こんなツイートを今日たまたま見た

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昔2ちゃんに立った

「たかだか4人程度で仲違いしたくせに、世界平和とか言ってるジョン・レノンてなんなの?」

という秀逸なスレタイは何度でも思い出していきたい。

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ほんとそう。

 

世界平和。差別の無い世界。すばらしい。

 

うんうん そうだね。そう思う。

そんな世界になったらホントいいなと思う。

 

そうなるためにはどうしたらいいのか

具体的に現実的に考えてない奴、動いてない奴

そのくせ世界平和だの差別の無い世界だの原発反対だの

安全な所で耳障りの良い言葉を無責任に吐き出して騒いでる人たち。

 

本当に反吐が出る。

 

反吐がでるほど嫌悪感を抱くのは

確実に昔の自分はそうだったなと 強く思うから。

 

自分は具体的に現実的に考えても、動いてもいませんが

せめてこういう耳障りの良い言葉に騙される人間、

もしくはそういう言葉を安易に発信する人間にはなりたくない。

 

別に世の中に絶望してるわけじゃないですよ。

世界に目を向けたり、日本全体に目を向ける事も大事ですが

 

もっと 目の前におきてる事に一生懸命になったり

優しくなったり、現実的に何をすれば自分を含め、

自分の周りの人たちが良い方向になるのかなって

考えればいいだけじゃん

 

そういうのが固まって大きくなれば

まあ あなた方の言ってる世界平和に繋がるんじゃないでしょうか。

 

結局 自分自分自分の人ばっかりじゃんか。

オレもまだまだそうですよ。

 

そんな自分自分自分のやつらが 

世界平和とか言うなよな。ほんと。

 

 って思うだけです。

 

外国で飛行機が落ちました
ニュースキャスターは嬉しそうに
「乗客に日本人はいませんでした」
いませんでした。いませんでした。

僕は何を思えばいいんだろう
僕はなんて言えばいいんだろう
こんな夜は逢いたくて逢いたくて逢いたくて
君に逢いたくて、君に逢いたくて
また明日を待ってる。




今、新幹線で京都へ向かっている。
観光でも仕事でも無い。

本日2/21(日)京都劇場で
独立総合研究所  青山繁晴さんの
講演会がある為に京都へ向かっている。

ある人が、関東と関西ではテレビの報道や
番組内容が違うんだよ。という事を言っていた。

それがキッカケで
それからここ1年半くらい
関西系のテレビをYouTubeで見たり
ラジオを聴いたり、ネットでしか見れない
ニュース番組をずっと見ていた。

政治や経済や日本の歴史
難しい言葉がたくさん出てきて
すべてを理解、把握できたわけではないけども

少なくとも言える事は
今までの自分(1年半前)は
まんまと関東系のニュース番組に騙されていたことだけは間違いがない事を知った。

最近で言うならば
自分はNHKの国会中継をネットでみるのだが
それなりに内容は覚えている。

ある時、テレビ朝日の夜のニュースで
国会中継の模様をやっていたので見ていたら
本当にビックリした。

例えば
安倍総理がAという議員の質問に対してした答弁
安倍総理がBという議員の質問に対してした答弁

色んな人にした答弁の結果を
ごちゃ混ぜにして、安倍総理のイメージが悪くなるように巧妙に編集をしているのを目の当たりにしたのだ。

本当にこういう事をするんだ。
正直、心底驚いた。
こうやって視聴者をやんわりじわじわと
洗脳していくんだこいつらは。
と、言った事に気がついてしまったのだ。

自分は
左翼はおろか右翼でもない。
ただ、真実がしりたいし、フェアな話がききたい。
そう、日々思うようになってきた。

その中で
この独立総合研究所 青山繁晴さん が
一番自分の中ではフェアな人だと感じている
(時々おおげさだなぁって思うとこもあるけど )

