何だね?
事実は一つだが、しかし視点はいくつもあり、『真実』は一つじゃないよ」
こんな感じでお説教され、子供は単純だ、「そーかぁ」と寝返り、パトロール隊との戦いに勝利した
メデタシメデタシの後、都合上、一度経験している何ヶ月か前から日常生活に復帰するんだけど
すでに見聞きしている物事に微妙なズレあったりするのよね~




何が言いたいか?




まもなく8月。TVでは、この時期恒例の戦争特集多いんだろなウンザリ
それらの番組を全面否定するつもりはないが
日本人の都合に合うのばっか観て、妙な世界観持つなよ、平和ボケどもがって意味




多くの平和運動家がポーランドに赴き、『ヒロシマ・ナガサキ・アウシュヴィッツ』のお題目唱える
「同じ大量虐殺の被害者だから手を取り合って平和を訴えていこうね」
ポーランド人は表向きは同調するも、本音は冷めてる
「ただな、ポーランド人は、問答無用で侵略され、戦争を仕掛けられたんだ
日本は、どうだ?自ら戦争を始めた国、鉤十字ドイツと同盟を結んだ国だろ
米国の核によって非戦闘員が大量に傷ついたは自業自得であり、悲劇は戦争を止められなかった点にある
ヒロシマ・ナガサキ・オシヴェンチム(『アウシュヴィッツ』は、ドイツ語。ポーランド人が怒るよ)
まず自国に非は見られなかったかと反省することなく、一緒にすんなよ~」




記事題名の意味:『スペイン語では、歴史と物語、どっちもHistoria』




7月28日のYahoo!独話別館記事
何時間かけての執筆よなのに、見事にカテゴリ落ち
アクセス数を一番稼げるアメブロ別荘で陽の目見させてやる~



銅メダルへ全力 清武「日の丸背負っている以上、メダル持って帰らないと」

ロンドン五輪サッカー男子準決勝 日本1-3メキシコ (8月7日 ロンドン)

 日本は準決勝でメキシコに1―3で敗れた。初の決勝進出は逃したが、10日(日本時間11日午前3時45分開始)の3位決定戦で韓国と銅メダルを懸けて戦う。

 敗れはしたが、選手はすでに最後のメダル獲得を目指して気持ちを切り替えている。清武は「まだメダルはあるので切り替えて頑張りたい。日の丸を背負っている以上、メダルを持って帰らないといけない」と強い決意。杉本も「ダメージは大きいが、下を向いている暇はない。絶対にメダルを取って帰りたい」。

 宇佐美は「向こうのシュートが素晴らしかった。ああいうシュートを決めてくる力を持った選手が、相手に今までいなかっただけ。次に勝てばメダルというのは、わかりやすくていい」と、メキシコの勝利をたたえ、今度は自分たちの番と気持ちを変えていた。

[ 2012年8月8日 06:52 ]

( 出典先:Sponichi Annex )

韓国 日本戦に自信 指揮官「日本をよく知っている」
(スポニチアネックス)2012/8/8 11:20

◇ロンドン五輪サッカー男子準決勝 韓国0―3ブラジル(2012年8月7日 マンチェスター)

 ロンドン五輪第12日(7日)サッカー男子の準決勝で、ブラジルに0―3で敗れた韓国は、銅メダルを懸けた3位決定戦で日本と対戦することが決まった。

 序盤こそ2トップの高さを有効に使い、押し込む場面が続いたが、得点を奪えないと徐々に押し込まれる。前半38分に先制を許すと、後半には2点を奪われて完敗。

 抜群の決定力を見せつけられた韓国の洪明甫(ホン・ミョンボ)監督は「序盤のチャンスを生かせなかった」と悔んだ。また、「選手が疲れていた」とPK戦の末に英国を下した激戦の影響も敗因に挙げた。

