もし彼と争わず、彼を受け入れていれば、このときの幽体離脱はまったく違うものになり、私のその後の現実も今とは大きく変わったのだ。別の何かが開き、そして私がそちらに進んでいたら、一体どうなっていたのだろう。
(続く)
《オリオン・ミッション…あの世で死ぬとどうなるNO308》
今それが私の前に再現されつつある。そこは現在の私がいる場所とはぜんぜん違うところであり、今とはまったく違う人々に囲まれた私がいる。しかしそれはいま以上だろうか? もう一つの可能性を生きた、もう一人の私は果たしてうまくやれたのだろうか。
それを想像することができないのだ。いい結果を出せたのか、それとも今以上の空振り三振だったのか、そこが見えてこない。結果だけ見れば空海と戦った私はうまくやれている。全てはうまくいったのだ。豊かで充実し喜びに満たされ、なおかつ家族や神に感謝している。
にも関わらず中身はないのだ。空振り三振ばかりでスコアボードにはゼロ以外の数字が見当たらない。成果がなくともうまくいくという、私は典型的で代表的な例に違いない。その逆…天にも届くほどの資産と名声と地位を築きながら、地を這っている頓馬な連中が多いことを思うと十分満足しなければならない。
ただ達成感がないのだ。空海との戦いで消耗してしまったのかもしれない。あのときからの30年間は、本当にあっという間だった。空海と戦わず、もし彼をあの時、受けいれることができていたら、私はもう一つの可能性という道に覚醒していたのかもしれない。
《関連過去記事》
高野山との戦い NO1~NO5
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私を殺せと空海は言った、高野山の戦いNO1~……
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高野山に沈む魔境、宿坊での怨霊NO1~NO4
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それがうまくいくことはなかったのかもしれないが…何故なら今それが見えてこないからだ。スタート地点はよく見える。しかし途中から見失ってしまう。そしてもう一つの私が結局どうなったのか、その結果を想像することができないのだ。
しかしたとえ、そこに豊かさや喜びや充実がなくとも…それは別の言葉で幸福とも言われるのだが…それでも私は間違いなく比類のない強烈な達成感を得ている。それは間違いない。誰もやったことがないことを実現させたという達成感なのだ。
言い換えると平凡に生きるか、波乱万丈の冒険を生きるか、そんな選択が空海との戦いで行われたのだ。そんな選択なら誰しもそんなものだと言うのだろう。私は前者を選んでしまったのだが、ステレオタイプの思考しかできない人たちとは会話が成り立たない。
私に限らないとは思うが、選択や決断が成されるとき、あるいはすべき時にそれをせず、見逃してしまうとき、霊世界では壮大なドラマが展開されているのだ。言いたくないが、それを見て知ってしまった者と、知らないものでは何かが決定的に違う。
私はもちろんそれ見て知った人間だった。ただそれを理解しなかったのだ。その戦いは3年間続き、1年に一回ずつ3回行われ、最後に私は殺されるところだった。幽体離脱で死んだり、殺されたりしたらこちらの私はどうなってしまうのだろう……
(続く)
マサト