仕事から戻ると、やぎ座がIHクッキングヒーターから、「ポンッ」という音がして、ブレーカーが落ちたと言います。配電盤を見ると、なるほど、IHにつながっている200Vのブレーカーが落ちていました。理由があって落ちたのだから、本当は素人は手を出すべきではありません。でも、好奇心に負けて、ついブレーカーを上げると、今度は、大元のブレーカーが落ちてしまいました滝汗

 

 

これは、おそらくショートでもして、完全に故障したと思われます。これ以上は触らずにK社のおとめ座に連絡しました。うちのIHは、パナソニック製ですが、ウッドワンのキッチンに組み込まれている専用型番らしく、そっち経由で修理の手配を掛けてくれるとのことでした。その日は、カセットガスコンロで何とか凌ぎましたが、夜に再びおとめ座から連絡があり、カセットガスコンロを貸しますよ、とのことでした。手持ちがあるので、丁重にお断りしましたが、どこまでも親切です。これが金曜日の夜。

 

 

土曜日の昼過ぎにはパナソニックから連絡があり、水曜日に修理することになりました。症状から、おそらく基盤がやられたんじゃないかなと見当をつけたところ、果たしてその通りでした。それも結構派手に焦げたというか、焼けていて、一歩間違えれば火災になるところでしたね。拙宅のIHクッキングヒーターは、平均的な使用よりはかなり酷使されていますが、5年で故障は早いかもしれません。でも、こればかりは運不運がありますからね。

 

 

使い方には問題はないとは思いますが、IHにきちんと対応した調理器具(底が厚いやつ)でないと、そのうちに鍋底が変形して、いらぬ負荷がかかるそうです。拙宅の場合、確かに底が若干変形した鍋も使用していましたので、この際、少し鍋類を整理しようかなと思いました。請求はK社経由で届くようですが、5万円程度のようです。ちょっと痛い出費でしたが、一時は全交換も覚悟していただけに、胸をなでおろしたところです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 6月中旬、梅雨の晴れ間となった週末。定番の一つである信越方面へとドライブに出かけました。関越道を走り、まずは小千谷のNISCIROでモーニング。前回は閑古鳥が鳴いていたのですが、今回は駐車場は満車で活気に溢れていました。大満足の朝食で旅をスタートさせます。

 

 

 小さな峠から、ショートカットの誘惑に惹かれフラフラっと林道八石山線へ。 しかし、右折する予定の十字路に現れた青看板は、その方向だけが不自然な空欄。嫌な予感は的中し、曲がった先は「行けるか?」と迷う余地すらないほぼ廃道でした。即座にリバースギアをセレクトし、交差点へと引き返しました。

 

 

 仕切り直して直進した先もまた、タフな試練の道でした。 大雨の爪痕である土砂が散乱し、左右からは夏草が猛烈な勢いで侵食して道幅は1車線未満。さらに頭上からは水分を含んだ枝葉が重く垂れ下がる空中戦です。車高の低いTTRSだからこそ無傷でクリアできたものの、ミニバンであれば確実にボディを刻まれていたであろう、緊迫のステージでした。

 

 

 這々の体で抜け出した後は、ご褒美のような快走路が待っていました。 川を挟んでR252と並走するK252を南下し、柏崎広域農道へ。田植えを終えたばかりの水田が鏡のように空を映す中、誰一人いない完璧なドライ路面をTTRSの5気筒サウンドとともに駆け抜ける快感は格別です。

 

 

 しばらく走って、予定していたR403がまだ冬季閉鎖中。やむを得ず進路を東に変えて関田峠(K95)へ。 そこへ至るお気に入りのくびき野パノラマラインの棚田展望スポットでいつものように車を止めました。日本の原風景を凝縮したような絶景をこれほど見事に望める場所でありながら、バイクすら通りかからない完全なる独占状態でした。

 

 

 野沢温泉への登り口で、前方に全面通行止の不穏な看板を認め、思わずUターンして細部を確認しました。奥志賀スーパー林道経由、志賀高原へは抜けられない――絶望が頭をよぎりましたが、記載された規制開始日は6月22日。今日は6月13日、つまり、まだ規制自体が始まっていませんでした。山坂道をマニアゆえの過敏さに苦笑しつつ、スキー場の中の道をぐんぐんと駆け上がっていきます。

 

 