だからそれを確認する為に
京都劇場へ向っている。

14:00~19:00
といったとんでもない長時間の講演会であることが
とても不安に思っている(笑) 体力的に

とても楽しみである。




6年前、僕は本当に孤独だったと思う。
うーん、孤独だと思いこんでただけかも知れないけど、
その思いこみで自分の首を絞め続けていた事は間違いない。

当時、僕はずっと「くるり」を聴いていた。

本当に友達と呼べる人は居なかったと思ってる。
きっとそれも思いこみなのかもしれないけど
当時はずっとそう思いこんで「くるり」を聴いていた。

僕は元々、現実逃避がキライなのだ。
っていうか出来ないのです。うまく。
現実逃避を試みたところで結局は
またその問題が逃避した分、反動でやってくる。

だから そんな僕には「くるり」が合っていた。

本当に岸田繁の歌詞は
辛くて孤独だと思いこんでる自分の心を
えぐってくるような歌詞ばかりなのです。
この人は俺なのか?って思うくらいに。

そしてすっかり聴かなくなって3年くらいたちましたか
おもむろに 「くるり」をちゃんと聴いてみた。
避けていた曲とかもシッカリと聴くようにしてみた。

心がぞわーーーっとした。
孤独だったあの時の感情が急に襲ってきたけども
でも少し不思議な感覚だった。

あの時の辛く孤独だと思いこんでいた感情が襲ってくると
今、目の前の自分の状況がいかに幸せであるか
じわじわと気がつき始める。

自分がイライラしている人、
キライな人、自分を困らせる人、
今追い込まれてる仕事の事。
そんな事が有ること自体が幸せなのかもと思えた。
なんか知らないけど 優しい気持ちになれるのだ。

こうやって、「くるり」が 僕の中で復活しだした。
「くるり」のえぐるような歌詞を聴くと
優しくなれる自分が居ることを発見したのだ。

音楽ってつくづく不思議だ。
たかだか空気の振動なのに。
勝手に聴き手の人生に乗っかってきて
聴き手の心を動かしていく。



先のブログにも出てきた、
国立天文台の東京大学の研究員さんとのやりとりにて

僕の仕事の話ですが、
ケーブルを作ったりする仕事が多いのですが
小さな会社なので、何処か職人気質だったり
経験や感覚でやってしまう事がとても多い。

たとえば、お客さんから
提案うけるときも、
だいたいココの電線の長さは150mmくらいあれば大丈夫ですね~

みたいなやりとりをずっとしてきた。
もちろんその提案でミスをしたことは無い。

このようなやりとりを
国立天文台の東京大学の研究員さんとしていた所
彼らはとてもまじめで親切な為
わかりやすい資料をこちらに出してきてくれた。

「ここの電線の長さを150mmくらい必要な理由」

というタイトルだ。

別にいいのに、親切に申し訳ないなと、
PDFファイルを開けてみたところ

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2×(R/(tanπ/12))+R×7π/6 = 2×(12/tan(π/12)+12×7π/6=133
であるためです!
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と書いてある。


えーーっと。
ちょっと何言ってるかわからないんですけど。。。(サンド富沢)

絶対に僕らにわかりやすいように親切におしえてくれたに違いない。
でも箸にも棒にもかからないくらい全くわからない。

本当に笑ってしまった。
こうも脳みそが違うのかと。

でも彼らなりの親切心なのだ。
ぜったいにイヤミではないのだ。

世の中には言葉では絶対に表現ができない事があり、
それが、感覚だったり、気持ちだったり
そういう 形にならないものと
普段の生活では思いこんでいた節が僕にはあったけど。

世の中には言葉では絶対に表現できなくても
数式で表す方法があるって事を見せつけられたし
これが彼らの世界なんだなと
本当に痛感いたしました。

でも 僕の気持ちはとてもニコやかだ。
これを数式で表したらどうなるんですか?
東大生のみなさん(笑)






