本当に世間で 『没イチ』 なんて表現を使ってるの? | 戦国好きのアドリブ雑記帳

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戦国ネタ(話)が多いですが、基本は感じたこと雑記した内容です・・はい。

市川海老蔵さんがブログにて、配偶者と死別し独り身となった人を示す 『没イチ』 という表現で、自身についても触れられた記事を見て 

 

『何に? この言葉、没イチ?! 最低な言葉、私はそう感じますね』

 

と書かれた様です。

 

もとの記事よりも、この海老蔵さんのブログの話題を先に知り、後追いで記事を読んでみた。

 

記事は → コチラ

 

この記事を読んでの感想は

 

『余計なお世話で、品が無い』

 

でした。

 

リンク先の記事をお読み頂いた皆さんは、どうお感じになられたでしょうか?

 

そもそも、人間は必ず死んでしまいます。

 

ですから、大切なパートナーである婚姻関係にある相手とは、いつかどちらかが先に逝ってしまいお別れをする運命にあるのだと思います。

 

そうした時が訪れた時に、どう気持ちの整理を付けて受け止めるのか?

 

更に今後の人生を生きて行く上で、どういった選択をするのか?

 

これらの事はとてもナイーブな問題であると共に、それぞれの人生において自分自身で受け止め、決めて行く事なんだと思っています。

 

 

その結果における答えも(そもそも人生に答えは無いですが)また、自分自身で考えて受け止め人生を作り出す物だと思う私には、過去にパートナーを亡くした方の統計を基にして 『あ~だ。こ~だ』 と言った、うんちくを延べてタイトルに

 

『没イチ男が再婚する時の注意点』

 

と掲げた上に、最後に

 

『新しい一歩を踏み出すには、今まで以上の細心の注意が必要なのだ。』

 

等といった上から目線で締めくくられる文章には、大きなお世話だとしか思えませんでした。

 

そして、海老蔵さんが 『私は嫌いです』 というタイトルでブログにて言っていた

 

『没イチ』

 

なる表現も、稚拙で人の心を思いやれない、品のかけらも無い言葉だと思います。

 

そもそも、この 『没イチ』 なる言葉自体を私は初めて知りましたが、本当に世間一般で使用されているのでしょうか?

 

流行り言葉として、何処かのアホが使用しだした言葉だとしても、そんな言葉を使用して、しかも名指しで海老蔵さんの今後になぞらえて記事を書いちゃう日刊ゲンダイにも、げんなりします。

 

日本においては、民主主義に基づいて 『表現の自由』 という法があります。

 

これは 『思想思念の自由』 という考えの延長にある法律です。

 

簡単にいえばこういう事です。

 

民主主義の下に、全ての人は自由に物事を考えて良いですよ。

 

という基本があります。

 

そうすると、考える事は良いのにその意思表示は出来ないのでは、片手落ちとなる為に 『表現をする自由』 もありますよ。

 

という事で付随して出来たものです。

 

ところが、この 『表現の自由』 を駆使した結果で、他人を悪い奴だと考えた人が (考えただけで根拠は無い) 、その思想を表現する為に 『〇〇は、悪い奴だ』 触れ回ったらどうなるでしょう?

 

それにより根拠のない悪人と周りから見られた相手は、大変に傷ついたり迷惑を被ります。

 

場合によりその状況から、日常の生活も困難になる事さえあります。

 

人を傷つけたり困らせてまでも、表現をしなければならない自由とはいったい何でしょう?

 

そういった事を踏まえて 『表現の自由』 に相対する物として、個人の尊厳を守る為の 『プライバシーの保護』 という法律も同時に存在する事になりました。

 

表現というのは考えた事を、他者や世間に対して言葉や音楽その他の手段にして他者に伝える、メッセージという事になります。

 

そして表現というメッセージを発信する者がいれば、それを受ける相手も当然にいます。

 

この発信者(表現者)と、個人(受け手)が等しく互いに、権利を持っているという事になります。

 

今回の 『没イチ』 という表現は、個人的な批判をしている訳では無いので、表現の自由というベースでは使用して文章を書いても、なんら問題ではないのかもしれません。

 

しかし、その言葉が聞いた相手を不快にさせるのであれば、前記した様に法の趣旨における、相手を傷つけて迄表現をするのは如何なものか?

 

という所では、プライバシーの侵害には値しなくとも、決して適切な表現では無い気がします。

 

少し小難しく書きましたが要するに、人を不快にしたり傷つける文章や言葉使いは非常に幼稚で、とても表現とは言えないという事です。

 

 

ですが表現の自由があり、まさに表現をなりわいにしている歌舞伎役者である海老蔵さんは、この 『没イチ』 という非常に幼稚で失礼な言葉に対して、表現者としてダメ出しをするのが、はばかられての結果、私は嫌いです。

 

という意思表示の仕方をされたのだと思います。

 

そして、一般人で表現で生活をしていない私は、ハッキリと言いますが

 

『没イチ』 等という幼稚で失礼な言葉をフューチャーして、人の死に別れに対して上から目線のバカにした様な文章は、表現という言葉はもったいなくて、便所の落書きと一緒だと捉えます。

 

 

 

 

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良ければ覗いてみて下さいね。

m(_ _ )m