眠いんだ。眠いんだよ。

昨日は1時には寝たのに、なんで起きたら13時なんだよ。ふざけんな寝すぎだろ俺。これでもまだ眠いんだからもはやなにかの病気を疑うわ。

そんで半開きの目で携帯のニュース速報を見たら

「山崎まさよしさん 結婚 相手は一般女性」

あー、まさやん結婚したのか。そりゃめでたい。ああ~ねみぃ…。……え?



!!?!?!?!



マジかよ…。


みたいな反応をしてしまった。結婚すんのかよ!!てっきり独身貫くかと思ってたわ!!ビクンビクン

ああ…。時間は流れるな…。

まさよし結婚で勢いだけけで記事を更新したが、もう書くことがない。

なので、ひとつ謎かけをします。


え~、思春期のおっぱいとかけまして、夫婦喧嘩とときます。その心は、






すったもんだで大きくなります。お後がよろしいようで。





|←樹海|
. ̄.|| ̄     オワタ┗(^o^ )┓三
  ||           ┏┗   三
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

やっと読み終わった。長い。長いよ。

しかも500ページくらいから読むのを中断して、さくらももこのエッセイやらをはさんだりしたから、物語の流れとか要所を忘れたりしてて、ただでさえ遅い読書スピードが読み返したりなんだりでさらに遅くなった。

しかも映画化もアニメ化もされた今更になって読むのも世の中的に遅い。遅いよ。

いやぁしかし、なんとも言えない話だった。解説にも似たようなことが書いてあったが、形容するのが難しい。切るたびに顔が変わる金太郎飴みたいなもんだろうか?まさに魍魎ですな。

もともと京極作品はぜんぜん興味がなかった。本屋で見かけても「何あの辞書みたいなの…。あんな厚いの読み難いだけだろ…。」くらいにしか思ってなかった。しかも装丁も不気味だし、何よりもミステリーというジャンル自体そもそも興味がなかった。しかし、友人がお前も読めお前も読めとうるさいので、ブックオフで100円で姑獲女の夏を買って読んだのが始まり。

買った後もしばらくは積読になっており、買ってもなお読もうとしない俺に、友人は「アホだなお前は」と言っていた。

それから一週間くらい経って、ちょうどそれまで読んでいた本を読み終えたので、友人の言葉もあり本当にしぶしぶ姑獲女の夏を読み始めた。

そして知ることになる。


俺はアホだった。


それまでそんなにたくさんの本を読んでいたわけでもなかったが、この本は衝撃的に面白かった。とんでもない本と巡り合ったかもしれないぞ…!なんとなくそんな気がした。
それからはまさに寝食忘れて読みふけった。読むのがナメクジ級に遅い俺でも二日で読みきってしまった。まさかこんなにいい本だったとは…。やはり友人の話はきちんと聞かないと駄目だな!

この記事を書いていてふと思い出した事がある。ぜんぜん関係のない話なんだが、前々から、読書について思っている事が一つある。

というのは、その時読んだ本が面白いと思えたのも、自発的に読もう!と思った時に読むから面白いと思えるのではないか?ということだ。

そのときの気持ちや、年齢がうまく合致した時に、シンパシーみたいなものを感じて今まで積んであっただけの本をふと手にとる。みたいな。わかりにくいか。ようは、無意識に手に取り読む本は、実は読むべくして読んでいるのではないかな?と思うのである。

不思議だ。いや、この世に不思議な物など何も無いのだよ。意味不明だな。

とにかく積読の本の山を見ているといつもそんなことを考える。なんというか、ワインセラーに近い物を感じる。

まぁ本当の読書家ならこんなシンパシーがどうとか宗教くさいこと考えず、買った本が積読になることも無いんだろうと思うけど。一応俺の今年の目標は「週に一冊は読み切る」なので、なんとか今ある積読山を開拓していきたい。





どうでもいいけどずっと椅子に座って読んでたんだが……。ケツ痛えええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇええええええ!!!!!!






ほう。


ベランダに出て、ゆっくりタバコをふかしていると、ぼんやりと考え事をしてしまう。雨のせいなのか、それともこの生ぬるい気温のせいなのか。

春が近づくと、毎年こんなやきもきした、なんとも言えない気持ちになる。なんというか、すごく悲しいような、楽しいような。憂鬱というのはまさにこういう気持ちのことを言うのだろう。

なんだか理由も無く泣きたい気分になった。

昔よく遊んでたあいつは今何してるんだろう?楽しくやっているんだろうか?とか。まったく計画性の無い自分の将来だとか。普段考えない、いや、意識的に避けているようなことが頭に浮かんでくる。そして別に自分がこんな事考えたところで、世の中はいつも通り回っていくんだろう。なんてまた考える。

こんな中学生の考えそうな一人語り書くためにこのブログ開設したわけじゃないんだけどなあ…。

高校の卒業式が終わって、教室でみんなワイワイやってるけど、ぱらぱらと人がいなくなり始めた時にもこんな気持ちになった。

これでもう一生会えない奴だっているかもしれないのに、みんな何で楽しそうにできるんだ?それが不思議でしょうがなかった。
でも、それが当たり前なんだろう。たまたま自分はそんな当たり前のことに寂しさなんて感じてしまうようなごく少数の側にまわってしまっただけなんだろう。きっと。

でもみんなそれを感じていても表に出していないだけなのかもしれない。だとすればみんな強い。いや俺が弱いだけか。

あーあ。こんな歳になってもこんな事かんがえてちゃいかんね。センチに浸ってばかりじゃ生きてけないし。

前の記事で、ブログに毎日書くことなんてあるか?なんて書いたけど、こういう人に言うには微妙なことを吐露したくて、始めてるんだろうか。

日本語のブログは世界でも突出して多いなんて聞いたこともあるし、国民性かも知れないな。

なんだかまとまらない文章になってしまった。


まあ、たまにはいいか。





流れ舟は、二度と戻ってこねぇもんでござんす…。