{6B68DF95-995B-489A-9C8D-91725358002B:01}

くさったプライド。

多かれ少なかれ
多くの人は持ってると思う。
もちろん僕も。

くさったプライドとは
何処から来るのか。

自分をよく見せようとする。
自分を強く見せようとする。
ようは、自分の弱いところを
隠そうとする所から生まれると思う。

今日は国立天文台の東京大学の研究員と
の打ち合わせ。

彼らと話をすると、いつも上記の
くさったプライドについて考えてしまう。

彼らはとてつもなく頭が良い。
でも、僕のような素人が話す知識でも
本当に心底関心を示しながら話を聞いてくれる。

僕レベルの専門的な話をした際も
「なんですか?それ!?」と目の色輝かせてメモを取る準備をして僕が話し出すのを待っている。

ピュアなのだ。
感動するくらいピュアなのだ。

この人たちは人並み外れた
才能を持っていることに微塵もおごる事無く、だだただ大好きな研究をしているから
心が荒んでないに違いない。
と思ってしまう。

理化学研究所とかでの
陰湿な話もあるから一概には言えないけど

少なくとも、
僕はこの人たちと話しているのが好きだ。
くさったプライドを一切感じない。

ピュアな者と関わることが本当に
僕の癒しになる事が
この国立天文台に行くたびに痛感する。

そして、いつまでも
くさったプライドがある
自分に対して
できません。ごめんなさい。
を素直に言える人間になろう

といつも思うが
なかなか出来ない。





http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150212-00000529-san-soci


このYahooニュースを読んでいたら

この記事に対するコメントなるものがページの下部にあった。

そのコメントについて、
共感できるか否かのボタンがついているといったシステム。

それを流すようにみていたけど
このニュースの内容はともかくとして、

「自業自得」「死んで当然」
「ゴミを掃除する手間が省けた」

等々のコメントが沢山あった。

過激なことを言えばいいと思ってるような
調子に乗った学生かとは思うけど、
こういう思考を持った奴らが
こんなにも居る事の方がよっぽど怖い。

なんか、
先日の人質事件の時の悪ふざけコラージュとかもそうだけど
なんか、心底切なくなる。

誹謗中傷を書き込む人やこういう
デリカシーのない言動や行動をする人たちの気持ちや
原因なんかを自分の想像でさかのぼったりしてみると

おそらくそこにも何かしらの闇があり、
じゃあそのまた闇は何処から始まったのか、
この闇の連鎖は何処まで続いてるんだろう?

解決できるはずもなかろう事で
頭をぐるぐるさせてしまう。

とても疲れてしまう。

さあ帰ろう。
車でお出かけしている最中
水でも買おうとコンビニ寄った。

コンビニの中に
大きい乳母車か何かを
引いてるおじいちゃんが通路を占拠していた。

まあ、邪魔だなとはおもったけど
遠回りして水を取ってレジに並んだ。

自分が金を払う番になって
カバンから財布を出して
金を払っている最中に、
さっきのおじいちゃんが
俺の後ろで何か言っている。

「み、み、みどりのたまごが、、、」

と言っている。

ん?何言ってんだ?おじいちゃん?
レジのお姉さんも俺も?マーク。

でもおじいちゃんはつづける

「みどりのたまごがでてきて、いったい何なんだ、、」

こっちが何なんだと言いたい。
レジのお姉さんも困り顔。

呆けちゃってんだなと思った。

するとおじいちゃん、
「きみのカバンから、み、み、みどりのたまごがポロンとでてきた、、」と
床を指差した。

あーーなるほど!
ゴメンおじいちゃん!

