ヘミシンクピンポンパン

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ヘミシンクと幽体離脱体験記

《お知らせ》

お忙しい中、いつも私のブログを応援していただき

ありがとうございます。



これまでの五作に次いで、新たにCD

6弾がPANDORAより販売されています。

タイトルはMASATO in Osaka2014125です。

先々週125PANDORAお話会でのライブです。



これまでのCDお買い上げいただいた方にも

御礼申し上げます。

企画、録音、制作、販売していただいた

PANDORAifさん、日月神事のMさん、

スタッフの皆さん、それにPANDORA

お客様に感謝いたします。



今回のCDには雄大な木星が描かれています。

当日会場では宇宙連合とのセッションが

行われました。

詳しいことはこちらを御覧ください。



ifさんのHP《 マサトCD予約注文受付》

http://www.pandora333.net/oshirase.html

ifさんのブログ《マサトCD発送》

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GermaniaHP

http://germania.main.jp/










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長年シャッターが下ろされていたところを発掘して、なんとかここにたどりついた。みたいな感じの安倍総理がそこにいた。隠密に行動しこの場所が感づかれてはならないのだ。そんな印象があった。本当は何だったのかわからないが、思わずそんなことを想像させてしまう、そんなところだった。

(続く)

 

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《安倍元首相かく語りき…死んでなどいないNO18》

物置代わりに使われていたのか、あちらこちらに古い新聞や週刊誌が模型のビルみたいに整然と積み上げられていた。安倍氏と話し込んでいた女性は片手でどうにかつかめる程度の大きな黄色い動物のぬいぐるみを大事そうに持っており、それを安倍氏に渡した。まるで子供がするようなしぐさだったが、私はこのぬいぐるみにはなにか隠されているのではないかと注意して見ていた。

 

安倍氏はそれを、どちらかというと私の印象では、半ばうるさそうに受け取ったように思えた。ぬいぐるみは黒い縞模様が入っておりトラだったのかもしれない。安倍氏はこの女性というか女の子に詰問し始めた。この女性は少女というより少年のような振る舞いをときおり見せ、安倍氏はちょっと怒っているように思えた。

 

二人の声は私には聞こえなかったが、安倍氏はこの女性に、ここに来るのが遅いとか、もっと慎重に行動しろとかそんなことを言い聞かせるように話しているように感じた。たぶんそうだったのだろうと思う。

 

二人は親しいというか互いのことをよく知っている、そんな印象なのだが親子ではなさそうだし、友人関係と言うには女性の方が、妙に不釣り合いに子供っぽく見えてしまうのだ。安倍氏は地味な暗い色のスーツ姿で、女性は灰色のダウンにジーンズだったようだがこの辺の記憶が曖昧だ。

 

二人の服装からここは冬なのだろうかと思った。このときは気が付かなかったが、いま思い返しているうちに私はこの女性の所作にどこか見覚えがあるように感じた。記憶を辿っていくうちにあることに気づきちょっと驚いてしまった。この女性は昭恵夫人だったのではないだろうか?今ではほぼそう確信しているのだが。

 

このワークは安倍元首相が亡くなられた一週間後の7月15日に行ったものだ。仮に昭恵夫人だとしたら早くも一週間後には迅速な行動をとり、霊界の安倍晋三氏のもとに駆けつけていたのだ。それにもかかわらず安倍氏は来るのが遅いと言ったのだろうか。

 

もちろんこちらの世界の昭恵夫人に、霊の世界でそのような動きがあることなど知る由もない。昭恵さんはスピリチュアルへの関心が高い人らしいが、流石にこのときそのような余裕はなかったと思う。しかし死後世界では早くも始まっていたのだ。

 

この世に現れる現象や出来事は霊界で先行して行われている。二人の活動、それに安倍元首相の周辺では今回の事件はもうすでにあの世では成就されていたのだ。いま安倍晋三氏の魂が体験しているのはそれから以後のことだ。もし人々の願いと祈りがなかったら、そして私がここに来なければ、もう少しで安倍氏はシリウスへ帰還してしまうところだった。

 

安倍元首相は死んでなどいない。ただ向こうの世界に行っただけなのだ。そして今そこで新たな活動に入っている。しかし私はこのときそんなことを考えることはできなかった。ここにいるのは、私ではない私。霊界のもう一人の私だった。

 