 韓国史上初のメダル獲得が懸かる相手は日本。柏などで活躍した同監督は「私たちは日本をよく知っている。(韓国代表には)Jリーグでプレーする選手が多くいて、われわれにとって大きな助けとなる。勝つ準備をしたい」と自信をのぞかせた。

( 出典先:http://london.yahoo.co.jp/news/detail/20120808-00000074-spnannex




国旗を背負うなんて感傷的な言葉にはアレルギー起こす体質は置き
国旗を背負うに価値あるとしたら、そりゃ全世界共通でしょ




韓国史上初のメダル獲得が懸かる相手は日本
いや~面白そうですね。初物獲得が、宿敵国を泣かせて。44年間何してたのさより見応えある




というか








メキシコ国民の皆様が自分ちの代表不甲斐なさにブチ切れ、最後の方で「ハポン♪ハポン☆」 の大声援
当時TV観た中坊から四半世紀後に聞きました
「思わず笑うた~」?メキシコ国民の皆様は、開催国チームの惨劇でもあり、さぞかし悔しかったろ
半世紀近く経ってようやく溜飲下がったと思います




金メダルの保証は…





 【8月8日 AFP】ロンドン五輪は7日、男子サッカー準決勝の試合がマンチェスター(Manchester)のオールド・トラフォード(Old Trafford)で行われ、ブラジルが3-0で韓国に快勝し、決勝に進出した。

 2008年の北京五輪で銅メダルを獲得したブラジルは、レアンロ・ダミアン(Leandro Damiao da Silva dos Santos)が2得点、ロムロ(Romulo Borges Monteiro)が1得点を記録し、メキシコとの決勝へ駒を進めた。

 サッカーW杯で史上最多の5度の優勝を誇るブラジルは、今大会の金メダル最有力候補に挙げられているものの、五輪では一度も金メダルを獲得していない。

 ブラジルは前半38分にロムロのゴールで先制すると、後半12分と19分にレアンドロが追加点を挙げ、準々決勝で英国とのPK戦を制した韓国を退けた。(c)AFP

( 出典先:AFPBB News )




サッカーW杯で史上最多の5度の優勝を誇る王国ブラジルが、五輪では一度も金メダルを獲得していない
フットボール界七不思議の一つ。これだけでも、さぞかし悔しかろなのに
2014年W杯、1950年以来の自国開催になりますがね
歴代の優勝国で自国優勝していない唯一の国が、王国ブラジルなんて、沽券にかかわる~悲願達成あるのみ!
( * 1982年大会開催国であるスペインは、2010年南アフリカ大会が初優勝だから、例外とする)
が、何とな~く、一度ならず二度までもの予感が働くので
で、W杯優勝逃したら、2016年リオデジャネイロ五輪も逃す負の連鎖だと想像するので




もう一つの悲願達成して、2014年と2016年の分まで存分に、倫敦でサンバ踊りまくって下さいまし
…「出来るやないけ」と、2014年戴冠へのプレッシャーが帰国後にズッシリのしかかるかもしれませんけど…


mathichenの徒然なるままに-真実から目をそらさないで




ヤホージャパンTOPページから拝借してきました




「闇に葬られ、タブー視されていた実在の衝撃事件を描く映画9本。あなたはこれらの事実を信じられますか……?」
アタクシが信じるも何も、その前に、書いたアナタはご存知かしらん




汚れた心 CORACOES SUJOS/DIRTY HEARTS

解説: 『善き人』のヴィセンテ・アモリンが監督を務め、フェルナンド・モライス原作のノンフィクションを映画化した衝撃作。およそ70年前に、戦後ブラジルの日系移民社会で起きた驚がくの歴史に焦点を絞る。主人公に『築地魚河岸三代目』の伊原剛志、その妻を『CUT』の常盤貴子が熱演するほか、余貴美子や奥田瑛二らも豪華共演を果たす。長い間タブー視され、闇に葬られてきた真実に基づく陰惨な物語に言葉をなくす。

