目覚めるのと同時に私は急に冷静になり、焦りを感じ始めた。

昨晩は酒も入り、宿に戻ってから寝るまで上機嫌で歌い続けたほどに浮かれていた。しかし、よく考えてみると金を使うスピードが早すぎる。旅の予算は宿代、航空券などを含め10日で15万円程度に収めるよう設定していた。急に金のことが心配になり、いままで使った額を計算する。すると5日目の朝の時点で既に15万円は使っていることがわかった。物価の安さにそそのかされ、夜遊びに夢中になっていたからだ。詳しく計算してみるとで夜遊びに少なくとも、4万円は使っていた。これだけの金があればこっちの安宿に1ヶ月は泊まれるだろう。それほどの額をあっという間に使ってしまったのだ。いくら非日常を彩るためとはいえ、もう少し慎重になる必要がある。そんなことを考えながらベッドに座り込んでいるとツレも目を覚ました。ツレにこのことを話すと彼も同じことを思っていたらしく、これから2人で金の使いすぎに気をつけることを誓った。


身支度を済ませ我々は洗濯のため外出した。その日は曇りで暑さも大して感じなかった。節約のためタクシーを使わず、徒歩で洗濯屋を探すつもりでいたのでちょうど良かった。40分ほど歩いただろうか。ミーケビーチの隣にある栄えた通りに洗濯屋を見つけた。店の者に聞くと仕上がりは15時以降だという。我々はそれまで近くで時間を潰すことにした。

時刻はちょうど12時前だったので昼食を取ることにした。店に入り、われわれはそれぞれベトナムの伝統的な麺料理、フォーを注文した。フォーを頼むと必ず皿に山盛りのもやしと香草がついてくる。場所によってはどんぶりに山盛りになって出てくることもある。野菜だけでかなりの量になるのだが、いつも米一粒も残さず食事を平らげるツレは、例外なくそれもきちんと平らげる。それにとどまらず、お好みで入れる唐辛子まで汗を滴らせながらまるまる平らげるのだ。たいしたものだ。


食事を済ますとミーケビーチへと向かった。その日は風が強く遊泳禁止の旗が出ていたため、砂浜でくつろぐことにした。各々気に入った場所を見つけるべく、あたりを彷徨く。ツレは砂浜に生えるヤシの根元に腰をかけ、ここでも自己啓発本を読み始めた。そんな彼を視界の隅に置きながら、私はただ波の打ち寄せる砂浜を眺めていた。



再び通りに戻った我々は床屋を見つけ、ツレに散髪を施すべく中に足を踏み入れた。我々は日本の角刈りのような、現地独特の髪型に仕上がることを期待して入店した。中に入ると30代ほどの女性従業員がソファで寝そべっており、我々に気づくと気だるそうにこちらに近づいてきた。ツレが髪を切りたい旨をなんとか伝えるとそれを了承した店員は誰かに電話をかけ始めた。電話が終わると彼女は、我々にソファに座るよう手振りで伝えた。

5分ほどすると髪を金髪に染めた青年が店にやってきた。彼が散髪を担当するらしい。ツレが椅子に座らされ、散髪の準備が始まる。鏡越しにツレの不安と期待の混じった表情が伺える。青年が大胆にツレの後頭部を刈り上げ始めた時、私はこれから起こることにただならぬ興奮を覚えた。青年は剃刀まで使って丁寧に生え際を整え始めたりもした。

気になる結果はと言うと、幸か不幸か青年の作品は至って何の問題もない形に仕上がってしまった。今風のスポーツ刈りと言ったところだろうか。なんの面白みもない結果に拍子抜けした我々は洗濯物を回収すべく店を後にした。私の前を歩くツレのうなじからは一筋の血が滲んでいた。


洗濯物を回収した我々は一度荷物を置くべく、宿に帰ることにした。歩くも億劫だったので、昨日のタクシー運転手、ティンに連絡した。彼に我々の居場所を伝えると10分ほど待つように言われた。彼を待つ間我々は通りの景色をぼんやりと眺めていた。



しばらくすると一台のタクシーが我々に近づき、運転手が窓を開けてこちらに乗るよう声をかけてくるがその男はティンではない。私が

「ティンの代わりに迎えにきたのか」

と聞くと男は笑顔で

「そうだ、早く乗れという。」

忙しいティンが代わりに同僚でもよこしたのかと思い、我々は男に言われるがまま乗車した。男に宿の住所を伝え、男が車を走らせる。10分もしないうちに宿に到着し、支払いをしている途中、携帯電話に一件のメッセージが入る。

「今どこにいますか」 

ティンからだった。私は思わず運転手の男に再度尋ねる。

「ティンに頼まれた来たのではないか」

しかし男はいやらしげな笑みを浮かべ

「オーケー、オーケー」

としか言わない。迂闊だった。男の勢いに押され、思い込みで全く関係のないタクシーに乗ってしまったのだ。無事に目的地にはたどり着いたし、ぼったくられたわけでもない。しかしわざわざ迎えに来させていた手前、我々はティンに申し訳なく感じていた。

我々は電話でティンに、勘違いで別のタクシーに乗ってしまった旨を謝罪した。だが彼に怒った様子はなかったため我々は安心する。すると彼は拙い英語で言った。

「今夜、ホイアンへ連れて行きます」