これから以後のことは、もう一人の私である私の体験であり、私がやれたことは、ただそれを記憶に留めるということだけだった。ここはなぜ冬なんだろうとそんなことを思ったとき、私は海の上にいた。そこは夏の海だった。

(続く)

マサト

 

 

 

 

 


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プレアデスは物の宇宙のことであり、そこでは光の速度が限界で、人類は実質どこにも行くことができず永遠に閉じ込められたままだ。物の宇宙はプレアデス意識が作り出しているマトリックスという牢獄だ。無限の宇宙はオリオンにこそある。シリウスは2つをつなぐ架け橋であり、人の体でそれは子宮という器官として存在している。

(続く)

 

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《安倍元首相かく語りき…安倍晋三氏がいたNO17》

このあたりから強烈な眠気がおそってきた。私の意識はどんどん深みへと暗黒へと沈んでいった。いま思い返してみると、ここで私はクリックアウトしてしまったのかもしれない。しかし私には意識を失ったという記憶はまったくないのだ。ノートにもそれについては何も記録していなかった。

 

このとき私は机の上に広げられたノートを見つめていた。私の記憶はそこから始まっているのだ。それ以前のことをすっかり忘れていた。ここで何をしているのかも忘れている…というより何も考えず、ただ立っていた。そして机の前には誰かがいた。

 

その誰かは椅子に座り込んでボールペンを握りしめて眠っているように思えたが、あまりにも近くから見ているため一部分しか見えていない。この人はすごく疲れているように感じた。この人は誰だろうかとか、ここは何処だろうかとかそんなことは考えなかった。

 

それが不思議なのだ。ここで何をしているのか私はわかっていなかった。私という意識もなかった。遠くの方で誰かが呼んでいる声が聞こえたような気がした。それをきっかけにして漠然とここで何をしようとしていたのだろうと、ふとそんなことを思いつき、それでようやくここは私の部屋ではないのかと漠然と思った。

 

そのとき後ろでコツンという鈍い音がした。それはラップ音とかではなかった。振り返るとそこには安倍元首相がいた。そこは本来なら私の部屋の南側の窓があるところだったが、今そこには別の世界があった。

 

それは映画のセットのようなものだったのかもしれない。しかし私自身もすでにその世界の中にいた。そしてそれ以前のことなど私はすっかり忘れていた。黒くて冴えない古びたソファがあり…それは昭和の高度成長時代に流行った、厚みだけは立派なソファで、そこに安倍晋三氏は座っていた。

 

安倍氏の前にはショートヘアーの若い女の子が向かい合っていた。私は女性の背中の方からこの光景を見ていたので、顔は見えなかった。なぜ若いと思ったのか、ただそう感じただけなのか、このあたりのことはよく覚えていない。二人は会話していた。

 

しだいにこの光景に慣れてきた私はこの場をじっくりと観察し始めた。どこかのオフィスかと思ったら、ここはなんだか寂れた地方都市の場末のスナックみたいな感じなのだ。あるいは古い時代から営業し続けている、田舎の寂れた喫茶店の奥みたいなところだった。ソファはそこに長年にわたって据え付けられていたものだ。

 

ここはもう長い間使われていなかったにちがいない。そんな印象だった。かび臭さが漂っており、およそ日本国のリーダーにはふさわしくない場所だった。隠れ家とかアジトとかそんな秘密めいた雰囲気がしていたが、実際ここが何だったのかわからない。

 

高度成長が終わり、バブル景気が終わり、それから後は延々と果てしなく続くデフレと不況と人口減少にさらされ、店の後継者もなく、さりとて所有者はまだ存命で形骸だけが残ったまま。そんな様子なのだ。

 

長年シャッターが下ろされていたところを発掘して、なんとかここにたどりついた。みたいな感じの安倍総理がそこにいた。隠密に行動しこの場所が感づかれてはならないのだ。そんな印象があった。本当は何だったのかわからないが、思わずそんなことを想像させてしまう、そんなところだった。

(続く)

マサト

 

 

 

 

 


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《なぜ母親を殺さなかった200804》

 

《死刑に成りたくて人を殺しました》というタイトルの本があるのだが、著者はインベカヲリ。それによると警察庁のデータでは2017年時点で、殺人事件の約半数は親族間で行われているという。殺人事件の半数以上は家族間で行われるというのは知る人ぞ知る事実。

 

