自動ドアが当たり前のコンビニに、出入口が引き戸のところがある。
引き戸は、『横文化』である。
たぶんこれは、江戸時代を盛りとした文化であろう。
家庭生活の日常での「扉」なる「ドア」が普及したのは、第二次世界大戦以後で、この「ドア」なるものは、前後の『縦文化』である。
今や現代人、取り分け次世代の子ども達は、この『横文化』に触れることが殆ど無いであろう。
成長した高校生が象徴的である。
『横文化』の微妙な力加減、相手の力を巧みに使う柔道の様な、『力任せでは無い対象物との対峙の方策』が衰退している危機感を、痛感する。
私の知るコンビニで観察をしていると、
先ず入店の際、
標示の矢印を確認せず、(ここに於いても、物事との対峙への注意力・観察力の衰退、欠落、生物的退化が伺える)
いきなり「押す」という前後運動(縦行動)に依る思いっきり取手のノブ棒を押し引きしながら開けようとする行為の延長線で、
ノブ棒をガタガタ揺すって開けようとしている。
これが実は、扉を開き難くしている。
買いもの終了後、時間に追われて店から出る時に、焦っているほど反って時間がかかってしまう顛末を垣間見る。
ユックリ横にすう~っと動かせば(引けば)、すんなり出入口は開いてくれるのである。
現代人の『力任せに、物事を押し引きする強引さ』の発端は、こんなところから醸成されているのではないだろうか。
『ドア』という、西洋式近代文化の蔓延が、『人類の傲慢さ』を増長して来たのではないかと感ずる昨今だ。