体裁と偏見 | 来年から英語教師になる僕の気ままな仮免人生ブログ

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5年前好きだった人に「先生になれば?」と言われたことがキッカケで教師を目指し、この程フラれた人に「金持ちになれ」と言われたことがキッカケで死ぬ気で勉強し、本当に公立学校の教員採用試験に現役合格してしまった哀れな教師の卵の記録。

どうもこんにちは。


今日はあまりにも疲れてしまっているので、程々に書きます。




今日も受験生の自習をみてきたのですが、ある今まで英語が嫌いで仕方なかった生徒が、




「先生!英語楽しい!」




と、いきなり言い出すのです。


何事かと思って聞くと、いままで学校では退屈な授業でしかなかった英語だが、ここ(塾)では面白いと言うのだ。


何が面白いと聞くと、授業の方法が楽しいと言う。




確かに僕は英語教育を4年間専攻してきたし、最新の英語教授法も様々な講義を取って勉強した。

それを、塾で試しているのも事実だ。



しかし、それは本来学校現場で行うべきもの。


簡単にいえば、学校用の指導方法である。



しかし、その生徒は「やっぱり塾と学校は違うね!お母さんも学校の先生は信じずに塾の先生を信じなさいって言ってるよ!」と言う。




学校の先生を信じず、塾の先生を信じる。



これから学校の先生になる僕や、学校の先生上がりの塾講師はどうしたらよいのだろう。



つくづく「体裁」が「偏見」を生み出す世の中だと感じずにはいられなかった。