日誌9−16 | 増田 章の「身体で考える」〜身体を拓き 心を高める
日曜日は、朝から各局の政治番組を見るのが私の習慣だ。
本日はこれからセミナーが控えている。その準備をしながら、TVに耳を傾けていた。

現在、党首選を控え、政治家達がにわか活気づいている。
おそらく、国民は政治家などに期待はしていないだろう。
私は政治家が悪いと言っているのではない。
中には優秀な人もいる。私は政治家に期待したい。
しかし、この国が良くなる感じがしないのは何故だろう。
問題は、国民の政治に関する無関心。
このままでは、3-11で露呈しているように、事が起こってから考えるというようになってしまう。この国の民衆は行き着くところまでいかなければ、動かないのだろうか。

乱暴に言う(ごめんなさい。このブログはメモのようなものですから・・・)。
まず、「この国のシステムを変えなければ駄目だ」「選挙制度を変える」「小選挙区制度は駄目」「2大政党制はこの国になじまない」「責任の所在を明確にすること」。私は、民主党政権ができる前から、そのように考えてきた。それがより根本的な事だと考えてきた。
最後にもう一つ、「この国に共和制を確立しよう」。
地方自治システムの変革を含め・・・。


以上の事を実現するには、首相公選制、或は日本独自の大統領制度が必要だと思う。また、政党は八百万の国にふさわしい民主主義国家として、中選挙区制と比例代表制を組み合わせ、多極化する。
すなわち、国のトップは直接選挙で選ぶ。また、トップは多様な政党をまとめあげられる能力のある人を選ぶ(難しいだろうが)。先ずは、そこから始める。そして、この国の統治システムを変革していくのだ。そのプロセスの中で、もしかすると、この国にも2大政党制が現出するかもしれない。しかし、そのときの2大政党制は、現在のそれとは異質なものだ
初めは苦労するだろう。しかし、国民の覚悟があれば、徐々に人材が育っていく(人材は国民と社会全体が創るのだ)。あえて、冒険する勇気が必要だ。なぜなら、既存のシステムでは、人材は育たない可能性が高い。

私は、政・官・民を含め、この国には、優秀な人が少なくないと信じている。それが、しかるべき立場につき、しかるべき役割を果たさないのは、やはり、この国に存在する多くの意思決定システムの問題だ。
勿論、この国のシステムすべてが悪い訳ではないが、明らかに時代の変化に対応できないように思う。