{1385C0AB-35A0-4220-B705-50C201DA3AEE:01}



ギター弾くときの握力を鍛えるために
常にカバンに入れている
「セラピーエッグ」がどうやら、
財布を出したときにボロンと落ちたのだが、

おじいちゃんは親切に
俺に教えようと思ったんだけど、
いったいこいつが何物なのか、
なんて名前かもわからずに、
どう伝えていいか分からずに
フガフガとしてしまったんだと
全てが解った。

おじいちゃんにあやまって、
たくさんお礼を言った。

何を謝りたかったと言えば
親切に一生懸命教えてくれたのに

呆けちゃってんだな

の一言で片付けようとした事だ。
反省しながらコンビニを後にした。

(こうやって握って鍛えます↓ )

{7E84BD6E-9910-4D81-98D9-6E37A59D5C61:01}







僕はLED ZEPPELINが大好きである

数々の名曲がある中、
曲というか彼らの生み出す曲全体の空気とか
雰囲気という意味で

「HOT DOG」って曲がとても好きなのである。


ギターのジミーペイジは名曲を数々生み出すが
技巧という意味ではけっこうヘタクソな部類に入る。

この「HOT DOG」って曲ではもう出だしからそれが解る。

伴奏のギターソロからして危なっかしい。
ドラムのジョンボーナムが無理矢理
合わせに行っている姿が見えてくる

曲の中のソロに至っては ギター初心者が

「おめーこの曲を1ヶ月でマスターしなかったら丸坊主だからな!」

と罰ゲームを課せられて、死ぬほど練習して
どうにかこうにかギリギリ罰ゲームを免れた感じのプレイである。

LED ZEPPELINは
モタリ気味のジョン・ボーナム(ドラム)と
突っ込み気味のジミー・ペイジ(ギター)の
丁度中間のタイミングでジョン・ポール・ジョーンズ
がイイ感じでベースを弾いている
といわれているらしいけど
本当にそれが出てる曲で

この曲を聴いていると
とってもとっても人間くさくて
きっと演奏している彼らもニコニコしてるだろうし
僕もこの曲を聴くと本当にニコニコしてしまう。

LED ZEPPELINからは いろいろ学ぶことが
多すぎます。

本当に世紀をまたいで最高のロックバンドだと
ヒシヒシ感じる今日このごろです。


と、曲を聴きながら今日も仕事をします。

先日、またまた
お茶の水に行ってきた。
楽器屋さんにいると癒されるのだ。

最近、本でGibsonのJ-45について色々読んだ。
特集組んでるんだから仕方ないけど、J-45のすごさ、Gibsonの魅力について
たくさん情報が載っていた。

だからと言って僕はどうもネームバリューやブランド力みたいな物には
反骨精神が沸き上がる。

ギブソンだからいい?ビンテージだからいい?
本当ですか?それを盲目的に信じるのだけは僕はイヤだ。

本当に自分にとって良い物がほしいのだ。

楽器そのものの良さと、自分をいかにテンションを
上げてくれるか。それが大事だと思っているのである。

たいして 弾けもしないくせに。

でも、僕は「K.YAIRI」が大好きなのである。
色々あって「K.YAIRI」が大好きなのである。
むしろ「K.YAIRI」しか欲しくないのである。


これは高校の頃
「俺はたばこが好きなんじゃない。セブンスターが好きなんだ」
と意味不明なこだわりを言ってるのと同じだ。
(ちなみに今はセブンスターでは無い)


そんな訳で、
K.YAIRIのギターを試し弾きしにお茶の水に向かったのである。

狙いを付けたのはGibson J-45のレプリカモデル「JY-45」

なぜ、このギターに目に付けたかと言うと
まず、見た目が大好きなのもあるけども、
「山崎まさよし」のようなジャリジャリしたサウンドがどうしても欲しかった。
ジャリジャリと泥臭いサウンドでストローク&カッティングをしたいのだ。

そのためなら、材質はトップはスプルース単版、
サイド&バックはマホガニー単版であること。
低音がちゃんと出るドレッドノートタイプ、
もしくはラウンドショルダータイプ。
ブリッジピンとブリッジの距離やら
弦長やらなにやら そういう事を色々調べての結果だ。