 広大なスキー場エリアを抜けると、ここからが奥志賀の真骨頂。 尾根伝いに延々と40km以上、変化の少ない深い緑のトンネルが続きます。一般の観光客がドライブ目的でやって来ることはまずなく、すれ違うのは山菜採り?か何かの作業の車だけ。連日の熊のニュースを思えば、彼らの肝の据わり方には感服するばかりですが、みずがめ座はもちろん、下車することはなく、TTRSのコックピットというシェルターに身を置き、クルージングを貫きました。

 

 

 志賀高原へ抜け、R292(志賀草津道路)に合流した瞬間、それまでの静寂が嘘のように世界が一変しました。 眼下に広がる雄大なパノラマ、手入れがされたアスファルト。日本一と言っても過言ではない素晴らしい山岳道路ですが、それゆえに大勢の観光車で車列が作られます。

 

 

 渋峠の涼しさに別れを告げ、群馬の下界へと降り立った瞬間、外気温計は一気に30℃近くまで跳ね上がりました。過酷な夏草の攻防から、雲上の涼風、そして下界の熱帯へ。 とは言え、梅雨の晴れ間に、充実したドライブができました。

 奥三河・新城での二日目の朝は、曇り空で明けました。青空は恋しいですが、気温を考えると、これくらいがむしろ好都合です。宿の朝食は、昨夜の鮎に続いて、アマゴの塩焼きでした。徹底した川魚尽くしと、朝から元気いっぱいでフレンドリーな宿の方々の見送りに、心も体もエネルギーが満ちました。

 

 

 R257からK32を経由し、まずは鳳来山パークウェイのワインディングへ。ここも昨日と同様、エスケープゾーンが皆無で視界が開けない、ストイックなキャラクターの道です。

 

 山を降りて湯谷温泉から東栄方面を目指す際、標識R151へ迂回せよという指示をあえて無視し、最短ルートとおぼしきK439を選択しました。が、 飯田線のすぐ脇を走る区間に入ると、激狭路へ。崖から落ちる恐怖こそないものの、車幅感覚をわずか数センチでも誤れば、ボディが傷だらけになることは確実。後で知ったのですが、ここは車幅1.5mの通行規制区間でした。そりゃそうですね。

 

 

 東栄の街を抜け、K32へと入ると周囲の車は完全に消失。貸し切り状態のワインディングをいいペースで駆け抜け、風情あるトンネルで仏坂峠を越えます。トンネルを抜けた先に広がっていたのは、高低差が大きい四谷の千枚田でした。 実際の枚数は百枚ほどに見えましたが、何故か全国至るところ、千枚田と呼ぶようですね。百枚じゃインパクトに欠けるし、万枚じゃ盛りすぎだから、『千』がちょうどいいのでしょうか。

 

 

 道の駅したらで、いよいよ本格的なシーズンを迎えたバイクの一団を眺めて小休止。 その後、R257からささぐれもみじ街道という、明るくワイドな農道を気持ちよく流します。並行するK426にも入ってみましたが、こちらは見通しの悪い林間の道。昨日の「茶臼山高原道路」が尾根伝いの主役なら、こちらは日陰の山麓道といった風情で、無理をしてまで走ることはない、という結論に達しました。

 

 

 R151を北上し、阿南町からは交通量の少ないK244とK1を使って天竜川の対岸へトラバース。泰阜村を経てK83を北上するお気に入りの静寂ルートを繋ぎます。 道中立ち寄ったよこね田んぼは、先ほどの四谷とは比べようのない規模ですが、誰もいない静寂の中に佇む棚田としては、これはこれで大いに心が洗われる風景でした。

 

 

 飯田上久堅・喬木富田ICという、長すぎて全然覚えられない名前のインターから中央道へ。 岡谷ICから和田峠を越えた先で見つけた「たまご屋キッチン」で少し遅めの昼食としました。朝が和食だったので、オムレツのような洋食を期待したものの、メニューは完全に「親子丼推し」。朝食でも卵かけご飯を食べたばかりだというのに、気づけばまた卵かけご飯を注文してしまっている自分に苦笑いです。

 

 総走行距離からすれば、日帰りでも可能だったかもしれません。しかし、今回あえて一泊という選択をしたのは大正解でした。年齢とともに、宿の風情を楽しみ、翌朝も余裕を持って未知のルートと対話する。この「ゆとり」こそが、今の私とTTRSにとって最も贅沢で、心地よいツーリングの形なのだと実感した二日間でした。