ずっと以前のことだが地球の医師だけでなく、彼ら宇宙人たちも私が見ている宇宙連合や神は妄想だと私に宣告したことがあった。そんなものは存在しないというのだ。しかしだから無価値なのではないという。妄想に幻想に空想は何故無意味とされるのだろう?
(続く)
《死力…夜と霧260410 NO8》
妄想の中に生きることによって自らを救ったという人々がいる。冤罪で囚われ刑務所で死刑執行の日を待つだけの日々を過ごし、後に無罪判決を勝ち取った彼らは、絶望の日々を過ごした後、可能性がゼロの復讐に希望を見いだし、あるいはありもしない別の人生を思い描き生き延びたというのだ。
アウシュヴィッツに囚われた人々も妄想の中で命を繋いだという。《夜と霧》の作者ヴィクトール・フランクルは最後まで生き抜いたのは妄想を捨てなかった人々だという。妄想や空想は人にとって最後の希望の砦なのだ。誰も魂の自由を奪うことはできない。
《苦しみと死がなければ、人間の人生は完全になり得ない》と彼は言うのだが。死はともかく私が苦しみをどれほど嫌っているのか、そのことを病室でイヤというほど思い知らされた。導尿カテーテルでのたうち回った私は退院後泌尿器科をハシゴした。《すごくつらいんです、なんとかならないのか》と告げると医師は《それで?》と逆に訊いてくる。
それがどうかしたかと言うのだ。導尿とアウシュヴィッツを一緒くたにする私に、心のケアセンターの医師も内心おかしくてたまらなかったと思うのだが、さすがに精神科の先生はそこはぐっと我慢して、私の言うことを聞いてくれた。
今日から抗うつ剤と睡眠導入薬に加えて抗がん剤が加わった。抗がん剤の効果は10%程度らしい。それに比べて抗がん剤の副作用で苦しむ可能性は100%だという。癌サバイバーは癌と闘うのではなく、抗がん剤と戦争することになるのだ。敵の敵は味方…ガンと同盟関係を結ぶという実にいびつな繋がりができてしまう。
事故や事件ではない死因の殆どは病死。老衰死とされている患者も死体解剖すればすべてがガンだという。このプレアデス世界との繋がりを断つためにガンは用意されたのだろうか。宇宙連合はそうだというのだ。
(続く)
マサト