オイのこと・・・歯がゆいこと毎回で・・・関与するのが恥ずかしいと思う人の数、相当、多いんだろうなあ。
テレビの向こう側のヒトにはなれないオイだけど。
何もない空っぽの空間。
そこには何もないのか?
ブログでもうちっと上位にいけると思っていた・・・甘い公算。
人の心を動かす原動力・・・・。
芸人に例えるとこんな感じかなあ。
暗い劇場の中に人影は見えない。
静まり返っている。
無数のココロがそこにはある。
それに気づかないオイ。
客席が空なんだろうか。
存在していてもいなくても、見ることができない。
オイはそこに自立する植物人形。
肉食性の植物がハエを捕まえるようなリアクション。
オラは抜け殻。
だたハエが来るのを待っている(降ってくる)ひな壇芸人の一人。
ドカーン。
ドカーン。
そこに笑いの渦を与える最初の一撃をオイは知らない。
オイはそこに客がいると思ってブログを書いている訳じゃない。
ブログに書くこと・・・BGMみたいに聞き流せるような空気が向いているのかなあ。
笑いを求めるなら「2ちゃんねる」でやってみるのがいいのかなあ。
ブログは一元的になりがちなので・・・自分がどの位置に立っているかも意識できない。
他人の見えない場所で語り続けることに迷いを感じる。
見えない読者の顔。
笑えないことが多すぎる世の中・・・いつの時代も忙しいって・・・お笑い革命についていけなくなったオイ。
なんとなく、INTELx86で落ち着いてるPCみたく(クロックアップには限界があって)、人間の表現力には限界があって(放送コードの取り決めも)、進化の先、お笑いの生産性、どんどん人が壊れていく様を笑っているのは嫌だし。
歳のせいかなあ。
テレビの黄金期、子供の頃は腹抱えて笑ってたけど。
お笑いのことにしても科学のことにしても、和製バロックの時代? 繰り込みの朝永さんから吉本興業や・・・だものなあ。
「なんか、論文書きたくなってきたんです。」
ブログ始めて半年、飽きっぽいオイだけど、ブログランキングで上位とれなかったこと、単純に評価されなかったって言うこと。
論文書いて、モノの考え方、先に筋を通して、そこから広がる想像力をいろんな表現に盛り込んでいく。
スピリチュアルやオカルトじみたことをいま、抽象的に語るには時期尚早。
調和・・・文芸復興とまでは言えなくても(だから笑われる)・・・これからの波の収束の仕方について・・・小さな声であっても未来を論じていくのに、ニュートンやライプニッツとまで言えないけれど(言い過ぎない程度に)コペルニクス的なアベコベの表現から一日も早く抜け出したい。
ここでコクっても仕方ないけど、どこへ向かっているのか、収束ってのをテーマに書きたいと思っている。
論文は自分の分かる範囲のことだけ取り上げて「LOG代数学的な表現による理論物理学」。
「ヒッグスを見た!」だなんて、聞いてくれる人、どこにもいないし。
飽きっぽいから・・・10年間、向き合えてることって、案外少ない。
書くのに2年かかりそう。
ここでお披露目するのは2年後になりそう。
それまでブログ続けられているかなあ。
だから、オイは嫌われるって・・・勘違いも甚だしい?
笑ってる奴ら・・・昨日のオイじゃないからなあ!・・・って、パソコンのカテゴリにいながら進歩のないオイ。
「やる!」と言ってきたこと放置しているのを恥ずかしく思っている。
盛り上がってきた場面は何度かあって、応援してくれていた人を裏切ってきた?
だんだん壊れていっているのはオイ自身だったり(甘ったるくて「いいね!」だろうけど)。
最先端ってスゴイですね。