増田 章の「身体で考える」〜身体を拓き 心を高める

編集後記 第62号

 

 【第14回 月例試合】

 

 外気温40度近くの中、第14回月例試合を実施した。真夏にもかかわらず、多くの人が参加した。

これまでは、参加者の会員種別(少年、中学、高校、大学、青年、壮年、女子)や学年で対戦相手を分けていたが、試合経験のある人の一部に対し、特別の対戦を組んだ。その一つが壮年部対高校生の対戦だった。年齢で言えば62歳対16歳。62歳対15歳である。

 

  結果は、1試合は62歳の壮年が勝ち、もう1試合は高校生が勝った。この壮年部は62歳というのに、組手技能が上達している。また足使い(フットワーク)や技のスピード、精度も向上しているように見受けられた。

 

  このことは、個人的な差異、特別なことかもしれない。だが、私はそう考えていない。我田引水かもしれないが、私はこの結果をTS方式の組手法に組み込まれた、防御技術、そして攻防のための応じ技の体系化とその技術を判定する仕組みの成果だと思っている。

 

 私はTS方式の組手法の基盤となっている防御技術と応じ技の技術の習得に努め、戦術理論を理解すれば、組手技能はさらに向上すると思っている。もちろん、個々人の体力によるところもあるだろう。それでも、打たれ強さや破壊力を競うことが主眼とする試合法ではないので、足使い(フットワーク)を支える体力、正確に突き蹴りを繰り出すための足腰、体幹の強化を行えば、必要な体力の基盤は出来上がる。また、その他の体力も組手修練を行うことで自ずから向上するだろう。

 

 問題は、指導員の技量とTS方式を行う愛好者の人数が必要なことだ。指導員も頑張っているが、指導員自体が、TS方式の修練体系の全体を把握していない。これは私に責任があるが、TS方式の組手法を活かした稽古を実現するには、意識改革(価値観の修正)が必要である。そして指導員自身がより技術・技能を向上させたいと強く願わなければ、進歩はないだろう。

 

 また、最も重要なことは同士(仲間)を得ることである。なぜなら、技術を磨き、向上させるには、理念とルールを共有する同士(仲間)が必要だからである。正直述べれば、私の考えている領域は、既存の価値観に満足している人達には奇異に写っているかもしれない。また、想像もつかないだろう。私は時々、寂寥感に襲われるが、いつか自分が考案した武術修練により、人間が有する心身の可能性を開拓し、自己が成長したと感じる人達が増えることを切に願っている。

 

【感想戦】

 兎にも角にも、今回の月例試合では、防具を使用し打撃技を当てる技術を競うので、ある程度の防御力や攻防の技能(応じ力)を体得した者どうしなら、年齢差があっても試合ができるというデータを得られた。時間があれば、初期の頃の組手と現在の組手を比較できるような動画を作成したいが、まずは参加者各自が試合動画を見て、自己の試合の内容を振り返るのみならず、過去の組手と現在の組手を比較してもらいたい。そのようなことを将棋界の方法を取り入れ、拓心武術修練では「感想戦」という。是非、感想戦を行なって欲しい。

 

 最後に、組手稽古を続け、試合経験を積む者は、試合当日も述べたが、まだまだ上達するだろう。そして、もう少し上達すれば、この組手法を行なっていない人との差が歴然としてくる。そうなれば、私が企図したことが具現化する。同時に組手試合では、私にも勝るものが出てくるに違いない。特に若い年齢の者の中から、そのような者が出てくると思う。

  もちろん、私は負けたくないが、それは自然なことであり、かつ良いことである。私は試合の勝ち負けより、拓心武術の完成を目指し、あらゆる角度から武術を考え、それを活かしつつ自己の感性と思想を深め、かつ高めていく。それが私の得たい価値であり、生き方である。現象としての身体の衰えは、気づきと悟りのための扉だと思って進んでいく。