フィンガーピッキングで素敵な音を出したいならば、
もう得意なギターを持ってるからいらないのだ。

ならば山崎まさよしと同じ GibsonのJ-45サザンジャンボを
買えばいいじゃない。と言う話になるんだけど 高価だし、
やはり僕は K.YAIRIが 大好きなのだ。

だから、K.YAIRIのギターでJ-45の音に近いものはないものかと期待して
お茶の水にやってきた。

前に一度弾かせてもらった事がある「JY-45」だけど、
前に来たときより僕は山崎まさよしの曲を練習しまくってたから
少しは上手くなってるから聞こえ方が違ってるだろう
と思って 早速弾いてみた。

おおお!!
俺、山崎まさよし じゃん!!!!
JY-45 こんなに いい音だったっけ?僕が上手くなったの?
ジャリジャリジャリジャリ 弾きまくりました。

嬉しくて楽しくて最高の時間だった。

僕が求めているサウンドそのものでした。
30分以上は弾いていたかもしれない。

お兄さんもここまで弾いたなら買ってくれるに違いないって顔して
色々僕と会話する。

でも僕も疑い深い。これは僕の気のせいかもしれない。
この高揚感に浸った感じのままでいると、
今こいつを買ってしまうおそれがある。

それならば、楽器屋のお兄さんに頼んで
本物のGibson J-45を弾かせてもらって、
「ああやっぱり Gibsonすげえなぁ。でも30万は出せないしなー」
って言いながら楽器屋を後にしよう作戦をしようと考えた。

そしたらお兄さん、
「お客さん本当にギター 好きそうだから、持った瞬間わかりますよ。」って言われた。

「なにがですか?」と僕。

「まあ、持ってみてください」と言いながら、お兄さんが
正真正銘の本物の Gibson J-45を僕に渡した。

手にした瞬間、

む? なにこれ?凄く重い。え? なにこの ぼてーーっとした分厚い塗装。
ん? これ本当に木材? こんなんで あのジャリジャリ音が出るの?

で、弾いてみる。
はい?何この音?ギターの中央でドン詰まったような音はなんなんだ?

これなら申し訳ないけど
今、僕の家にあるギターでストロークした方が全然いい音だった。
おもわず お兄さんにいいました。

「これは本当にGibsonなんですか?」

お兄さん
「正直、これが現行版Gibsonの実力です。
ネームバリューだけで持っているような物で
金儲け主義で正直良いギターとは言えないですね。
うちでは、現行のGibsonを置くスペースを少なくしてく方向です」


「じゃあ Gibson J-45は素晴らしいギターだと言われてるのは
本に書いてありましたけど、1960年以前に製造されたJ-45の
事であって、もしかしてこのヤイリの方がそれに近いとか言います?」

お兄さん
「ヤイリのJY-45の方が ギブソンサウンドですよ」

くっそーーー マジか。まさか、本家のGibsonがこんな事になってるとは
おもいもよらなかった。

高揚感が消えない。

それどころか、Gibsonに大好きなK.YAIRIが音として余裕勝ちしてる事と
それを見抜けた自分と、やっぱりネームバリューだけ信じるなんて
間違ってる事を証明できたことで、
ますます高揚感が出てきてしまったではないか。

うーん、うーん
だから、だから、

photo:01



買ってしまいました。ごめんなさい。
誰に謝ってるんでしょうか。

その昔友達と、新宿のある怪しい路地裏で
「ロレックス!本物より本物!」って宣伝文句で
ニセモノ時計を売っていたのを見て大笑いしたのを思い出した。

本当にそういう現象が起きてしまうことがあると
ちょっと感動しました。
(まるでK.YAIRIがニセモノみたいな言い方だけどそういう意味ではないです)


今はこの写真を見ては、
愛おしくて家に帰るのが楽しみです。

photo:02



僕はこの三本の子で自分の中にあるモノを
音として自由自在に表現できるようになりたい。
と、思っています。