あらすじ: 第2次世界大戦終決直後、写真館を営むタカハシ(伊原剛志)は妻ミユキ(常盤貴子)と共にブラジルサンパウロ州の町で暮らしていた。そこで暮らす多数の日系移民たちは情報を遮断されたままの状態で、大半は当然日本軍が勝利したと考えていた。そんな折り、元陸軍大佐ワタナベ(奥田瑛二)が行政により禁止されている集会を開き……。

http://info.movies.yahoo.co.jp/detail/tydt/id342701/より引用 )




現代日本で気軽に使われている『勝ち組』『負け組』という言葉は
「大東亜戦争に勝った」「いや負けたんだ」と対立するブラジル移民社会発祥という衝撃の事実をさ




どこの移民社会でも多かれ少なかれ、母国への思い入れは見られます
鉤十字なメンゲレ博士を、潜伏先の南米まで訪ねた息子側から描いた‘マイ・ファーザー 死の天使’(2003年)
博士と同居しているドイツ人女性(鉤十字仲間だったと思う)は、「ドイツの新聞は当てにならないからね」
地球の反対側情報を仕入れるには、インターネットなんて存在しない時代だとほぼ新聞雑誌類に限られる
母国から離れれば離れるほど、確認手段は少なく、勝手な思い込みや願望が多く膨らんだであろうし
「フン、嘘ばっか」とはなっから信用しないのでしょう




戦後にサンパウロ移住した新聞記者によれば
彼の勤務する新聞社では、日本が戦争に負けた事実を認める立場を取ったら
勝ち組が「貴様らは国賊だ」とピストル持って攻めてくる勢いで
初代社長はピストル携帯して通勤したといいます
外部情報を遮断されたままの状態に加え
皇室の写真を飾っておくほどの閉鎖的社会だから(現在でもある程度?)
まあ勝ち組が勢い誇ったのはわかる気がします




日系移民社会を描いた映画といえば、対極にある米国映画2作品を





1936年。ロサンゼルスで日本人向け映画館を営む日系一世、ヒロシ・カワムラ(サブ・シモノ)の娘リリー(タムリン・トミタ)は映画館で働く元労働活動家のジヤツク・マクガーン(デニス・クエイド)と恋に落ち、両親の猛反対にもかかわらず、移民と米国市民の結婚を禁じた当時のカリフォルニア州法を避けるためシアトルに駆け落ちしてまで式を挙げた。娘ミニも生まれ幸福な生活を営んでいた2人だったが、ジャックが再び組合運動に深入りしてゆくのをリリーがやめさせようとした結果いさかいが起こり、リリーはミニを連れて実家へ戻ってしまう。そこへ降ってわいたような日米開戦、リリーの父はスパイの嫌疑を受けてFBIに連行される。やがて戦火の激しくなる中ジャックは徴兵され、日系人は収容所に強制移住となったため2人は離ればなれに…。やがて釈放されたリリーの父に対する周囲の視線は冷たく、日系人2世に対する忠誠心を問うアンケートに対してカワムラ家のチャーリー(スタン・エギ)とハリー(ロナルド・ヤマモト)は別々の答を選び、チャーリーは日本に強制送還、ハリーは米軍に志願する中、リリーは母(シズコ・ホシ)と残された家族の面倒を見るので精いっぱいだった。そこへ軍隊を無断で抜け出したジャックがリリーとミニに会いにやってくる。ついに2人の仲を許したリリーの父の説得で戻ってゆくジャックだったが、やがて逃亡の罪を問われ刑務所送りに。カワムラ家の苦難の日々はさらに続く。アイダホの農場に行っていたリリーの妹ダルシー(アケミ・ニシノ)は私生児をお腹に収容所に戻り、全てを失なって廃人のようになっていたリリーの父はついに自殺を選ぶ。そこへ追い打ちをかけるようにハリーの戦死の知らせ。悲しみに茫然となる母を抱え44年、やっと収容所から解放されたリリーは、いとこのいるカリフォルニアのいちご農園に身を寄せ、そこで終戦を迎える。そして戦争が終わって3年経った48年、前線から帰還したジャックは、苦しみの日々の記憶を胸にしたリリーとミニをしっかり抱き締めるのだった。