この中には未遂に終わったものや、遠い親戚間での殺人事件はもちろん含まれていないから実際の事件はもっと多いことになる。世界一安全な国の殺人観は最も血の繋がりが濃いもの同士の間なら《まぁ、いいか》みたいになっているのだろうか。それを土台にして《無差別殺傷犯の論理》というのが築き上げられているのかもしれない。

 

建国以来の長い長いお花畑の歴史にあったのは《何でもかんでも和》、あるいは《何がなんでも和》であり、家制度を温存させ、核家族化がまだ途上にあり、人口密度の極度に高い日本では、無差別殺人は親族を生贄にするという形で強烈に顕れてしまう。

 

殺意が直接恨みを持つ相手に向かうのと、無関係な他者に向かうのとではどのような違いがあるのか。安倍元首相を暗殺した山上徹也はなぜ母親を殺さなかったのか。支那中共に親孝行せよと教わったのだろうか?それは大いに有り得る。

 

息子や娘や妻を殺してそれを料理して食べるという、血も凍りつくような驚愕の猟奇事件は、支那ではごく普通に日常的におこなわれていたらしいが、親を殺して食ったという話は聞いたことがない。あったに違いないとは思うが。

 

この本でインタビューを受けた、NPO法人ワールドオープンハートの阿部恭子氏はこう答えている。《私はそれ結構同じような気がしているんです。結局無差別殺傷のほうが家族への殺傷力は高いですよね。無差別で殺害者を多く出したほうが、家族は生きていけなくなるから》《これをやられるのが一番つらいことだと思うな。だから無差別殺傷犯のお母さんはみないいますもん。「わたしを殺してほしかった」って》

 

WOHは無差別殺人事件を起こした加害者の家族を守るために2008年に設立されたものだ。阿部恭子氏は死刑にも反対しているらしい。私も死刑反対だが、それは死刑では罰が軽すぎるからだ。同じことを主張しても中身は正反対だ。

 

家族間殺人であれば憎んでいる相手が、母親とか父親とかが死ぬだけだが、おそらくそれでは気分はすっきりしないのだ。それは実によく分かる。家族を殺してしまえばケリがつくなどというのは、その気になったことのない人の甘っちょろけた考えだ。

 

全然関係のない他人、無差別殺傷であれば、憎い親族を生きながらに地獄へ叩き落とすことが出来る。それで初めて気が晴れ、呪縛から解放されるのかもしれない。加害者自身が刑期を終えても、加害者家族の受ける被害に終わりはない。家族への復讐としてこれほど効果的なものはないだろう。

 

しかしカルトは盲点だった。創価に統一…カルトの既知外信者にはこのような《マトモ》な発想が通じないのだ。山上の母親は教祖様に申し訳ないと言って驚天動地のトンチンカンな謝罪をしたそうだ。山上の凶弾によって亡くなられた、安倍元首相や夫人や親族への謝罪はなく、息子のことなどチリほどにも頭にないのだ。

 

山上が母親をさっさと殺していれば、安倍晋三氏を中心に国内の保守勢力は結集し売国奴どもと戦えたのに、安倍氏が暗殺されてしまった今となっては、日本はもう立ち上がることはないだろう。無差別殺傷犯の論理など断じて許しがたいことだ。

 

2019年12月の山上のツイッターにはこんなことが書かれている。「最も救いがないのは母を殺そうとした祖父が正しいことだ。オレは母を信じたかった」……最も救いがないのは今となっては山上自身だ。

 

既知外親にとっては統一教会こそが家族だった。宗教カルトに暴力カルトは疑似家族を作り上げることによって組織化を図る。教父に教母様、おやじにオジキ。山上の母親にとってそれは統一協会だった。そして息子は支那共産党カルトだったのだ。創価学会にもこの手の話は山ほどあったのだが、すべて封殺されている。90年代生まれの日本国民は何も知らない。

 

《アンチカルトの会》というカルトも存在する。カルト被害者の団体がいつのまにかカルト化してしまったという笑えない話だ。カルトの根は深い。あなたは無縁だと思っているかもしれないが、人が三人よれば組織が始まる。組織ができればカルト化が始まる。特に有料笑スピ系は100%カルトへと堕ちる。カルトは人を不幸にし、発狂させる信仰。そんな意味だ。くれぐれもご注意を。

 

最後までお付き合いいただきありがとうございます。

マサト

 

《追伸》

ペロシの訪台で保守派は喜んでいるが、この婆さんを信じてはいけない。ペロシやバイデンがのさばるアメリカは、いつコロリと支那に寝返るか、あてにできない国だ。