本質的内容議論をすり替え、手続き論に終始する方々に申し上げます。

あなた方は、いつになったら、閣僚に対しての、彼らの言葉尻への挙げ足攻撃から離脱できるのでしょうか。

「仲弓、季氏の宰と為り、政を問う。子曰く、有司を先にし、小過を赦し、賢才を挙げよ。曰わく、いずくんぞ賢才を知りて之を挙げん。曰わく、爾の知れる所を挙げよ。爾の知らざる所は、人其れ諸を舎てんや。」『論語』子路篇から
まず一つひらめき電球

国の違いの多様性と同じ様に、言語の多様性として、「手話」も言語の一つとして認知しましょう!
台風後の突然の猛暑。

電力不足にかこつけて、原発の必要性を訴えるヤラセ演出の臭いがする。
日本のお嬢チャマたちが夢中に経済貢献していることに象徴されていることを横目に見ていたら、アラアラ、ダイの大人の皆さま方が揃って騙す、騙されるの顛末。

伝統と重厚な日本の文化意識とレベルが疑われる、お恥ずかしい経済活性化だこと。

トレースアビリティって、何だったのかしらね。

本当にこの国は、訳のわからない「ブランド」っちゅう物にデレデレとだらしないこと。

情けないやら呆れるやら。
どんな生物であれ、姿を変え潜伏し、生き残るために細胞を駆使して進化をして来た経緯を考えれば、例えそれが暴力団であったとしても、地下に潜伏し、手法や組織を変幻自在に改変して生き残りを図るのは必然。

イタチごっこにならない戦略を立てることと、暴力団の存在する根本的意味を解明していくことが先見でしょう。
親の勝手な子どもに対するご機嫌とりなのか、親としての自分の時間の都合による大人の素になる時空間につき合わされるのか、夜の酒場に小中学生の親子同伴がまかり通ることに何の抵抗感も働かない30~40代の親たち感覚は、いったいなんなのだろう。
子どもたちにとっては、大人の素のバカさ加減を見せつけられ突き付けられる悲しい未来図だということに気づいて欲しい。
文化人類学的「ハレとケ」の喪失だ。
悲しい。
欧米でよく行われるホームパーティとは、異質なファミリー感覚だと確信している。
労働内容と労働の質の吟味をせずして、権利主張ばかりの政治的立ち回りしかできない組合こそ問われるべきです。

いちいち殺人犯罪行為に至るまでの詳細な内容の繰り返し報道が蔓延る。


これを誰が知りたがるのだろうか。


覗き見的詳細内容を知ることにどのような意味があるのだろうか。


繰り返しの詳細なる警察捜査内容の羅列にどのような意味があるというのだろうか。


犯罪に対する本質的問題・課題の掘り下げなくして、周辺部分的警察捜査内容の情報開示フローにどのような意味があるというのだろうか。


犯罪に対する総国民の覗き見体質の増長とワイドショウ化することにより、社会問題の本質を見失わさせられている。


公共放送と言われる放送局でさえこの報道方法を踏襲していることに、メディアに対する嫌悪感と不快感と吐き気を催す。


われわれは「どんどん愚かな民(馬鹿)」として汚染されていく。


由々しい事態だ。

地元行政の環境担当が、このたび食用油のリサイクルとして「廃食用油の回収」をしてみることになったようだ。


目的は、資源の再利用や河川の水質汚濁防止およびCO2削減を目的として、各家庭から排出される廃食用油を回収するようだ。


予定は、集められた廃食用油を軽油より環境負担が少ないBDF(バイオディーゼル燃料)や粉石けんに再生させ、公用車車両や重機の代替燃料として試験的に利用するようだ。


このコメントの前提は、試みに対することに批判はありません。


行なわないことより行おうとする職務姿勢は認めます。

ただし、なんでも「やれば良い」という職務感覚では、税金投入をする行政事業責任者としての自覚と責任性に社会学的欠落要素があると感じます。


つまり、行政官(公務員)の「思いつき的」な職務遂行姿勢に、無責任体質が漂うからです。


★疑問視点

①目的・予定を立てる必然性はどこにあるのか?-なぜ回収する必要があるのか

 

 つまり、「どのような要因により、『回収する必然』が生じたのか」ということへの分析内容はどのようになっているのか。

 

 回収することによる改善点の具体的イメージと方向性(予定)の提示においては、分析根拠や方向性提示としての数字的背景の有無が必要。


 これを以って、「目的」・「予定」の提示となるのではないか。


②市民にとって、どうメリットがあるのか?


③血税を投入してまで、今行なう必然性はどこにあるのか?


漠然とした雰囲気と流行の感覚だけで、「モデル事業」を遂行するなら、なんのための「モデル事業」なのだろう。