マウントの取り合い。実はコレ、本質は強さや正しさの証明では全くない。
落ち着けない人が、立ち位置を確保するための単なる作業にすぎないのです。

マウント合戦が始まる合図があります。
まず、話の中身が消えます。
その代わりに「上下」だけが残ります。
つまり、会話が順位表になります。

仕組みはシンプルです。

1つ目。価値の物差しが1本になる。
学歴。年収。肩書。資格。フォロワー数。実績。
どれかが「これが正解」と固定されます。
固定された瞬間、全員が測定器になります。
相手の言葉を聞かない。
数字に換算する。
それで上か下かを決めにいく。

2つ目。自分の安心を相手で作ろうとする。
自分で安心を作れないと、相手を下げて帳尻を合わせます。
上に立つと安心する。
でも安心は続かない。比較ですからね。
だから、また上に立ち続けようとする。
これがマウントの取り合いです。

3つ目。勝っても終わらない。
勝った側は「下に落ちたくない」気持ちでいっぱいになります。
負けた側は「取り返したい」思いでいっぱいになります。
つまり、両方が次の試合を予約します。
勝っても終わらないのがマウント合戦です。

「勝ち負け」や「正しいか間違いか」を到達地点に設定する限り、
会話はマウントの取り合いに終わり、体力だけが減り続けます。

マウント合戦に勝っても、人生が正しく豊かになるわけではありません。
ただただ、消耗していくだけ。虚しさだけの余韻が残ります。

五常で見るなら、マウントはだいたい「義」と「智」が暴走した状態です。
正しさで押し通す。
賢さで裁く。
その瞬間、自分の「信」が薄くなります。
信頼が薄れ、その程度の人間だと判断されます。
そこには相手に対する共感がなく「自分に共感してほしい」だけがあるから。
それに気づかず、相手との関係を上下で固定したくなる。
それでもまるで固定できないから、また取りに行く。
つまり、マウントで勝とうとするのは「単なる安定したいこころの代用品」なのですね。

そして、結論。
マウントの取り合いは、会話ではない。
得られない安心の奪い合いです。
だから奪っても満ちない。
そしてなおのこと、繰り返す。

ここを見抜けた人から、マウント合戦から降りられます。
降りることができれば、世界は静かになり、こころに平安が訪れます。

 

 

 

 

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