来年から英語教師になる僕の気ままな仮免人生ブログ -10ページ目

来年から英語教師になる僕の気ままな仮免人生ブログ

5年前好きだった人に「先生になれば?」と言われたことがキッカケで教師を目指し、この程フラれた人に「金持ちになれ」と言われたことがキッカケで死ぬ気で勉強し、本当に公立学校の教員採用試験に現役合格してしまった哀れな教師の卵の記録。


こんにちは。

今日は学校も休みなので、バイトの時間までまったりと楽天の画面を見ていました。



誘惑って、ここにあったんですね。



適当にアクセスしたものでも欲しくなってしまい、無意識に最安値を探してハッとしたことが何度あったことか。





・・・え? 今度の引き落としは来月末なの?


ってことは今月ピンチでも払うの来月だから今月バイト頑張れば...






さて、こんな自分に甘々な性格でも、一つの「個性」です。 (あまり誇れる性格ではありませんが)


「個性を尊重し、個々に合わせた教育を行う」ことは、学校教育の基礎でもあります。



教師は個々の性格を把握し、適切な指導を行わなければなりません。


もちろんこの表記は教員採用試験の勉強で嫌というほど読みましたが、正直僕は「っていっても文部科学省が出してる理想でしょ。肝心な具体的な方法も書いてないし、学校に丸投げしてるじゃん。こんなこと出来るわけないよ」と、ちょっと知識をつけて全てを知ったつもりでいる小学生のような考えをしていました。



しかし、教育実習へ行って、それが本当だと知らしめられました。


その学校は月に2、3度、授業研究のようなものがあり、学年の先生方で授業の様子を話し合っていたのですが、


なんとほぼ全ての先生が、自分の学年やクラスのみならず、全ての生徒の顔や名前だけでなく、性格や成績、家庭の事情まで把握していました。



これこそが「個々の性格を把握する」ということであり、やっと「個々に合わせた教育」に繋がるのだと実感しました。



正直僕に、来年からこれが出来るかは分かりません。




ですが、ひとつの目的として、一歩でも近づけるように精進して行きたい。


こう強く感じました。


iPhoneからの投稿
どうもどうも。

日曜日も終わり、また一週間が始まりますね。


気合でも入れて頑張って行きましょう。



さて、今日は色々と疲れることが多かったです。


と、いうのも、


朝から呼び出しを受け、

指定された場所へ送り届け、

また迎えに行き、

更に思いつきの目的地まで案内させられる、



という休日らしからぬ過ごし方を強いられたのが原因ですね。多分。




俗に言う「わがまま」ってやつです。


僕は、どちらかと言うと相手に悪いと思ってしまう正確だったので、子どもの頃からワガママはあまり言った記憶がないのですが、ワガママ体質がついた人は大人になっても治らない人がいるようです。


わがままは確かに自己中心的な考えですが、個人的にはこれくらい自己主張出来る方が、没個性と言われているこの世の中を渡っていけれるのではないか、と思っていたりします。




ほどほどにわがままが丁度いいのかもしれませんね。
どうもこんにちは。


今日はあまりにも疲れてしまっているので、程々に書きます。




今日も受験生の自習をみてきたのですが、ある今まで英語が嫌いで仕方なかった生徒が、




「先生!英語楽しい!」




と、いきなり言い出すのです。


何事かと思って聞くと、いままで学校では退屈な授業でしかなかった英語だが、ここ(塾)では面白いと言うのだ。


何が面白いと聞くと、授業の方法が楽しいと言う。




確かに僕は英語教育を4年間専攻してきたし、最新の英語教授法も様々な講義を取って勉強した。

それを、塾で試しているのも事実だ。



しかし、それは本来学校現場で行うべきもの。


簡単にいえば、学校用の指導方法である。



しかし、その生徒は「やっぱり塾と学校は違うね!お母さんも学校の先生は信じずに塾の先生を信じなさいって言ってるよ!」と言う。




学校の先生を信じず、塾の先生を信じる。



これから学校の先生になる僕や、学校の先生上がりの塾講師はどうしたらよいのだろう。



つくづく「体裁」が「偏見」を生み出す世の中だと感じずにはいられなかった。