韓鶴子総裁御言選集 1 - 真の父母(文ご夫妻)様を中心とした一つの世界 第四部 世界平和実現の課題
(当時は)西欧圏の人が東欧圏に行くことは空の星を取るように不可能に近いことでした。その頃は草創期のキリスト教のように地下宣教をしてしいた時期です。
その青年は神様に誓って東欧圏に着き、ある学校の図書館に立ち寄ったのですが、そこで一人の女子学生に出会います。その女子学生は夢でその青年を見ていました。
それも一度ではなく、何度も夢の中で会ったというのです。そのような夢を見ていたので、二人は互いに信じ合い、二人は容易に近しくなりました。女子学生の父親はその国の指導者の一人だったのですが、後にその二人は祝福(合同結婚式)まで受けることになりました。
これがどうして偶然と言えるでしょうか。これが統一運動の歴史にあった現実です。お父様(文鮮明先生)のみ言を見ると、宣教の歴史に関する様々なみ言があります。過去には父母様の顔を見ることもできずに監獄で死を迎えた人もいます。
今回、ある国に寄ったのですが、自分は昔、宣教する中で監獄で3、4年過ごしたという人もいました。(2006.7.7、ボスニア、サラエボ)
ところが幸いなことに、オーストリアを通じれば可能でした。特にヨーロッパの食口の中でドイツとオーストリアの多くの食口が宣教の一線に出ました。その宣教師たちだけが知っているバタフライ作戦で生き残った食口に会ってきました。(2015.5.24、ニューヨーク、マンハッタンセンター)
彼らは真のお父様(文鮮明先生)を尊敬しました。しかし、未来を見通すことのできなかった一部の政治家たちが、真のお父様の歩まれる路程において妨げとなりました。それでも真のお父様はアメリカを許し、目覚めさせ、結果的には共産主義を没落へと導かれました。
そればかりではなく、南米全域が共産化されつつあった当時、アウラ(AULA:中南米統一連合)を立て、それらの国を救われました。
このように世の中が知らないことを、一個人が、ましてや莫大な権力や財力を持つ国ですらできないことを、真の父母であられるがゆえに実行なさいました。(2015.8.30、清心平和ワールドセンター)
当時の大会の会長はモートン•カプラン博士でした。彼は国際政治に造詣が深い、世界が認める学者です。お父様(文鮮明先生)は彼をダンベリーに呼んで、共産主義は滅びると宣布するように指示なさいました。当時、彼は世界的な名声を考えるならば、いい加減なことは言えない立場にありました。
そのようなことを話すことに対して恐れを感じました。そこでお父様に「たぶん(maybe)」という言葉を入れたいと3度言いました。ところが、お父様(文鮮明先生)は滅びると言いなさいとおっしゃいました。それがどこで宣布されましたか。
スイスのジュネーブにあるインターコンチネンタル•ホテル、目の前にソ連大使館がある所で「共産主義は滅びる」と宣布したのです。その当時はまだ共産主義が強大な勢力を有していました。ところが5年後に共産主義はどうなったでしょうか。
このような知られざる摂理をしてこられた父母様であるということを皆さんは知らなければなりません。(2015.12.6、天正宮博物館)
その時、その人物や教会の指導者が「お父様、それは少しお考えになってみてはいかがでしょうか。ソ連帝国の滅亡とは言わずに、柔らかい表現で発表するのがよいと思います」と言って止めたのですが、お父様は修正することをお許しになりませんでした。その結果はお父様のみ言どおりになりました。お父様がソ連を訪問なさった直後に3000人以上の青年をアメリカに連れていって教育しました。その後、クーデターによる混沌の時期となったのですが、その時、その青年たちが国の堅固な支えとなりました。(2006.7.5、スロバキア、ブラチスラバ)
「あなたたちの知っている共産主義では駄目である。民主世界を見なさい。考えを変えて、『ため』に生きる真の愛を実践する生活をするならば、あなたたちの願う自由と平和の世の中は来る」と教育してソ連に返しました。
ソ連が開放政策を繰り広げるにあたり、その学生たちが大きな役割を果たしました。アメリカで教育を受けた3000人のソ連の学生は、戦車部隊と闘ってクーデターからソ連を守りました。(2017.3.12、天宙清平修錬苑) 筆者解説 真のお父様と言う表現に違和感を感じる方もいるでしょう。 旧統一教会は正直直球表現なんですね、教理具現化のためには裏表が無い。世間からすると特殊単語で会話するものですから意味不明不審者に映ることも。 |