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ビトのブログ

高等遊民に憧れ、気付けば、表面上はそんな生活に。。
しかし、移住後8年が経過して
己の未熟さからすべてを失い、今はアルバイト
生活の日々をおくっています。

57歳、新入社員

今日は

生クリームでの飾り付けを

料理の先生立ち会いの元に😅


いやいや

不器用な私

スムーズには

いかなかったですが

進歩は見られた

ので

良しとします。


歳を経て

様々な経験

ありがたし😊

近年、"今を生きる"という

フレーズをよく聞きます。


これが出来たら

人として一線を越えた生き方が

出来るかと。

私なんて

昔から

今をどぶに捨て

将来に不安や不快を作り上げて

生きてきました。


もしくは

過去の思い出に逃避する

パターン。


どちらにしても

今を生きずに

ただ

人生を無駄にやり過ごして

いるだけ。


その改善のためにも

瞑想を始めましたが

ほんと

呼吸に意識を向けると

言ったも10秒後には

もう余計なことを

頭の中に巡らせている。


さあ

今回は

いつまで頑張れるか。


習慣にするまで

頑張りなさい

俺。

昔から私は

寝たら朝まで目が覚める

ことはなかった。

しかし、7.8年ほど前から

トイレに起きるように😓

酷いときは3.4回も。


だから

どんどん睡眠時間が

長くなっているのかと。


最近、サボっていた瞑想を

一昨日から再開。

そのおかげかは

わかりませんが

昨夜は

起きたのが1回だけ。


このために瞑想を

始めたのわけでは

ありませんか

これは

是非とも継続せねば😁

父か亡くなってから

20数年経ちます。

亡くなるかなり昔から

父に対して思っていたこと。

"なんて人の話を聞かない人"なんだ

ということ。


表面上は

息子である私が

かなり強い口調で

ほんと厳しいことを

言っても

ただ、ただ耳を傾ける父でした。

ほんと、私がどんな酷いことを

言っても

私を叱るどころか

ほんと、呆れるほどに

ただ、ただ、

"そうだな"と頷くだけの父。


(酷い息子だったとおもいます)


父が悲惨な後半生を

生きるしかなかったのは

ただただ

人の意見を砂粒一つでさえ

聞かなかったから。


他人からの大切な

意見を聞くことが

どれだけ重要か

父の人生を身近でみて

知っていたはずなのに

私も父と同じ過ちを

繰り返した。


ほんと

瓜二つ。


今振り返ると

父にもラストチャンスが

ありました。

あの時、我を通さず

幸せを選択する勇気があれば

悲惨な最期を迎えることも

なかったかも。


父だけでなく

私もそんな時期かも

しれません。


父が

人生最後で最悪の魔坂を

転がり始めたのは

今の私くらいの年齢だったかも。


勇気を持って

我を捨てて

幸せな人生を

選択するぞ。


我なんて

毒あるゴミでしかないから。




半世紀以上も

生きてきましたが

頭に残っている先輩という

存在は三人だけ。


一人はまだお付き合いが

残っておりますが

(その方の器の大きさのおかげで😅)


残りの二人と最後に会った記憶は

一人が30年以上前。

もう一人の先輩は、20年以上前に

街で偶然再会しただけ。


遠い昔に縁があっただけの

お二人ですが

私にとっては

当時、面倒をみてくれた大好きな

先輩として

いまだに覚えています。


どうされてるかな。

Uさんと

Sさん。