( Movie Walker:『愛と哀しみの旅路』より引用 )


1954年。ワシントン州のサン・ピエドロ島で第一級殺人の裁判が開かれる。容疑者は日系人のカズオ(リック・ユーン)。漁師のカール(エリック・サル)を殺した罪に問われているのだった。前日にカールに会っていたカズオは不利な立場だった。傍聴席に座る新聞記者のイシュマエルはカズオの妻・ハツエ(工藤夕貴)と十数年前、愛し合う仲だったが、太平洋戦争が二人を引き裂き、ハツエはカズオと結婚。イシュマエルも戦争で片腕を失っていた。イシュマエルはカズオが無罪だという証拠を握っていたが、ハツエをいまだに愛している彼は証拠を提出する決意がつかない。日系人に対する差別が渦巻く法廷で、カズオは孤立していた。良心と過去の傷の間で、イシュマエルは引き裂かれるが、愛が運命を決めるのだった。

( Movie Walker:『ヒマラヤ杉に降る雪』より引用 )




クリスマス関連のおもちゃだっけか、ミニが手に取って見るのを商店主が叱りつける場面
ミニは一目でわかるアジア系の容貌なので、異教徒には関係ないと短絡的思考だったのね
ジャックは、不機嫌な表情で娘婿候補を検分するカワムラ氏にも負けなかったとあり
ミニを商店主の前で抱き上げ、「娘は、アメリカ人だ」




ハツエとイシュマエルはどうやら深い仲だった模様
とりわけ敵性国家出身として戦時下を生き延びるには、ハツエは移民同士の結束を保たねばならず
カズオとの新婚初夜で初物保証するのは、カズオの男(日本男児)としての面子を守ってやるためね
「時々、全ての人間が裁かれることがあるのです。
人間の良心と品位が裁かれるのです。
そして、あなた方のようなごく普通の人々が人類の成績表を提出せねばならないのです。
人間性の名において陪審の務めを果たして下さい。」
カズオの弁護に当たるネルズ・ガドマンドソン弁護士の言葉が印象的です




米国におけるアジア系有名人といえば








ハリウッドで有名になった初の中国系アメリカ人女優であるアンナ・メイ・ウォン
中国系移民は、1869年に開通したセントラル=パシフィック大陸横断鉄道の建設工事に約14000人が参加し
アメリカ的精神、開拓精神に貢献したくらい歴史が古いにもかかわらず、米国市民としての酬いは少なかった




自分の存在意義を揺るがされる経験持たずして、少なくとも清濁併せのんで歴史を調べずして
「○○人はかくあるべし」と愛国心をブチ上げるが如何に青臭いか、おわかりになりますかね


mathichenの徒然なるままに-パンナコッタ(メイプルソース)




毎日毎日もお暑くて、や~んなこった
と、記事題名通りの当所管理人です(自分で言わな、誰が言うてくれる?)




