宮本武蔵論 その1
ヨーロッパでのセミナー、教本の製作、大会の企画と準備、その他の業務が山積している。毎日、時間が足りない。もし、寝ない、食べないで生きられるのなら、そうしたい。食文化を楽しみや仕事としている人には、馬鹿者とお叱りを受けるに違いない。本当に私は馬鹿者だ。今回もメモがわりのブログだが更新したい。
月に1回、私は、多士済々の仲間と古典兵法の勉強会を行なっている。メンバーの中には中国古典の専門家、経済評論家がいる。
会において、これまで題材にしたのは、「孫子」「五輪書」等である。
私は、その勉強会メンバーの中、数少ない武道経験者である。ゆえに会の講師役であり、中心的存在の中国古典の専門家から、よく戦いの経験談を求められる。
そして得意満面(笑い)、いつも腕力を背景に(?)自説をぶつ。その姿は、まるでドラえもんのジャイアンそのものであろう。(子供が見ているのを横目で見たら、何処かの空手の先生とあまりにもそっくりなので笑ってしまった。)
勿論、みんな大人だから、そんな私の発言や脱線話にも笑って付き合ってくれる。また、私の脱線に触発されてか、我々の勉強会の自由なスタイルによるものかは解らないが、時々、「一家言」を披露するメンバーが出て来る。しかし、みんなそれを喜び、楽しんでいる。
私としては、もっと学術的な話をしたいのだが、脱線が日常茶飯事だ。
もっとも、「脱線の仕掛け人は、いつもお前じゃないか」と突っ込まれるに違いない。
私は、会のレベルを上げたいと思う反面、脱線と突っ込みがもっと活発になった方が良いとも思っている。
なぜなら、それが多面的な考察につながり、自分がもつデータベースの修正と整理になると考えるからだ。
さて、今回、勉強会の題材でもある、武蔵について感じたこと、気になることをメモ程度だがまとめておきたい。
周知のように、五輪書とは宮本武蔵の著したとされる日本の兵法書のひとつである。
その評価は古今東西を超えて高い。一方で、宮本武蔵の実力や生き方を訝しがる向きもある。
私は、宮本武蔵の社会的業績云々より、五輪書から伺える武蔵の武芸者としての洞察力の面に関心がある。そして、その面では、一芸を極めるものが諸道に通じる洞察力、見識を有するのと同様、高い洞察力を有していると思う。
私が五輪書の中で改めて強い共感を憶えたのは、武蔵に「普遍性」を追求する面が伺える点である。
また、強い共感と共に学ばなければならないと感じた点もあった。それは、武蔵が自分の思想に内在する普遍性を伝えるために、より平易な言葉を用いている点である。また、余分なものを削ぎ落していくと言う意図が見て取れる点だ。
武蔵は五輪書を、「武士は兵法の道を慥かに憶え、其外武芸を能くつとめ、武士の行なう道、少しも暗からず、心の迷う所無く、朝々時々におこたらず、心意二つの心を磨き、観見二つの眼をとぎ、少しも曇り無く、迷いの雲の晴れたる所こそ実の空と知るべき也」~省略、そして「空を道とし、道を空と見る所也」と結んでいる。
これを増田流に超意訳すれば、武士として生きることにおいて、武芸を磨くことはもとより、それに付随するすべてを考え抜け。その上で迷いが無くなった境地こそが本当の(実の)空の境地である。~省略、その境地に至ることがすなわち普遍的法則の獲得であり、その普遍的法則の獲得がすなわち空の境地に至ることである」(増田意訳)
補足すれば、武蔵は、常日頃から物事を深く考えることにより、洞察力と判断力を養うこと。そして、ことにおいて迷わず最善の判断を行なえるものが真の武士だと考えていたのだろう。
推測だが、武蔵は絶対に勝つことと同時に絶対に負けないことを意識していたと思われる。ゆえに、人間が織りなす、すべての事物に通底する普遍性を突き詰めることが、負けないことであると考えたのではないか。同時に、それが人生の最期を迎えた武蔵とっての人生という勝負に「勝つ」ことであったように思う。
蛇足ながら、私は武道愛好者に多い武蔵信奉者ではない。なぜなら、私の武道家としての求道並び学問の姿勢は、普遍性を探求しながらも、それを社会システムにおとし込み、社会と人間を変革していくというものだからだ。言い換えれば、武蔵の姿勢は技術者や学者のそれ、私の場合は革命家や教育者のそれである。
勿論、武蔵にもそのような面があったかもしれないが、武蔵の著作からは、それが伺えない。
最後に、昔、我が国の文化人が武蔵論争をしたとの記録がある。私は、武蔵を「強い、弱い」というような判断基準で観てはならないと考える。
そのような価値観で武芸者を観るから、武芸や武道の価値が今もって社会に理解されないのだ。