嘆きの天使、mathichenさんは別にアニヲタではありません
太古の映画好き、あるいは、正真正銘の掛け値無しな超トシヨリには





英語科を担当しているイマヌエル・ラート教授は、或る時受持ちの学生が取り落した淫猥な絵葉書写真から容易ならざる事実を知った。彼の受持の生徒の或る者が女買いをしている。相手はキャバレーに出演している踊り子である。教授は責任上その事実をたしかめるために生まれて始めてキャバレーなる場所の扉を開いた。案内されたのはローラとう問題の踊り子の部屋である。謹厳そのものゝような教授の生まじめな態度に興味を覚えたものかローラはいろいろと歓待する。彼女のあでやかさは教授に訪れて来た目的を忘れさせたばかりでなく、言いようのない魅惑を感じさせた。翌日になって夜が来ると教授は校舎続きの殺風景な一室に閉じ篭っていることが耐えられなかった。そして彼は遂いに意を決した如く一番上等なモーニングを着、髪の毛をくしけずって街に出て行った。そしてその晩、教授は遂々家に帰って来なかった。次の朝、いつもより気むずかしい顔をして教授が教室へ出て来ると、学生達が恋にはしゃいでいる。何気なく振向くと黒板は楽書でいっぱいである。教授は真紅になって学生達を怒鳴りつけた。学生達は、その怒鳴り声をいいしおにしてさわぎ立てる。遂いに校長が出て来て静かに教授を連れて行ってしまった。それから間もなくラート前教授がキャバレーの踊り子ローラと結婚したという耳珍しい噂を後に残して、彼等は巡業の旅に出た。だが旅の日を重ねるうち、貯えの金も使い果たした教授は、我が妻の裸体写真を酒場で売り歩くほどにまで身を落して行った。こうして二年三年と月日がたった。巡業団の出し物もだんだん種が尽きて来た。何か一花咲かす手段として首をひねった団長は一つの名案を思いついた。それは教授を道化者に変装させ、団長が得意とする手品のお相手を勤めさせることであった。この相談を持ちかけられた時、ラートは一旦断った。が、可愛いローラと二人で食っていかねばならぬことを考えた時、彼は承諾せずにはいられなかった。こうしてラートは生活のため人前に恥を忍んで旅から旅をめぐり歩いた。商売に抜け目のない団長はラートのこの浅間しく尾羽打ち枯らした姿を種にしてたんまり儲けようと、昔ラートが教授をしていた町で蓋を明けることに腹をきめ早速そこへ乗り込んだ。団長の思惑は流石に当って客はぎっしり詰めかけて来た。ラートがダブダブのカラーをして鼻をふくらませて舞台に出ると客は一斉にどっと笑った。犬の様な今の自分の道化姿を見て笑っている者の中にはその以前手塩にかけた教え子もあるであろう。そう考えるとラートの胸の中は煮え返るようであった。しかしこの時こんな思いをラートにさせておきながらローラは何をしていたか。彼女はラートが舞台に出ているのをいいことにしてかねてから情を通じていた一座の若い男と接吻を交わしていた。舞台のラートの眼にローラのこの不しだらが眼に入った。彼は突然舞台から降りるとローラへ恨めしそうな、悲しそうな一暼をのこして力なき足どりで何処かへ去ってしまった。その夜が明けて暁の色がほのぼのと町を染めかけた頃、鼻の先を黒々と塗ったダブダブのカラーをつけたラートの果敢なく息絶えた体が、昔の中学校の英語教室に発見された。

( Movie Walker:『嘆きの天使(1930)』より引用 )




嘆いているのは、ブッサイクなおっさんの方ですけどね
「やっぱ、若いイケメンがイイわぁ」。綺麗な花には毒がある。これすなわち、アダ花
世のオトコども、キャバ何とか通いに熱中してたら、食い逃げドロボー小猫の尻尾でしっぺ返しですぞぉ




主演のマレーネ・ディートリッヒといえば








‘悪魔の手毬唄’(1977年)に『恨みのモロッコ』として使われていた映画ね
( * この映画から、トーキー映画にスーパーインポーズ、日本語字幕が使われるようになり
1929年に起きた世界大恐慌が絶賛活動中の、ハロワなんて存在しない時代なのに
それまでトーキーでも熱弁ふるっていた無声映画弁士を大量虐殺に追い込んだ)




恨みのモロッコ、mathichenさんの嘆きの理由であります
何故か?
日本列島津々浦々では目下、青いフナ侍が五輪で勝利に浮かれ調子のようですけど
オトコのくせに、鏡の前で何時間、茶髪金髪のお手入れしてんの?を甘やかしてイイものやら~